14.5 幕間 カリーレと冒険者
初めて主のいないお屋敷がガラッと静かになったような気がする。ひとりカツッカツッと足音を響かせて廊下を歩いていた。
お嬢様のお部屋は扉が開いており、中からはホウキが床と擦り合う音を鳴らして、耳に飛び込んでくる。そして、確認のために中の様子を伺ってみた。
「カリーレ様、早くお仕事を終えないと怒られちゃいますよ」
部屋の中を見回すとマミーユが立っており、私の視線を感じ取ったのか、そう言った。
「そうだね、マミーユも程よい所で休憩した方がいいと思うよ」
最近の侍女たちはお嬢様のことを思っての行動が大きくなった。特にマミーユは一体何があったのだろう。自主的にお嬢様のお部屋の掃除をするような子ではなかったはず。
「ご心配ありがとうございます。ですが、お嬢様のために綺麗にしておきたいので」
一礼をした後、掃除の再開を始める。窓が全開になり、空気の入れ替えによりいい香りが鼻につく。
私は、マミーユの姿を確認したあと、庭に出て商人の場所へ行くことにした。
「風よ 空高く飛べるお力を その翼を我に与え給え」
そう呟くような詠唱で、空気が靡いた。草は揺れ、服もゆらゆらと激しく音を立てながら、私の体は浮いた。そのまま、平民街へと飛んだ。
貴族の森を超えて、平民街に降り立つと、平民の人達が一斉に私を見つめてくる。何やらヒソヒソと話しているが、聞こえることはない。
そのまま聞く耳を持たず、レオネット様から聞いた店頭まで歩を進めた。ガラスでできた扉の前までやってくると、中の様子を覗き込む。
お昼過ぎだというのに明かりはなかった。太陽の位置も悪いが、ロウソクすらも灯していないのだ。
「休みだったのかな?」
そう呟き、扉に手をかけて中に入るが、誰かが出迎えることもなかった。服や小物が並び、隅の方では樽に入ったたくさんの剣や斧が収納されており、ホコリは無いことから、ちゃんと生活感がある。
「誰もいないのー?」
声を張り上げて叫んでみる。すると、ドタドタと階段をおりる音が聞こえる。
奥から出てきたのは、緑かがった青い瞳に水色の髪をしたものが現れる。商人のマレリルズだ。
「おっと、これは失敬、本日の営業はしていません」
手のひらを合わせ、こねこねと両手を揉みながら歩み寄ってくる。こんな暗い中だと、顔も見えていないのだろう。私は口を開いた。
「私はメルディーラお嬢様の使いだ。明日の午後に鍛治職人とともに来てもらいたい」
「な、なんと! 先日は申し訳ありませんでした。また呼んでいただけるとは、嬉しい限りでございます」
礼をするマレリルズに頷き、踵を返そうとしたところ、マレリルズは言葉を続けた。
「あの、もし良ければですが、メルディーラ様と契約を交わしたいという冒険者がいるのです。一緒に連れて行ってもよろしいでしょうか?」
「ダメだ。お嬢様の身に何が起きるのか分からない相手を連れて行かせられない」
キッパリ断り、しっかり理由を言う。マミーユから教わった、率直な言葉だ。貴族言葉は通用しないと言っていた。
「それは、お嬢様の判断におまかせしたいと思います」
食い下がるマレリルズに私は苛立ちを隠せないでいた。危険だからとはっきり答えたはずだ。
「ダメだと、私は言いましたが?」
「お嬢様方のためにもなる案件なのです……」
「くどいぞ」
普段よりも低い声、鞘からはシャキン、と甲高い音を鳴らして、ナイフを商人に向ける。
「お、お待ちください! まず話を聞いてください!」
ここで屠るのは良くないかもしれない。だが、これはお嬢様のため、無駄な危険を背負う必要はない。
「なんの騒ぎだ?」
奥から出てきたのは、男の声だ。そして、今の状態を確認したのか、鉄の防具が擦れる音とともに長剣を抜き、私へと向かってくる。
狭くて暗い空間、キィン、と交わる剣からは黄色に輝く火花となって散り、頬の横を通り過ぎていく。長剣だが、相手も早い。暗闇と光が点滅し合い、甲高い音が絶え間なく響かせ、何度も剣が交わる。
一瞬の隙だった。横に流すと同時に低く身を屈めた。そして、素早く懐へ潜り込み、拳を防具の隙間をめがけ、捻りながら捩じ込んだ。
「うぐっ……」
呻き声を出し、その場で倒れ込み、私はそれを交わすように横へ移動する。
