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幼馴染は触手の姫  作者: もっしゃん
第三章:変わりゆく果てに
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行方を追って

 サンとクズルヒが朝廷から姿を消すと、朝廷はすぐさま二人の捜索に乗り出した。

 その捜索任務を与えられたのは、もともと聖玉の回収任務にあたっていた忍たちの部隊だ。

 聖玉は、陸蛸の宇宙船から回収される。聖玉の研究に執心していたサンならば、聖玉を集めるため宇宙船の近くに姿を見せるだろうと推測されたからだ。


 もちろんセイメイも部隊に加わり、二人を探し回った。

 二人が消えた責任を誰よりも感じていたのがセイメイである。なんとしてでも見つけ出さなければならないと気負っていた。


 ところが二人の発見はおろか、わずかな手がかりさえ見つからないまま──はや半年が過ぎていた。


「──しばしの暇をいただきたい」


 そんなある日のこと。御所の片隅にある御殿にて、セイメイは左大臣と右大臣の前に膝をついていた。


「相手はクズルヒ。異形の存在じゃ。普通の捜索方法ではどうにもならぬ。個人的なツテを頼りたいが、それには長い時間が必要なのじゃ」

「ツテとはなんだ? そんなものがあるならなぜ早く言わない?」


 不機嫌そうな顔で聞き返してきたのは、ニジョウ右大臣だ。


「海の向こうに、儂より長命の”同族”がいる。異形の知識についてもずっと詳しい。奴を頼ろうと思っておる」

「その間、聖玉の研究はどうするつもりなんだい?」


 右大臣は聖玉の研究を推し進めようとしていた第一人者だ。

 ただでさえサンがいなくなったせいで研究が滞っているのに、セイメイまでいなくなってしまうとなれば、研究の凍結は免れない。

 セイメイの提案を快く思わないのは当然であった。


 一方のセイメイは、とある理由で聖玉の研究に前向きではなくなっていた。

 いい機会だと思い、その考えを口に出す。


「止めざるをえない……。というより、止めるべきだと儂は思う」

「なんだと?」

「サンが狂った原因は、陸蛸の知識に触れ続けてしまったからだと儂は考えておる。事実、サンの後にお主らが寄越した助手たちも、サンほどではないにせよ、みな精神に支障をきたしている。そのことは知っておるな?」

「無論だよ。しかしセイメイ、君はなんともなっていないではないか」

「長く生きているぶん精神力が強いおかげかもしれん。じゃが陸蛸について知れば知るほど、我々の知っていた常識が崩れ落ちてゆくのを感じるのじゃ。当たり前が当たり前でなくなる。己の存在さえ疑うようになってしまう。宇宙の彼方にいる”神”の実在を突きつけられる……!」


 知らぬ間に多弁になっていた自分に気づき、セイメイは息を整えた。


「触手の知識はヒトには早すぎた。我々はそれを知るべきでも、利用しようとすべきでもなかったのじゃ」


 大臣たちは顔を見合わせた。セイメイが決して嘘を言っているわけではないことを確認し合っているようだった。

 ところが、その上でなお、右大臣はかぶりを振った。


「セイメイ、ならばなおさら暇を与えるわけにはいかない」

「……わけを聞こうか」

「研究を続けられるのは君だけということだろう? 聖玉は無限の可能性を秘めている。これを利用しない選択肢などありえない」

「しかし、言うたように」

「聖玉を”使うだけ”ならば問題ないことは実証済みじゃないか。聖術のせいで狂った人間はいない」

「今はまだ、というだけの話にすぎぬ。儂はどうにも嫌な予感がするのじゃ」


 実は、セイメイが陸蛸の研究をためらっている理由は、精神への悪影響だけではない。

 サンは朝廷を去る前日、聖玉に触手憑きを操る力があることを見つけていた。しかしセイメイはそのことを大臣たちに報告していなかった。

 触手憑きの兵器利用──。報告すれば、朝廷はその禁断の選択肢を手に入れてしまうからだ。

 『排除すべき敵』だった触手憑きが、『従えられる軍事力』に変わる。しかも触手憑きは、触手を食べる生物さえいれば無限に増殖する。ただし聖玉の原理はわかっておらず、完璧に制御できる保証はどこにもない……。

 その先に待ち受けている最悪の未来は、想像に難くなかった。


「ともかく、今は儂の時間すべてをサンとクズルヒの捜索に使いたい。そのせいで聖玉の研究が止まったとしても、それはむしろ善いことだと考えておる。儂の言いたいことはそれだけじゃ」


 セイメイが言い切ると、右大臣は意地悪そうに片眉をあげた。


「セイメイ、朝廷への”恩”を忘れたわけではないね? 陸蛸の研究は、帝の勅命でもあるんだ」

「……っ!」


 セイメイは言葉に詰まった。セイメイは朝廷の人間ではなかったが、独断で朝廷を離れることが許されるほどの立場があるわけではない。

 帝の名を出されては、強く出られないのが実情だった。


「もとより儂は──」

「ああ、まったくだ」


 そこに追い打ちをかけるように、コノエ左大臣が口を開いた。


「さっきから聞いておれば、朝廷の意志に背く言葉ばかり。お前がそのような恩知らずだったとは」

「左大臣……」

「いや、恩以前の問題だ。そもそも、お前は自分の罪を一つ忘れているようだな。今までは功績ゆえに見逃していたが、立場をわからせるためにもこの場ではっきりさせた方がよかろう」

