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異世界ネクロフィリア  作者: かきな
第二話 匿名希望
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匿名希望 その3

遅くなりすぎました

「どうぞ」


 ノックの音に応じてリタが声を掛ける。

すると、木製の扉は荒々しく開かれ、事務所に仏頂面をしたラザールが足を踏み入れた。


「ヨシノはいるか」


「おや、ラザールさんではないですか。貴方がこちらにいらっしゃるなんて珍しいですね」


「はっ。俺だってできることなら来たくないさ。だが、グレゴワル隊長が不在の今、俺が行くしかないだろ」


「そうだったんですか。では、要件はグレゴワルさんと変わらないということですね」


「嬉しそうな顔をするな、気持ち悪い」


 ラザールが持って来た案件が検屍官の仕事であると分かるや否や、ヨシノはばねのように伸びあがり、支度を整えていく。死を前に生き生きとした表情を浮かべる彼に嫌悪感をむき出しにするラザール。それとは対照的にリタは口元に薄く笑みを浮かべた。


「前から気になっていたが、そこの気色悪い少女は何故お前と一緒に居るんだ」


「気色悪い少女ですか?」


「そうだ」


「そのような少女に心当たりはありませんね。私の側には華奢で可憐なリタくらいしかいませんから」


「ヨシノ様……」


 張り付いた微笑みを崩すことなく言い切るヨシノにリタは頬を紅くする。

 そんな一連のやり取りすらも反吐が出るのだろう。ラザールは侮蔑を含んだ嘲笑でヨシノの言葉に応じた。


「お前のような異常者に懐いているんだ。気色悪いと言って何が悪いか」


「良し悪しではありませんよ。ただ正しい認識でないだけなのです。私が異常なのは否定しません。けれど、リタを語る上で私を引き合いに出すということは、貴方の判断は彼女の本質を捉えていないということを意味しているわけです」


「のらりくらりと。つまり、答える気はないと言いたいんだろ」


「それは正しい認識ですね」


 支度を終えたヨシノはラザールの前に立ち、静かに出発を促す。ヨシノの長身に見下されるラザールは腹立たしさに舌打ちをし、踵を返した。


「下らん問答だった。さっさと行くぞ!」


「ええ。もとより私はそのつもりでしたよ。一刻も早く会いたいですからね」


 怒鳴り声と共に出て行くラザールの後ろを二人が付いて行く。リタは扉を施錠したのち、『Close』と書かれた札をドアノブに下げ、駆け足でヨシノの隣に追いついた。


「ところで、誰が亡くなったのか聞いていませんでしたね」


「その情報はお前に必要か。死体なら誰でもいいんだろ」


「まだ理解していただけてないみたいですね。私はその人がどのように生き、そして、どのように死んだか。その生の最期を飾り付ける死はそれだけでは美しくない。それまでの生があってこそ散り際が儚くも美しい輝きを放つのです」


「あー、分かった分かった。俺にお前の趣向を語るな、吐き気がする」


「それなら早く教えて。それが貴方の仕事」


「ちっ」


 リタが咎めるように促すと、ラザールは苦虫を噛み潰したような顔をしながら口を開いた。


「亡くなったのは鍛冶屋の一人娘、グレースだ」


「おや、あの娘さんですか」


「見つかったのは北の雑木林の中だ。昨晩から居なくなり、朝になっても戻らないことで俺たちに捜索の依頼が来た」


「となると、亡くなったのは昨晩」


「ヨシノ様のレイピアを取りに行った夜ですね」


「リタのネックレスもですよ」


 リタは胸元のネックレスを手に取る。舞い上がっていた自分を微笑みながら見送ってくれたグレースの姿を思い出し、リタは少し胸が苦しくなる。


「この奥だ」


 鬱蒼と茂る木々の奥に松明を掲げた警備兵が数人立っていた。その中には以前の検死にも立ち会っていた魔法使い、ヴァネッサの姿もあり、彼女は眠たげな眼差しで死体に手をかざし、魔力の痕跡を調べていた。


「ラザール部隊長、お疲れ様です!」


「ああ。調査の方はどうだ」


「はっ! 周辺に凶器らしきものは見つかりませんでした!」


「そうか。ヴァネッサ道士、そちらはどうですか」


「……魔力の痕跡はない」


「そうですか」


「……帰る」


 そうしてヴァネッサはヨシノの横を通り抜け、雑木林を去っていく。自分の仕事を終えればすぐに立ち去る。その淡白な振る舞いにラザールは苦い顔をするも、魔法使いという特別な立場にいる彼女には文句を言うことができないようだった。


「おお、これはまた綺麗な死体ですね!」


 ヨシノは死体の側に駆け寄り、うつ伏せに倒れるグレースの身体をまじまじと眺めていく。


「白いブラウスの至る所に血が付いていますね。出血は右腕と背中ですね。傷口は典型的な切り傷。切れ味の良い刃物で切り付けられたのでしょう。傷は浅そうですがぱっくりと割れていますね」


