8話・母が消息不明?
「いや。それがね、なぜかボーモン子爵とクラリー、お嬢さまやその旦那さんの四人は消息が不明らしい」
「消息不明?」
「でも、まあ。あのクラリーのことだから、しぶとく生きているよ」
「小母さん」
「ひょっとしたら常識知らずの部分があるから、新婚さんの旅行に旦那様と一緒について行ったかもしれない」
「さすがに母さんもそこまでしないと思うけど……」
気落ちする私を慰めるように小母さんは言う。でも、あり得なくもないかもしれないと思ってしまった。あの母はお嬢さまを溺愛していた。娘である私よりも。マリアナさまだって乳母である母を本当の母親のように慕っていたし、何でもかんでも母を当てにしていた。母が言わなくとも、お嬢さまが望んだ可能性はある。
お嬢さまは以前、皆の前でよく言っていた。
「お父さまと、クラリーが早く結婚したら良いのに」と。
そしたらクラリーは、自分の母親になる。と、強く望んでいた。母はマリアナさまの前では優しい顔をしていたし、お嬢さまは私の前での醜悪な母親の顔など知らない。この屋敷に来たばかりの頃は、娘である私に対しての態度と、お嬢さまに対しての態度の差に傷つき涙することも多かった。でも、今はもう戸籍上の母親としか思えない。
母から娘扱いされたこともなければ、優しくされたこともないのだ。そんな相手に今更、自分を愛して欲しいとも思いたくもない。
でも、だからと言って死んでほしいとは思えなかった。自分には冷たい態度の母親だけど、行方不明と聞けば気になるし、今どこで何をしているのかと心配にもなる。
「それにしてもクラリーはどこへ行ったんだか。でも、サーラちゃん。今後どうする? 職場はああなってしまったし、仕事は無くなってしまっただろう? この家に帰ってきたらどうだい?」
「そうですね。今すぐにどうするとは決められないけど、この家を空き家にしているのも心配だったし、それも良いかもしれない」
今まで休日にこの家に帰ってきては、掃除や庭掃除をしてはいたけど、このままにはしておけないとは思っていた。無人の家が荒らされることなく、10年前の姿を維持できているのはシイラ小母さん初め、近所の人達のおかげだ。
子供の頃は拙い私を見かねてか、庭の雑草を抜いていると小父さん達が誰かしら手伝ってくれたし、洗い物をしていると小母さん達が集まってきて手伝ってくれた。思い出の多い我が家を手放す事が出来ずにいたのは、家族のように見守ってくれた近所の人達との交流を切りたくなかったからだ。
「サーラちゃん。じゃあ、あたしはこれから家に帰って一眠りしてくるよ。ノアールさん。旦那の分もこのスープ頂いてもいいかね?」
「どうぞ。どうぞ」
「小母さん。今日は遅くまでごめんなさい」
「気にしなくていいよ。サーラちゃんは身内みたいなもんだ。何かあったら連絡しておいで」
小母さんはあくびを漏らしながら、ほくほく顔で小鍋にスープをもらい、喜んで帰って行った。私はノアールに感謝した。
「ノアールさん。色々とありがとうございました。あなたのおかげで私は馬鹿なことをしないですみました。私はどうかしていました。それに家まで運んで頂いた上に食事まで作って頂いて……。重かったですよね?」
「きみが分かってくれたならいい。きみは軽すぎるな。少し太った方がいいと思う」
いくら気を失っていた間の事とはいえ、ノアールのような身分あるお方に運んでもらったことは申し訳なく思った。身分あるお方は傅かれるのが当然で、移動の際は馬車で移動しているのが常なのだ。屋敷からこの家まで距離はあるし、その中自分を抱いて歩くのは相当、大変だったと思う。自分は重かっただろうに……と、思っているとノアールは事も無げに言った。そしてあることを提案してきた。
「それよりきみは今後、どうする? お屋敷の方は落ち着くまで色々と時間がかかりそうだ。シイラさんとの話を聞いていて思ったことだけど、良かったら私の仕事の助手をしないか?」
「助手?」
「ああ。私の仕事の補佐をしてもらうことになる」




