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異世界ネクロフィリア  作者: かきな
第二話 匿名希望
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匿名希望 その2

 勝負の日を迎え、けれど、イニアスは店番を続けていた。


「あら、イニアス。店番なんて私がやるわよ?」

「グレース。いや、いいんだ」

「いいって、でも今日は勝負の日でしょ?」


 そう言うもイニアスは首を振り、グレースの申し出を断る。


「俺が自分の手で渡したいんだ」

「渡したいって、ああ、ヨシノさんのレイピアね」

「ああ。それと、リタちゃんのアクセサリーもね」


 イニアスの手には真っ赤な鉱石がはめ込まれたネックレスが握られていた。丁寧に加工されたチェーン部分の作製に一晩費やしてしまった彼は眠そうに欠伸を漏らす。


「まったく、凝り性にも程があるわよ」

「そんなことないさ。これを付けた彼女が喜んでくれると思えば、いくら時間をかけてもやり過ぎとは言わないさ」


 来客を知らせるベルが鳴り、イニアスは欠伸を噛み殺して顔を上げる。


「ああ、ヨシノさんにリタちゃん。いらっしゃい」

「ええ、おはようございます、イニアスさん。今日は午前のみの営業ということでしたので早めに来てしまいましたが、手入れは終わっていますか?」

「ええ。もちろんですよ」

「ああ、よかった。これがないと、なんとも心細いといいますか、なんと言いますか……」

「分かります。仕事道具は身体の一部みたいなものですからね」

「ああ、それです、四肢欠損のような不安定さを感じていましたね」

「ははは」


 イニアスは苦笑いを浮かべながらヨシノにレイピアの仕込まれた杖を手渡した。レイピアを引き抜き、刃の状態をまじまじと確認すると彼は満足げな笑みを浮かべた。


「いかがですか?」

「ええ、思った通りの出来です。ありがとうございます」

「それならよかったです」

「それで、アクセサリーの方はどうなりましたか?」

「あ、それもできてますよ」


 そう言うとイニアスはリタを手招きで呼ぶ。そうして彼女の首に手を回し、ネックレスを付けてみせた。


「どうかな、リタちゃん」

「ヨシノ様?」


 リタはイニアスの問いに答える前にヨシノの方を見上げた。首に下げられたルビーの真紅の輝きにヨシノはニコリと微笑んだ。


「ええ、とても似合ってますよ、リタ」

「そ、そうですか」


 リタが照れた様子を見せる。年相応の少女らしさをイニアスとグレースは微笑ましく眺めた。


「気に入りました」

「そっか。それならよかった」


 イニアスはリタの満足げな笑みに充足感を覚える。


「それでは失礼しますね」

「はい。また何かあればいらしてください」

「ええ。そうさせて頂きます」


 ヨシノが一礼し外に出るので、リタも倣うように頭を下げ、彼の後を付いて行く。


「ふふ、相変わらずリタちゃんはヨシノさん一途なのね」

「変わり者だけど、ヨシノさんは紳士的だしな」


 そうして、午前中の営業は終わり、イニアスは午後の勝負に向けて剣を打ち始めた。

 けれど、その剣は誰のためのものでもない、ただ自分とアドルフの鍛冶の巧拙を競うためだけに打たれる。そこに生活感はなく、そこにやりがいはなく、イニアスはどうにも熱の入らない自分に気づいた。

