15 ずっとこの時間を
昼食後のお茶を飲んでいると、ふと思った。
「執務室は部屋が狭いから、広いとこで商人をお招きしないの?」
レオネットを見上げ、そう尋ねる。執務室は基本狭い。何かあった時、広い部屋の方が逃げ回れる気がする。
「執務室以外だと応接間ぐらいでしょう」
応接間は基本、客人とのお話をする場所だ。私は疑問だった。
「なぜ前は執務室だったの? 庭や応接間、広いとこで良いのではなくて?」
「前は応接間が散らかっていたので、そちらにお嬢様をお通しする訳にはいきません」
カリーレは一歩前出て、そう告げる。そうなんだと思っていると、今度はレオネットが口を開く。
「本日、庭は難しいかと、魔術で荒れていますので」
そう言いながらカリーレを見つめるレオネットに、カリーレは、うぐっ、と項垂れる。相当叱られたんだろうなと想像して、クスッと笑ってしまった。
「お嬢様ぁ、笑わないでくださいよぉ」
仕方がないのだ。前髪が少し焦げ臭くなってたもの。それはともかく、広いところで、リュンレルテのお屋敷みたいな綺麗なところでお茶をしながら、客人を迎えてみたい。
「わたくしの魔力を使って、庭を直せないかしら?」
「その魔力なら、もしかしたら……」
カリーレはそこでレオネットをチラッと見つめる。許可を求めているのだろう。手が震えている。
「メルディーラお嬢様はいざという時に魔力を温存していただきです」
レオネットはそう言うが、私は諦めるつもりなどない。心の中でそうと決まれば、早速庭へ行くために席を立った。
「待ちなさい。庭はダメです」
レオネットの止める言葉など無視して、カリーレの手を引いて走る。カリーレは青白い顔色になり、どちらに味方をすればいいのか分からずに庭へやってきた。
「お嬢様……私また怒られちゃいます」
庭へつくやいなや、カリーレは後のことを想像したのだろう。ますます顔色が悪いので、元気づけることにした。
「カリーレ、いつも怒られているのだから、諦めなさい!」
「あの、それは、うぐぅ……」
何か言いたげだが、その後に項垂れてしまった。もう諦めたのだろう。元気にはならなかったが、大丈夫だろう。カリーレなら鋼の精神で私の代わりに叱られるてくれるはずだ。きっと。
「それよりも、この土が丸見えの状態を何とかしないといけないわ」
「土だけ平らにならしましたが、草が生えてくるのはもっと先ですね」
草のない庭はどうも殺風景で、茶色一色なのだ。黄金の花を育ててみたい。
「魔力を満たせばいいのでしょう? なら簡単ね!」
「待ってください。魔力で作り上げた草や花は維持するのが大変ですよ」
「どういうこと? 大地にも魔力があるのでしょう?」
なぜそうなるのかよく分からない。前に本で読んだものでは、大地に魔力が満たされていると、草や木が生えて、森となる。それが大地の魔力なのだ。
「大地の魔力と個人保有している魔力は別物です。ですから、維持し続けないといけないのです」
そう教えてくれるカリーレは胸の前で拳を握り、私を見つめながら、さらに言葉を続ける。
「時間が経てば、大地の魔力に感化されて、個人魔力は必要なくなりますが、変わる前に枯れると思います」
「そうなのね、でも今日だけでいいわ、あとは枯れても時間が癒してくれるもの」
「それもそうですね、では始めてみましょうか」
魔力回復薬の入っているホルダーを撫でて、諦めたようにそう言った。魔力のことはどうとでもなる。
「では、魔力を大地に流すつもりでやればいいのかしら?」
「はい、私は見守っています。辛くなったらすぐにやめてください」
その言葉にひとつ頷き、私は両手をかざした。魔力を手から放出するよう想像する。
暖かい。手から流れ出る魔力は煙のように出てくる。暖かく、心地よく、うっかり眠ってしまいそうになるほどに。
地に手を付き、一気に流し始めた。が、草が生えてこない。何が間違っていたのかわからず、そのまま流し続ける。
「お嬢様、草や花が生えるところを考えてください」
魔力を流すことばかりに気が回り、その事を考えていなかった。頭を切り替えて、草や花を生えてくることを考えるために目を閉じる。
しばらく流し続けていると、カリーレから声がかかる。
「もう十分です、お嬢様」
目を開け、周りを見渡してみると、草が生え、黄金の花が目一杯に広がっている。自分の魔力で作り上げたものだと思うと、なんだか嬉しくなり、走り出した。
「見てみて! カリーレ、お花! 草!」
「お嬢様! 走らないでください!」
そういうカリーレも走り出し、一緒に黄金の草原を走る。楽しい。
