37話・わたくしはただの通りすがりの小母さんと言われましても
「彼はどこに?」
「家族の元へ帰した。心配はない」
不安が口をついて出ると、公爵と目が合った。この場には我が国の女王陛下と、アイオライト公爵。アコダ夫妻、ノアールと私だけが残された。
「クリュサオル、大儀だった」
「はっ」
ノアールに合わせて頭を下げると、アイオライト公爵は満足したようだ。公爵は側に控えていたアコダに話しかけた。
「これがジグルドの娘か? 従兄殿?」
「ああ。サーラと言う。18歳になる」
「そうか。意思の強そうなところがジグルドに似ている」
「そうだろう。可愛い姪っ子だ」
アコダが自慢気に言うのが恥ずかしくなったが、それよりも公爵がアコダのことを従兄殿と呼んだのが気になった。二人の仲は単なる主従関係には見えなかった。とても親しそうだ。
「伯父さん」
「何だ? サーラ」
「あの、公爵さまと従兄弟なの?」
「あれ? 言っていなかったか?」
「聞いていないけど?」
アコダが竜王陛下の従兄という事は、私の父も竜王陛下とは従兄弟同士になる? 伯父や父が竜人だったってことだけでも、驚きなのにその上、竜王陛下と血縁? 驚きに目を見開く私に、追い打ちをかけるように、もう一人のお偉いお方が話しかけてきた。
「先ほどは素晴らしい歌声だったわ。さすがはセイレーン族ね」
「じょ、女王陛下さま」
女王陛下は絵姿で姿は知ってはいても、直接言葉を交わすなんて平民の私にとって一生に一度、あるかないかのお人だ。そのお方から褒められた。微笑む陛下は神々しく女神さまのようだった。気を抜いたら卒倒しそうだ。何とかその場に踏み止まって「光栄です」と、言うことは出来た。
「そんなに固くならないで」
そんなことを言われても、庶民育ちの私にとってこの国の女王陛下は、雲の上のお人。竜王陛下もそうだけど、まさかこのような形で会うとは思わなかったし、どう接していいのか分からない。失礼な態度にならないようにと思えば思うほど、体に力が入って顔が強張っていく。どうしようもなかった。
「そなたの声には、邪を払う力があるようだ」
「まあ、素敵。聖力ね。なかなかこの国では発現する者はいないのに」
アイオライト公爵の言葉に、女王陛下は少女のように微笑んだ。自ら戴冠の折に国家と婚姻したと、宣言したと言われている我らが女王陛下は、自分の母親たちと同世代と思われるが、若々しく感じられた。
「あなたが気に入ったわ。今度、わたくしのサロンにいらっしゃい」
「えっ? あの」
「無理強いは止めて欲しい。貴方が口にすれば、それは命令と同じになる。嫌でも従わざる得ない」
女王陛下からお誘いの言葉に、どうすればいいの? と、ノアールに目をやれば、彼は陛下に不躾にも食って掛かっていた。いくら女王陛下直属のクリュサオルだからと言っても、こんな風に陛下に意見していいもの? 助けを求めてアコダ達を見れば二人とも苦笑していた。止める気はないらしい。
「ノアールさん。失礼ですよ」
「大丈夫よ。いつもわたくしたちはこれが平常だから。ね、ノアール」
見ていてハラハラする。ノアールの腕を引けば、それを見た陛下がうふふと笑う。ノアールが反抗的でも楽しそうだった。ノアールは不貞腐れたような顔をする。彼のそんな顔を見るのは初めてでびっくりした。
「別に強制ではないわ。サーラ嬢と個人的にお話がしたいだけよ。駄目かしら?」
「あ。わたしは全然構いません。でも、その、礼儀とか知らなくて、もしかしたら陛下に対して知らないうちに失礼な態度とかとるかもしれなくて、その……」
女王陛下を前に、うまく言葉が紡げない。言葉が堂々巡りをしている気がする。女王陛下には、誘われて大変光栄には思っている。でも、私は平民として育ってきた。こういったお偉い方々の前に出るマナーとか全然知らないし、登城するとなればそれなりの正装が必要だと聞いたことがある。そんな服なんて持っていないし、登城できるはずがない。これはきっと社交辞令なのだろう。と、思ったら陛下がにっこり微笑んだ。
「あなたが普段、話している言葉で話してくれればいいわ。ここは堅苦しい王宮ではないし、ノースデン山よ。わたくしは休暇を利用して遊びに来た、ただの通りすがりの小母さん。あなたが気に入って、我が家にお誘いした。それだけよ」
「あ、はい。では、そういった機会があれば──」
「嬉しいわ。楽しみにしているわね」
陛下はお忍びできたので、あくまでもこれは個人的なお誘いだと言ってくれた。しかし、我が家って王宮のことですよね? 強引な押しにちょっと引けたが、うっかり本気にすると、とんでもないことになりそうで聞き流すことにした。陛下は自分のことを『小母さん』なんて言ったが、とんでもない。綺麗なお姉さんにしか思えない。