 けれど、勝負を放棄するわけにもいかない。それはアドルフに失礼だと思ったから。イニアスは冷めた自分から目を逸らし、懸命にハンマーを振り下ろす。

 鍛冶場に響く力ない金属音。

 そして、勝負はアドルフの勝利で幕を閉じたのだった。


◇   ◇   ◇


 鏡の前でリタは自分を眺める。黒く長い髪、眠たげな目、小さな鼻に小さな口、死人の様に白い肌に、それと対照的に輝く真紅の宝石。

 鮮血の様に赤々とした色彩、それをヨシノは似合うと褒めてくれた。それが嬉しくて、リタはこうして鏡の前で何度も身だしなみを整えてみたりしていた。


「気に入っているみたいですね」

「はい。ヨシノ様にも褒めてもらえましたから」


 昼下がりだというのに薄暗い事務所でヨシノは読書にふける。鏡から離れたリタはソファに腰掛け、彼の読む書籍の表紙を眺めた。


「廻国記?」

「ああ、気になりますか?」

「ごめんなさい。読書の邪魔をしてしまって」

「いえいえ、いいんですよ。丁度きりのいいところまで読み終え、休憩しようかと思っていたところですから」

「紅茶、いれましょうか?」

「ええ。そうしましょう」


 リタはキッチンに向かいお茶の用意を始める。その横でヨシノは戸棚から箱を取り出す。


「それはなんですか?」

「お茶菓子です。実は、リタに内緒で隠していた秘蔵のものがあったんですよ」

「隠してたんですか」

「ええ。これは昔の友人からのお土産なんですよ。けど、丁度いいですし空けちゃいましょう」


 何が丁度いいのかは分からなかったが、リタはヨシノが自分にその友人を隠していたことに少しもやもやとした感情を抱いてしまう。

 けれど、リタはヨシノが自分に全てをさらけ出していなければならない道理なんてないことを当然理解している。故に、彼女が抱えるのは怒りではなく不満なのだ。


「どうぞ」

「ありがとうございます、リタ」


 ヨシノは来客用の机に秘蔵のお菓子を出す。皿の上に並べられたのは花びらのような形をしたお菓子であった。


「これはなんというお菓子ですか?」

「これはカリソンと言うお菓子です。アーモンドの上に砂糖や卵を混ぜたものをかけて焼いた砂糖菓子ですよ」

「カリソン。綺麗ですね」

「上の砂糖には果物の汁が混ぜられていて、甘みと酸味、そしてアーモンドの香ばしさが味わえるらしいですよ」

「らしい……ですか?」

「ええ。私もまだ食べていないんです。リタと一緒に食べようと思って隠していたんですが、私としたことが隠したことを忘れてしまって、さっきこの本を読んでいて思い出したんですよ」


 ヨシノは笑ってみせる。そうして自分を引き合いに出されると、なんだか嬉しくなってしまい、リタの表情は晴れていく。


「頂きましょう、リタ」

「はい」


 リタは機嫌を直し、カリソンを口に運ぶ。砂糖菓子特有の食感とアーモンドの歯ごたえに彼女は思わず頬を緩めた。


「美味しいです」

「それはよかった。うん、確かに食感が楽しいお菓子ですね」

「はい。果物も……これはみかんでしょうか」

「そうですね。こっちはキウイ、こっちはグレープフルーツですね」

「酸味が程よくて、紅茶に合いますね」

「ですね。彼も洒落た物を持ってきますね」

「……彼?」


 リタが首を傾げて見せると、ヨシノは読んでいたほんの著者を指さした。


「ハインリヒという昔の友人です。この本を書いたのが彼だったので、思い出していたんですよ」

「ハインリヒ……」


 リタはその名前をどこかで聞いたような覚えがあるのだが、詳細を思い出すことは叶わなった。


「彼は私と同じ趣向の持ち主でしてね。いえ、私ほど狂ってはいなかったですけど、彼もまた死に関して並々ならぬ想いを抱いていた男でした」

「ヨシノ様と同じ……ですか」

「ええ。そんな彼は国中を回り、魔物の特性やその魔物に殺された死体の状況などをまとめた本を作る旅をしていましてね、たまたまこの町を訪れた時にこの本とお菓子を置いていってくれたんですよ」

「そうだったんですね」

「彼は私と違って死者に興味はないんですよ。関心があるのは何者が、どういう風に殺したかという所です。そう言った点では、私よりは一般受けしないかもしれませんね。この本も、誰も取り扱ってくれないから自費で作ったと言ってましたし」


 そうしてハインリヒのことを語るヨシノはどこか楽しげに見えた。感覚を共有できる友人、そう言った存在はやはり尊いもので、ましてや彼らネクロフィリアというマイノリティにとっては誰かに教えるのも憚られるほどに大事にしたいものなのだろう。


「廻国記なんて大層な名前が付いてますが、中身は国内での魔物の分布とその被害者の死体状況が記されたものです。国のことなんて何一つ分かりませんけど、私が知りたい情報はこれでもかというほどに詰め込まれていますね」

「そうなんですか」

「このトルーズ周辺にも案外、知られていないだけで魔物はいるんですよ。森の奥から出てこないので周知はされていないみたいですけどね」


 スライムの件もそうであったが、ヨシノは皆が知らない、知ろうとしない情報を集めることで死を理解しようと努めている。それが彼を単なる性的倒錯者にはとどまらせない要因だとリタは理解していた。

 そんなヨシノの偏った知識も、時には普遍的な問題の役に立つことがある。彼に縋る者は少ない。

 けれど、この日、事務所の扉は叩かれ、藁をもすがる思いの人間が現れたのだった。


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