「お、お待ちください! 魔石の契約なんです! ただ、半額でどうですかという契約なんです!」
隅っこの方へ移動していたマレリルズはそう声を張った。最初からそういえば、こうはならなかったと思うのだがと思わざるを得ないが、終わったあとはどうしようも無い。今は意識のない、この筋肉で太い人をどうしようかと思ってしまう。
「まぁ、分かったわ。多分連れていくのはこれね? 強さは確認できたので、連れてくることを許可します」
「ありがとうございます……恩に着ます」
深々と頭を私に向けた。そして、ほかの三人が奥から出てきて、倒れてる冒険者に歩み寄ってくる。一番図体のでかい人だけは私を警戒して、見つめていた。
「あぁ……ナイフを握っているから、警戒しているのね」
そう言い放ち、私はナイフを鞘に収めた。それでも、警戒は止められない。店から出て、さっさと魔術を使い、お屋敷の方へ飛んだ。
「早かったですね、おかえりなさいませ」
お屋敷に着くと、玄関前に立っていたマミーユと鉢合わせた。
「なぜ玄関前で立っているの? 中に入ろう?」
そう言うが、マミーユは首を横に振り、心配そうに八の字をした眉で口を開く。
「お嬢様の帰りをここで迎えたいです……」
その言葉の後に少しモジモジして、視線が下に向かった。その姿に、さっきの殺伐とした戦闘を忘れると思うほど、微笑ましかった。
「せめて、中に入ろう。お嬢様が心配しちゃうよ」
「そうですね、そうします」
私の言葉に彼女は笑顔で頷き、中に入って一緒に横に立った。
「平民街はどうでしたか?」
視線を動かず、真っ直ぐ玄関扉を見つめるマミーユを見つめ、私は口を開く。
「冒険者も一緒に、と言われた。レオネットに報告が先かな」
「そうですか、分かりました」
相も変わらず玄関扉を見つめ、主の帰りを待つ子犬のようにも思えた。
長い間玄関扉の前で待っていると、馬車の音が聞こえてくる。
「そろそろ、到着かも」
「はい、掃除や洗濯、今日のお仕事は全部終わらせましたので、安心して迎えられます……」
おそらく、この時の為だけに朝から働いて、休憩をしていないのだろう。きっとお腹も空いているはずだ。
(料理長にご飯多めにしてもらおう)
そう呟き、玄関が開くのを待つ。そして、二人の姿が玄関から入ってきた。
「おかえりなさいませ、お嬢様、レオネット様」
間違いではないのだが、うっかりマミーユと声が重なった。私もお嬢様の帰りを待ち遠しく思っていたのだろう。そう思った。
その思いを心の中に仕舞い、レオネット様に近づき、報告するために時間を貰った。
お嬢様とマミーユは二人だけでお風呂に行くようだ。私も行きたいかも、なんて考えながらレオネット様のお部屋へ入った。
「それで、お話というのは?」
無表情のレオネット様はいつ見ても怖く、一瞬後ずさりしそうになるが、耐えて報告を始める。
「商人が冒険者を連れてきたいと言っていました」
「どんな冒険者? 強さの程は?」
「はい、四人のうちの一人だけですが、弱いです。魔物に特化した戦闘でした。他が強い可能性はあるかもしれません」
言い終わる瞬間、眉間に皺を寄せ始めた。この仕草は考えている時にやることだが、目を見つめられながらする行為なので、ものすごく怒ってるように感じる。ちょっと怖い。
「なら、私も明日はナイフを持っていくことにしましょう。マミーユよりも主の身の安全の確保を優先しなさい」
「かしこまりました」
マミーユには申し訳ないと思う。だが、これが貴族。平民だと捨て駒か、守るものではないと判断されてしまう。
レオネット様のお部屋を出て、倉庫へと向かった。まだ、使ってもいない剣を手に取り、鞘から抜いて切れ味を確認する。
庭に持っていき、少しの鍛錬をする。
(お嬢様に何かあれば、真っ先に切り捨てる)
その決心は強く、固く心に刻まれる。
そのまま自室に戻り、自分用に湯浴みの準備をする。汗をかいた後の湯浴みは一番好きなのだ。
いよいよ明日。あの危険人物が何を言い出すのか、何をしでかすのか、常に目を光らせないといけない。冒険者は野蛮なのだ。どこへ行ってもそうなのだ。
(あ、マミーユのご飯多めにって伝えるのを忘れていた……)
そっと心の中でマミーユに謝罪をして、今日のお仕事を終えたあとは静かに眠った。




