10 魔術と魔法
魔石研究所を作るのはいいが、特に何が必要なのか、全く情報がなかった。だが仕方ない。魔石工房が何をするところなのか知らなかったようだし、今日は考えることをやめようと思う。
「マミーユ、飴玉を」
「ダメです。お夕飯が食べられなくなるかもしれません」
飴玉の入った瓶を両腕で硬く包み込み、絶対に渡してくれないマミーユに口を尖らせる。
「わたくし、食べられますもの」
「ダメなものはダメですよ、お嬢様」
(むぅ……レオネットみたいなマミーユになっちゃったよ……)
意外と頑固なマミーユは放っておいて、何をしようか考えてみる。夕飯までは時間がたくさんある。読書でもいいけれど、体を動かしたくなるから、却下。
「魔力の扱い方を練習しなくてはいけませんね」
さっきの感情で魔力を漏れ出してしまった。なので、魔力の操り方を知れば、怒っても魔力暴走は抑えられるかもしれない。
「確かに、その方がよろしいかと、私が教師代理としてお教えいたします」
カリーレに任せれば安心だ。そう思いながら、私はカリーレにひとつ頷き、レオネットが戻ってくるのを待つ。多分今は荷運びの最中だろう。なので。
「レオネットが戻ってくるまで飴玉を食べたいの、だめ?」
マミーユの元まで足速に移動して、上目遣いをする。マミーユは、うっと呻き、考え始める。
「……一個だけですよ」
やったー! と両手を上げ、歓喜に溢れる。ひとつ受け取って、口の中に放り込む。これがまた美味しいのだ。果物の味を再現しているのだろうが、なんの果物なのか分からない。だが美味しい。
飴玉を舐めながら、ふふんふんふんと意気揚々に椅子へと座る。
「お嬢様は気に入ってしまったようですね」
「隠す場所はしっかりしないといけませんね」
後ろの方でカリーレとマミーユが話し始めた。隠す場所とはなんでしょうね、カリーレ。見つけ出してあげる。と心の中で呟き、飴玉が舐め終わる頃にはレオネットが戻ってきた。
「メルディーラお嬢様。もう、叱りませんが、淑女たるもの、いつでも冷静でいないといけませんよ」
「それ、叱ってるって言うのよ……レオネット」
私の言葉に何も答えずにカリーレの方へ歩いていった。
(レオネットは怒らないと言ったのに怒ったじゃない……ふんだ!)
むっと唇を尖らせていると、話を聞いたレオネットが私の横にしゃがんだ。
「メルディーラお嬢様は魔術をお使いになるとの事でしたので、服を着替えます」
「また? これじゃダメなの?」
今の服だって袖が余分に垂れているけれど、魔術は使えるはず。全体的にふわっとしているけれど、着替える時間はいらないと思う。
「その服はお客様と会う時に使うものです。汚れてしまえば、また誂えなくてはなりません」
淡々とそう語るレオネットは未だに無表情。仕方ないので、着替えることにして、庭に行った。袖がふりふりしてない服だった。
「お嬢様は魔法が使えていましたね」
「魔術と魔法の違いがよく分からないわ」
カリーレは説明が難しいと言っていたはずなのに、今ここで出てくるとは。何ができるのだろう。
「魔術は詠唱が必要です、なぜかわかりませんが。魔法はいらないのです。これもなぜか分かりません」
と、自信満々に言うカリーレに冷めた目を向けて、言ってみることにした。
「カリーレは何をしに学院へ行ったのかしら……」
「魔術のお勉強ですよ」
「あぁ、まぁ、そうですね……」
カリーレは自覚してないのだろう。もう諦めて、さっさと教えてもらおうと思う。魔法というものをやってみよう。
「それで、魔法はどのようにやるのかしら?」
「魔法は使ったことないので分からないのですが、念じればいいと、魔術学院におられた魔族が言っていました」
魔族、ここでも出てくるとは、一体どんな人なのだろう。
「では、やってみましょうか」
魔族のことは一旦置いておいて、私は手のひらを見つめながら、念じる。何も起きない。
「何も起きませんね」
「お嬢様、根気強くやるのです!」
カリーレはそういうが、太陽で顔が焼けそうだ。早くできないだろうか。
「光の玉を想像してみるわ、その方が簡単そうですし」
そう言って、頭の中で手のひらに浮かぶ光の玉を想像した。そうすると、自分の身体中の魔力が動き出すのがわかった。これが魔力だろう。言葉で説明するのが難しいが、暖かい感覚だ。
手のひらを見てみると、ちっさな光の玉が出ていた。
「やっぱりこれは、ロウソクの代わりにできそうね」
「これほどの魔力をロウソクの代わりになんてできませんよ……」
