12 お茶会前のご挨拶
昼食を済ませ、また魔石研究を一日中やり、明日へ備えることになった。リュンレルテとのお茶会だ。
「私の頭脳とはなんでしょうね」
月明かりが灯り、勉強机にはロウソクの火が揺らぎ、私のお風呂が終わったあとは花嫁修業として刺繍をさせられていた。そして、ふとリュンレルテに言われたあの事を思い出していたのだ。
「明日わかることです。そこズレていますよ、お嬢様」
マミーユは刺繍の先生として傍にずっといる。
「ズレてもいいじゃない、誰かに渡すわけではないのよ?」
そんな不満たっぷりに頬を膨らませる。マミーユはそんな様子を見て、より厳しくなっていく。レオネットのようだ。
「お嬢様、刺繍は殿方のためにやる事です。婚約者になったリーレルト様に、淑女らしいお姿をお見せしなくては」
領主の子と婚約者になるつもりなど、これっぽっちもなかったのに、勝手に話を進めたのはあっちなのだ。元は私の無知なせいでもあるが、それを理解し、撤回しなかったリーレルトに少々思うところがある。
「わたくしがここを去ってしまえば、あなた達と離れることになるじゃない、それが嫌なのよ」
「そのお気持ちはとても嬉しいですよ、私たちだって、お嬢様と離れたくありません。ですが、貴族令嬢とはそういうものです。割り切ってください」
マミーユはそんなこと言った。眉尻を上げ、真剣に説明する。
(マミーユは割り切っているのかな)
そう心の中で呟き、刺繍を再開する。その後は眠くなり、ベッドに潜り込んだあとは、マミーユがロウソクを消して「良い夢を」と言って、出て行った。
「マミーユ、離れることになったら、たくさんのありがとうの魔術をしてあげる」
誰もいない部屋で呟き、ゆっくりと目を閉じた。
次の日、湯浴みをしたあと、朝食を食べて、服選びが始まる。カリーレとマミーユ、レオネットがああでもないこうでもないと、言いながら服を着せては剥がされる。
「時間がかかるわね、適当でいいじゃない」
「ダメです。お友達とのお茶会なので、令嬢らしい服にしなくてはなりません」
レオネットは思っていた以上に真剣な目をして、服を眺めては却下する。
「お嬢様、髪を結ってあげます。その後はお花を髪に刺します」
椅子の方へ揺動され、目の前には鏡や、櫛が置かれている。マミーユが手早く三つ編みにし、後ろへクルッと回して紐で留め、花で色鮮やかに飾ったあと、何か魔術をして、枯れないようにしていた。
「手土産の準備はできて?」
「はい、果物を沢山乗せた、タルトというものを準備いたしました」
マミーユは迷いなくそう告げ、私は目を輝かせる。
「食べてみたいわ! なぜわたくしの時にお出しにならないのかしら?」
果物のタルト。もうそれだけでもヨダレがたれそうな勢いだが、マミーユからは「我慢してください」と、言われた。ズルい。
「そろそろ時間です。昼食を軽めにお食べになったあとは、馬車で向かいますよ」
レオネットから急かされ、急いで昼食を済ませる。
「ふぉふぉ、今回ははじめてのお友達ですからね、皆様方は大慌てです」
レリアナートはまるで他人事のように言うが、タルト作るにも苦戦したはずだ。多分。
「レリアナート、あなたの厨房の水を出す道具が完成に近くなったわ、その後はお風呂の方もできるようにしたいと思っていてよ」
自慢げにそう伝えると、優しくて暖かい目で、言葉を返してくれる。
「お待ちしております。ですが、ご自身のお身体の方を大事にしてください」
その言葉にひとつ頷き、馬車へとレオネットと共に出発だ。
「マミーユとカリーレは来ないのね」
馬車の中を見渡し、そう告げた。レオネットは「今回は違うお仕事がありますので」と言い、さらに言葉を続けた。
「マミーユは平民であること、そして、カリーレは商人の同行という理由になります」
「カリーレは分かるけれど、マミーユがかわいそうです」
マミーユは平民育ち。それは覆そうのない事実だが、もしリュンレルテが平民嫌いだったら、大変な目にあうかもしれない。
「じゃあ、お披露目お茶会の時はなぜ同席したのかしら」