「そんな所はどうでもいい」


「どうでもいいとは? 彼女の死に様を正確に理解するためには必要な情報でしょう」


「その通りだが、お前を呼んだのはそんな俺でも分かる傷を調べさせるためではないと言っているんだ」


「ああ。そう言うことですか」


 リタは袖から見えるグレースの手足や頬の皮膚が異様であることに気が付いた。


「グレースさんの肌が、ひび割れてます」


「ええ、その通りです。グレースさんの死体は昨晩亡くなったとは思えない程に干乾びています。肌には無数の亀裂が入り、繊細に彫られた模様のようなヒビが儚くも美しい死を見せてくれています。ああ、なんて儚く美しい死体なのでしょうか!」


 興奮を抑えられないといった調子で声を上げるヨシノ。

 死後変化の一つである表皮の乾燥は周囲の気候によってその所要時間が変化する。気温が高ければ早くなり、低ければ遅くなる。湿度や風通しなどでも異なるため、乾燥状態を見ての死後の経過時間を正確に測ることは難しい。

 しかし、どれ程乾燥しやすい気候に晒されたとしても、一夜にして肌がひび割れるほどに乾燥することは起こり得ない。


「それで、お前なら分かるんだろ」


「もちろんです。私は死を愛していますから。愛とは理解から生まれるものです。どのような死も正しい認識の下で愛さなければ、それは偽りであり、生者の押し付けるエゴでしかありませんからね」


「御託はいいから、さっさと答えを言え」


「ラザールさんは冷たいですね」


 釣れない態度を取るラザールに表面上では残念そうに振る舞うヨシノ。けれど、元より彼はラザールと会話がしたいわけではないことをリタは知っている。ヨシノは誰かの理解を求めていない。自分の異常性を正確に理解しており、それ故に共感を得ることを期待しない。

 ヨシノがこうして自分の主張を口にするのは単なる確認作業でしかないのだ。

 自分がどういう信条を有し、どういう理屈で動いているかを、自分自身に語り掛けているだけに過ぎない。


「グレースさんをこのような姿にしたのは、アルラウネという魔物です」


「アルラウネ?」


「ええ。マンドレイクの仲間と言えば、聞き覚えがあるでしょうか」


「マンドレイクとは人参の根の部分が人の形をした魔物で、ポーションや錬金術の材料として重宝されています。ですが、収穫の際、土から引き抜くと聞いた者をショック死させるほどの悲鳴を上げるので、注意が必要……」


「その通りです。よく勉強していますね、リタ」


「は、はい……」


 ヨシノに頭を撫でられ、リタは頬を紅く染め口元を緩める。


「それで、そのマンドレイクの仲間であるアルラウネとやらはどういう魔物なんだ?」


「アルラウネは大きな花の上に人型の身体を持った魔物です。元はマンドラゴラと同じように根の部分が人型だったようですが、その形状が次第に変わっていき、最近では花の柱頭部分が人型に変わり、花の上に座るような姿になっているみたいですね」


「花の上に座るような姿……」


「ええ。多くのアルラウネは少女の姿をしているので、遠目で見るにはとても可愛らしい魔物ですよ」


「だが、それが彼女を殺したんだろ?」


 ラザールの言葉にヨシノは頷いて見せる。


「アルラウネは甘い香りを周囲に漂わせます。ですが、それは嗅いだ生き物の感覚器官に作用し、平衡感覚を狂わせてしまう毒が含まれています。視界は回り、足取りはふらつき、次第に身体が重くなっていき、しまいには地面に倒れ込んでしまう」


 その説明にリタはうつ伏せに倒れるグレースの死体に視線を向ける。グレースの衣服がそれ程乱れていない所を見るに、確かに毒によって緩やかに倒れたのだろうとリタは理解した。


「そうして地面を這いずるようになった獲物にアルラウネはゆっくりと近づいていきます。地面に根差していますからね。機敏には動けないんです。その後、アルラウネは鋭い触手を獲物に突き刺します。肉の柔らかい部分、人でしたらわき腹の辺りでしょうか。皮膚を裂き、肉を裂き、深く突き刺したアルラウネの触手はその得物の養分を吸い取っていきます」


 死に様を語るヨシノ。けれど、彼の趣向に反して、その表情はどこか晴れない。

 それがリタは不思議であった。死を愛する彼ならば、もっと興奮気味にその過程を語るはずだ。


「ですが、スライムと違いアルラウネは植物です。必要な養分は魔力ではなく、水分。なので捕食された獲物は生きたまま体液をゆっくり、それこそ数日にかけて吸われていきます。そうして、吸い尽くされた獲物はグレースさんのような乾燥した肌を晒し、その地に還っていくのです」


「い、生きたままだと?」


「ええ。アルラウネの毒で鈍化した身体は死の淵にあっても意識を混濁させたままで生き永らえます。重くなった身体が軽くなっていくのに、思うように動けない。絶望も感じず、抵抗もできず、それでも静かに迫る死を受け入れるしかない。死に様として、私は好きではありませんね」


「死に様に好きも嫌いもあるモノか!」


 ラザールが声を荒げる。

 リタはヨシノが浮かない顔をする理由にようやく気が付いた。

 グレースの死には抵抗が見られないのだ。

 死に抗う行為は生者が見せる最期の輝き。それがアルラウネの毒によって遮られてしまった事が、ヨシノの表情を暗くさせていたのだった。


久しぶりに死に向き合いました。


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