「罪?」

 

 何のことかわからず、セイメイは尋ね返した。右大臣も怪訝そうな顔をしている。


「当然、逃げ出したサンの監督責任だ。同じ屋敷に住んでいたにもかかわらず、弟子であるサンの謀反を予見できず、あまつさえクズルヒや研究資料まで失ってしまった。弟子の罪は師が責任を取らねばならぬ」

「……弁解の余地もない」

「謝罪では済まされぬぞ。罪には罰を与えなければならない。右大臣もそう思うだろう」

「ああ、まったくだね」

「であれば、私は追放刑が相応しいと考えている」

「……え?」

「……ん?」


 セイメイと右大臣は同時に首を傾げた。

 二人ともてっきり、セイメイを聖玉の研究に縛り付けるための口実にするのだろうと予測していたからだ。


「罪を犯し、忠誠心も欠いている。そのような不届きものを朝廷に居座らせるべきではない」

「しかし、左大臣、それでは聖玉の研究が……」

「我々の意志に背く者があげる研究報告など、どうせ信用できない。違うか?」


 動揺する右大臣に反論しながら、左大臣は射抜くようにセイメイを睨みつけてきた。

 触手憑きを操る能力を報告していないことを見抜かれた気がして、セイメイは唾を飲んだ。

 その一方で、よく考えれば、追放刑という罰はセイメイにとって好都合ではないのか。長い暇が欲しいという要求と、奇しくもその実態は一致していて──


「セイメイよ、サンとクズルヒを始末し、己の罪を清算せよ。そして再び朝廷に忠誠を誓うまで、二度と御所の敷居をまたぐことは許さん」


 その言葉で、セイメイは左大臣の意図を確信した。


「……承知した。追放刑を甘んじて受け入れよう」


 まだ何か言いたげな様子の右大臣を尻目に、セイメイは立ち上がる。

 そして左大臣に向けて小声で「感謝する」とつぶやくと、朝廷から去っていった。




***




 「──なんということじゃ」


 石畳の床の上で、セイメイはぐっしょりと冷や汗をかいて寝そべっていた。

 今しがた、自分の”脳”に起きた出来事が信じられない。


「どう、セイメイちゃん。言った通りでしょ?」


 煌びやかな衣装を身にまとった二足歩行の猫が、セイメイを見下ろしながら笑う。

 その猫こそが、セイメイが訪ねた”同族”。

 数千年を生き、夢の国(ドリームランド)に住まう豊穣の女神──バステトであった。


「うむ、まさか……」


 バステトの居る夢の国(ドリームランド)へ行く手段は限られていた。

 海を渡り、シンの国の妖怪であるキュウビを訪ね、『夢見の黄金蜜』を分けてもらい、シンの国の奥地にある夢の国(ドリームランド)へ繋がる洞窟をくぐることによって、ようやく謁見が叶ったのである。

 そして、それほどの苦労をした甲斐があったと、セイメイは確信していた。

 バステトの助力がなければ、自分の身に起きていた”異変”に気づくことさえできなかっただろう。


「……まさか、記憶をクズルヒに奪われていたとは」


 そう、セイメイたち捜索隊はサンとクズルヒを発見できなかったのではなかった。

 すでに幾度も二人と出会っていたのである。

 ただしそのたびに交戦し、敗北し、クズルヒの触手によって耳から脳を弄られ、出会った記憶を奪われていたのだ。


「あなたたちが陸蛸と呼んでいる生物、『クトゥルフの落とし子』は、触手によって人の記憶を操作する力を持っているわ。かつてクトゥルフ(旧支配者)と戦った私でなければ、あなたの記憶は取り戻せなかったでしょうね」

「なんということじゃ」


 セイメイは再び感嘆の言葉を漏らす。

 クズルヒという少女が、ただの触手を操る生意気な子供ではなく、紛れもなく人類の敵となりうる脅威であることを突きつけられた気分だった。


「再びサンとクズルヒに出会ったとして、儂は、やつに勝てるのか?」


 セイメイの声は震えていた。

 蘇った記憶の中で、セイメイと忍たちはクズルヒに一方的に敗北してばかりだったのだ。


 セイメイの陰陽術は強力だが、手のひらをかざした敵の生命力を吸いきるまでに数十秒ほどの時間を要する。その弱点を知っているクズルヒには到底通用するはずもない。

 かといって、セイメイは陰陽術以外の主たる戦闘手段を持ち合わせていなかった。

 たとえ記憶が蘇っても、今のセイメイでは、クズルヒに勝てる見込みがまるでなかったのだ。


「バステトよ、折り入って頼みがある」

「あら、何かしら?」

「儂に稽古をつけて欲しい。クズルヒと──クトゥルフ(旧支配者)と戦う力が欲しいのじゃ」


 バステトは猫目を優雅に細める。目の前で土下座している幼い狐娘を、品定めするように見つめていたが、しばらくしてから「いいわよ」と首肯した。

 

「ただし、夢の国(ドリームランド)は時間の流れが現実世界と違う。稽古は多分一ヶ月くらいかかるけれど、ジパングに戻った頃にはざっくり数年は経っているでしょうね」

「……頼む」


 こうして、セイメイはバステト(旧神)の下で修行を積むことになった。

 そして四年後。

 力をつけ、ジパングに戻ったセイメイは、今度こそサンとクズルヒと相見えるのだった。

プロットでは過去編は一話で終わる予定だったんです。

どうしてこんなことに、どうして……。

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