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非業の枷  作者: 陰東 紅祢
第一章
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悪夢

『あなたは誰なの……』


 暗がりに浮かび上がった女の顔は、恐怖に青ざめている。やや、やつれているかのような暗い表情の女性の顔にはまるで生気を感じられない。ただあるのは、恐怖に怯えた瞳が此方に向けられていると言う事。


『あなたを産んだ覚えはないわ……』


 震える声で呟くように女性はそう言った。一番信頼していたはずの人間から発せられたその言葉は、深く傷つく要素を十分に含んでいる。


『寄らないで……触らないで! いやぁっ!!』


 完全に拒絶した悲鳴のような声で女性はそう言い放った。顔を背け、体を縮み上がらせながら怯えの色を濃くする。

 いつからだったか、繋いでいたはずの手は振り払われた。激しく、まるでケダモノを振り払うかのように……。





『お前はあいつと魔物の間に生まれた、魔物と人間のハーフだ!』


 次に暗がりに浮かび上がった男の顔は、軽蔑と憎悪、そして恐怖から鬼のごとき顔を見せていた。突如として投げつけられた言葉は、あまりに衝撃的で愕然とさせる。


『この化け物め! そんな目で俺を見るんじゃない!』


 体中を打ち震わせ、入り混じる感情に力任せに振り下ろされた手は、体がよろめくほどに強く頬を打ち抜く。


『お前達は俺を裏切ったんだ……だから、この仕打ちは当然の報いなんだよっ!』


 大きく見開かれた瞳。口元には薄ら笑いすら浮かべ、気が触れたように大きく振り上げた足は激しく体を蹴り上げる。例え血を吐いても、休む事無く延々と……。




 必要とされて生まれてきたはずなのに、そうじゃなかった。

 愛されていると思っていたのは、勘違いだった……。


「…………じゃない」


 暗闇に蹲り、幾度と無く頬を濡らした涙が伝い落ちる。何度声にしても誰の耳にも届かない叫びは、ただ辺りに虚しく響き渡るだけ。それでも限界を迎えていた心を少しでも沈めるために、彼は幾度となく叫んだ言葉を、天を仰いでもう一度叫ぶ。


「俺は……俺は、こんな姿に好きで産まれた訳じゃない!」



                    *****



 冷たい風が吹き抜け、その風の冷たさと不気味に鳴り響く風笛の音にふと目が覚めた。

 ゆっくりと瞼を開くと視界にはゴツゴツとした岩肌、入り口の左右に置かれた松明には、緑色の炎がどこからか吹き込んできた風で揺れている。

 何もない、剥き出しの岩肌。身を包んでくれる暖かく柔らかな物はここには何一つ存在しない。

 睨むようにしながら、その空間を見つめ深いため息を吐く。

 いつの間にか眠っていた……。体を石の上に横たえる事も無く、じっとその石に座ったままで。


「……不愉快だ」


 目覚めた男は釈然としない表情を露にその場にゆっくりと立ち上がる。緑色の松明の元に、血を塗り込めたかのように紅く鋭い眼光が揺れた。

 人のそれとは相違する彼の姿が、緑の松明に不気味に浮きあがる。


 赤……。


 この世界では赤と細長い耳は魔を象徴する色であり形である。

 もう何千年も遠く昔の人間が今でこそほとんど見なくなった魔物の姿を見、その姿が驚くほどに赤かった事から魔を象徴するものと伝えられ、今に至ってる。だからこそ人々はよほどの事が無い限り、赤を使用する事が無い。


 不幸にも、それら全てを兼ね備えたこの男の名はリガルナと言う。

 リガルナは忌まわしい過去の夢をこのところ良く見ていた。

 忘れたくても、忘れられない。何度も忘れようと思っても、自分の中にある何かがそれをさせてはくれなかった。少年時代に負った、体に残った数々の傷が消えないのと同様に……。


 その腹いせに、つい先日港町を一つ消してきたばかりだ。

 またこんな夢を見ては不愉快以外の何ものでもない。このままではゆっくり休む事も出来ず、リガルナはジャリッと地面を踏み鳴らし、洞窟の出口を目指して歩き出した。

 詰襟の黒い服。大きなスリットが両端に入った異国の服を身にまとい、その服の下には白いズボンを履いている。 それらは全て、まるで己の赤をわざと強調させるかのようなものだった。


 外に出れば、空には満天の星空。先日同様に少しだけ欠け始めた大きく丸い月が冷ややかにこちらを見下ろしている。


「………」


 リガルナはそっと目を伏せ両手を腰の辺りで大きく広げた。

 穏やかに流れていた風が、リガルナの呼応に応えるかのように入り乱れ周りに集まり始める。


 思い出しただけで虫唾の走る過去の出来事。このままじっと夜を明かすには、あまりに気分が悪い。

 スゥッと目を開くと、真っ暗な夜の闇を鋭く見据えた。


「今宵もまた、人間達を冥府へ送ってやろう……」


 クックッと不気味に笑い、リガルナの体は空中に舞い上がり夜の闇に溶け込むように消え去った……。

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