レオネットは揺れる馬車の窓の外を眺め、少し考えたあと、そのまま喋り出す。
「マミーユはメルディーラお嬢様の事を気にしていましたから」
「そう……わたくしのお姉ちゃんみたいだわ」
レオネットの顔は何となく口角が上がっているような気がする。もしかすると、主従関係が良くなったことに安堵しているのかもしれない。レオネットはもっと笑った方がいいと思うけれど。
そう話しているうちに、到着していた。窓の外にはお花畑があり、見上げると、三階建てのお屋敷がある。
「では、淑女たるもの、立ち居振る舞いには十分お気をつけください」
扉を開ける前に、レオネットは私を見つめながらそう言った。私は「分かってるわよ!」と言いながら、口をへの字にする。
言葉に返してくれることなく、扉を開き、エスコートをするレオネット。社交の場に出る時の笑顔を絶やさず、外を出た。
「お待ちしていましたわ、メルディーラ。今日という日を待ちわびていましたの」
馬車の近くまで歩いてきたリュンレルテに声をかけられ、私も笑みを絶やさず、その言葉に返事をする。
「わたくしも、今日という日を待ちわびておりましたの、昨日はあまり眠れなかったですわ」
もちろん嘘であるが、社交辞令というのは大事だとレオネットにも言われた。
リュンレルテは嬉しそうに笑顔をみせ、私たちを屋敷へ案内する。
「今回は天気がよろしいので、お庭でも良かったのですが、メルディーラはどうしたくて?」
一番前にリュンレルテの侍女が道案内をして、私とリュンレルテは隣同士、後ろはレオネットと他の侍女がぞろぞろと歩いている中、リュンレルテからそう囁かれた。
「たしかに、今日は天気がよろしいようですね、わたくしはリュンレルテ様のおすすめの場所がよろしいですわ」
決められない時は全部丸投げだ。その方が、考えなくて済むというものだ。
「では、お庭で、お父様にご挨拶をなさいますか?」
「ええ、そうさせていただきます」
お土産も持ってきたのだから、それを渡して、リュンレルテにも渡せば、あとはお茶会のみ。
(私、絶対失敗しないからね……!)
心の中で自分に応援しながら、張り切っている。
コンコンと廊下に響き渡る扉を叩く音、中からは「入れ」と低い声が聞こえてきた。侍女が扉を開け、リュンレルテが扉をくぐり、私もその後を追う。
「失礼します。お父様。本日、おともだちを連れてまいりました」
いつもよりかしこまったリュンレルテは、鋭い目つきを持つ父へ挨拶をした。私も挨拶を終わるのを待ってから、挨拶を始めた。
「お初にお目にかかります。メルディーラともうします。本日、リュンレルテ様とお茶会にまいりました。心ばかりではございますが、お手土産をお持ちいたしました。どうぞ、お召し上がりくださいませ」
裾をつまみ上げながら、長い挨拶をして、リュンレルテの父親を見つめてみる。その人は立ち上がり、私の前まで歩み寄ってきた。
「私はリュンレルテの父、ガラスティルだ」
強い口調にそういうガラスティル。茶色の前髪は後ろに掻き上げ、灰色の瞳は私を上から下まで観察している。
「リュンレルテ様の良き友人でいられるよう、努力する所存でございます」
その鋭い目をする威圧感に屈しず、私は言葉を重ねる。それを見たガラスティルの召使いたちが、レオネットの方へ行き、手土産を受け取った。ガラスティルも執務机へ向かい、書類仕事を始めた。
「手土産、礼をする。妻と一緒に食べることにしよう」
「そうしていただけると幸いでございます」
ふふ、と笑顔を浮かべ、皆諸共、踵を返して「失礼しました」と言って、出てきた。あの威圧感に屈しなかった私をほめてあげたいし、ものすごく緊張した。
「メルディーラは凄いのね、他のご令嬢たちは息を呑んで倒れそうになっていたのに……」
「あら、そう? わたくしはいつもこわーい侍女に毎日怒られているのよ」
その言葉にリュンレルテは「変なの」と言いながら、クスクスと笑っているが、後ろからの視線がものすごく痛い。絶対怒られると覚悟したが、この場の空気を和やかにするには仕方なかった。そう、仕方なかったのだ。