カリーレは少し呆れた顔をしたが、実際、出来ると思うのだ。魔力は回復するし。
「そういえば、なんとなく、形を変えられる気がするの」
「そんなことができるのですか?」
分からないけど、頭の中に浮かんでくる。まるで、前からやったことがあるみたいな、刻み込まれてる感じがする。
念じてみれば、カトラリーに変わった。
「これ、洗う手間も無くなりそうね」
そう呟きながら、光のカトラリーを触ってみる。だが、触れられない、すり抜けてしまうのだ。これは使えない。
「光の属性は回復用に使うので、あまりその使い方はないですよ」
カリーレは少し驚いたあと、苦笑して口を開いた。
「回復用と光だけの物ね、完全に後衛職ですが、これでいいわ」
「怪我をしないので羨ましいです」
後衛なら怪我人の治療に全力を注ぐだけだ。戦うなんて、早い判断ができないので、これはこれで使い勝手がいいとも言える。
「魔力の流れもよくわかったわ、今も体の中で操れるようになってきたかもしれないわ」
「ならよかったです。それが分かれば身体強化も可能ですね」
「また変な単語が出てきましたね、それはまた今度にしますわ」
アハハ、と苦笑いするカリーレはずっと困り顔をしたままだった。もしかしたら、羨ましがっているのかもしれない。
「カリーレはこの魔力量が羨ましいのかしら」
「え? いえ、そんなことありませんよ」
「では、ずっと羨ましがってるように見えるわよ」
図星をつかれたカリーレは少し考えたあと、私を見つめた。
「確かに、その魔力量は欲しいものです。ですが、お嬢様の規格外の力があとの事を考えると、危険でもあるのです」
危険……。よく分からない。こんな光の玉をカトラリーに変化させただけの触れられないもののどこが危険というのだろうか。光の玉を消して、首を傾げてカリーレを見つめてみる。彼女は言葉を続けた。
「お嬢様は魔族のように魔法を使えます。光属性は回復するための力です。王族に取り込まれるかもって思ってしまうのです」
心配してくれているのだ。カリーレは私のために色々考えていた。
「わたくし、そう簡単な令嬢に見えまして?」
ふふっと笑うカリーレの手を握った。そして、私は言う。
「わたくし、何があっても、カリーレから離れようなんて考えていませんわ」
カリーレはそれに感動したのか、目を潤ませたが、零すことはなかった。頑張って耐えたカリーレは私の頭に手を乗せ、優しく撫でてくれる。カリーレは変だけど、優しくて魔術好きな人なのだ。
「お嬢様、お心遣い痛み入ります。私……いえ、わたくし、絶対にメルディーラお嬢様の元を離れないとお約束いたします」
その場に跪き、右手の拳を地面に当て、左手は胸の前に回して、深く頭を下げている。まるで騎士のようで、格好良かった。
「カリーレ、あなたに期待しているわ、わたくしもあなたのことを守ってみせましょう」
二人でふふふ、と笑いあった。この時間が大切に記憶の中に仕舞っておきたいと心の底から思えるものとなった。
二人で小さく笑ったあとは、食事の間へと移動することになった。レオネットが向かいに来て、私たちは廊下を歩く。
「客室の魔石研究所はどういう状態ですの?」
廊下を歩いている時、後ろにいたカリーレに声をかける。もちろん、後ろを振り向かずに。
「今は、ベッドなどを退かしたぐらいで終わっています。リーレルテ様のお茶会が終わったら、すぐに研究室に入れるかと」
「ふふ、これで魔石研究所はわたくしだけの空間になるのね!」
ロウソクの代わりにも勝手に汚れが取れる食器なども考えてみた。これは現実味がないので、できないと思うが、お風呂などは、外で火を作り、中の水をお湯にするらしいので、水が簡単に出るものとかもいいかもしれない。
これは、手荒れするみんなのためにできることをしたい。
「メルディーラお嬢様。あまり、私たちのためになど考えなくてよろしいですよ」
レオネットはなにか意図を汲み取ったのか、そんなことを言い出した。だが、これは譲らないのだ。
「これはわたくしのためでもあるのよ、あなた達が楽になれば、傍にずっと居られるでしょう? だったら、わたくしの言うことをたくさん聞いてもらわないとダメなのです!」
「お嬢様、あまり無茶なことはご命令なさらないでください……」
カリーレは後ろにいるので見えないが、きっとどんよりとした顔になっているだろう。それを想像すると、ちょっと笑いが込み上げる。でも、そばにいて欲しいのは本当に思っているのだ。