「メルディーラお嬢様」
二人で笑いながら走っていると、途端にレオネットの声が聞こえた。お屋敷に方に目を向けてみると、無表情のレオネットが近づいて私の前まで立ち止まり、少し息を吸った。
「淑女たるもの、気品の欠片もなく、庭を走るではありません」
怒られてしまった。ちょっと嬉しくなって走るのはダメだったようだ。レオネットがいない時に走ようと心の中で決心して、カリーレを見上げる。
カリーレもレオネットに睨まれて縮こまっている。また叱られるんだろう。目が泳いでいる。
「今回はわたくしを捕まえられないカリーレは仕方がないのよ、許してあげて」
彼女を助けるために発した言葉だったが、レオネットの目つきは厳しくなっていた。何が間違っているんだろう。
「カリーレは侍女でありながら、メルディーラお嬢様の教育を怠っていたということですね」
レオネットは怖い。顔面蒼白なカリーレは口をぱくぱくして何か言いたげだが、結局口を閉じてしまった。
(カリーレ、助けられなかった……)
それはともかく、庭は何とかなった。魔力も十分ある。なら、ここに椅子や丸い机を用意すれば、今回の任務は達成だ。
「凄いですね、すごくお嬢様らしい庭になってます」
あとからやってきたマミーユが庭を見て、驚きの表情になっている。それにふふん、と自慢げに語る。
「そうよ! リュンレルテ様のお屋敷の庭を真似てみたの」
腰に手を当て、胸を張る。その様子に微笑ましそうに笑うマミーユに心が暖かくなった。
「さ、ここに机と椅子、それから茶器を準備、お湯の準備怠らないように。もう時間がありませんよ」
レオネットは現実的というか、心を持っていなそうな感じ。昨日の馬車の中のように、少しは褒めてもいい気もする。口を尖らせ、頬を膨らませ、不満たっぷりの顔でレオネットを見つめてみる。すると、思いもよらない言葉がが出てきた。
「メルディーラお嬢様の魔力はとても心地いいものです。黄金の草原で眠ってしまいそうになりますね」
照れているのか、レオネットは一度も自分の顔を見せずにそう告げる。それにちょっと嬉しくなる。
「レオネットは素直ではないのね、お礼はいいのかしら?」
意地悪な笑みを浮かべながらレオネットを見上げると、顔をこちらに向けて無表情のまま言葉を発した。
「お礼が欲しいのでしたら、もっと淑女らしい立ち居振る舞いをお願いしたいところです」
褒めたのだから十分。みたいにそう告げられた。むぅ、と怒ってみるが、レオネットは早足になりこの場を立ち去ってしまった。
「マミーユはお嬢様の元にいてください、私はお仕事してまいります」
「かしこまりました」
事務的な会話を終わらせ、マミーユは私の横にピタッとつき、カリーレも早足にレオネットを追いかけて行った。
「お嬢様の魔力は凄いですね、大地も喜ぶと思います」
「でも、これは長く続かないと聞かされたわ、ずっとこのままでしたらいいのに……」
視線をやや下に向けると、マミーユは屈んで目線を合わせてくれた。
「これは、今日や明日までかもしれませんが、今度これの種を買いましょう。そして、大地の魔力で満たしてもらうのです。この庭はお嬢様の心の写しなのですから」
目を細め、私を見つめながら笑顔を見せるマミーユに心が癒されていく。
「し、仕方がないわね、これはわたくしのためです」
目を合わせられず、顔を横に向け、腕を組んでそう言った。視野の端には変わらぬ笑みを浮かべるマミーユは「なら、私もお仕事が捗りますね」と言った。さらに顔を合わせずらい。
お屋敷から、机と椅子を片手ずつ持ち上げているカリーレと、茶器一式を持ってきたレオネットがやってきた。
「カリーレ、最適な場所に机を、椅子の角度や位置もしっかり拘りなさい」
「おまかせください」
なんだかんだ、レオネットもこの庭を気に入っているのか、指示が細かい。カリーレもそれに乗っているのもわかる。
私たちはお屋敷の中に用意された椅子に座り、庭を眺める。ここからの景色もいいものだ。レオネットにダメ出しされているカリーレたちをマミーユと一緒に見つめる。
「ふぉふぉ、これはいい眺めです」
料理長のレリアナートもこの場にやってきた。庭を見つめ、昔を思い出すかのように目を細めて笑顔でレオネットたちを見つめている。
「わたくし、この時間が続けばいいなと思っているわ」
このお屋敷にいるものたちが、今この短い時間だけでも、揃っている。そして、私たち三人が叱られるカリーレを眺めて、ふふふ、と笑いあった。
(この光景が、黄金の時間だと思うよ)
心の中で小さく呟いた。




