15話・嫌な匂いがする人
──こういうの、何と言うんだっけ? えっ──と。子供の頃に父から聞いたことがあるような?
「東洋建築」
「デカいない。木材を生かした建物か?」
「自然と調和しているみたい」
私が心で悩んで行きつかなかった答えを、ノアールが口にしていた。そうそう東洋建築。そう思っていると、アコダやカルロッタが興味を惹かれたように、建物を見上げていた。そこへ建物の奥から浅黒い肌をした女性が現れた。彼女は、緑髪を緩く編み込んで後ろに垂らし、緑色のドレスを着ていた。ドレスは彼女が動くことに、孔雀石の模様と同じ、目玉のような模様が揺れて見える。異様な美がそこにあった。彼女は縁台からこちらを見下ろし聞いてきた。
「誰? この山に許可なく入り込むなんて? 迷い人?」
「私達は、この国の女王陛下直属の捜査官クリュサオルだ。このノースデン山はアイオライト公爵家の──」
「あなたさまは──?!」
相手は最後までノアールに言わせなかった。目の色を変えてノアールに駆け寄り飛びついた。
「なっ!」
「青金さまっ。お会いしとうございました」
「違う。俺は青金じゃない。人違いだ。離れろ」
「青金さま、青金さまっ」
ノアールは嫌そうな顔をして、飛びついてきた彼女から距離を取ろうとした。彼女はノアールの反応など構わず、彼の腕に自分の腕を絡ませる。それを見てまただと思った。スターシャも、ノアールのことを青金と間違えていた。スターシャの時には何とも思わなかったのに、この美女がノアールに抱き着いたのは不愉快だった。
「あなた、どなたですか?」
「わらわ? わらわはリョクショウ。おまえは?」
「わたしはサーラです。ノアールさまは嫌がっておられます。その腕を放して頂けますか?」
「なぜ?」
「相手が嫌がっているのを無理強いするなんて。失礼ですよ」
「嫌ですの?」
「承諾も得ず飛びつかれて喜ぶ者はいないと思うが?」
彼女はノアールに不機嫌そうに言われて腕を放した。それでも上目遣いに彼を見上げる。そこにあざとさのようなものを感じた。ノアールは、絡まれた腕を汚れでも払い落とすように叩いた後、私の隣に並んだ。その時、彼から香水とは違う、香木のような匂いがした。彼女が衣服につけた匂いの元が、腕を取られた時に移ったのだろう。あまりよく思えなくて、私も彼から伝わってくる匂いを払い落とすように、思わず彼の服を叩いてしまった。
「あ。ごめんなさい。その、嫌な気がして……、その匂いが」
「俺もこの匂いが臭くて嫌な気がしていた。気にしなくてもいい」
自分で言っておいてなんだが、うまく説明できなかった。ノアールはそれでも私が言いたいことを察してくれたようだ。叩いただけだが、妙な匂いが霧散した気がする。視線を感じて顔をあげれば、こちらを睨むリョクショウと目があった。
「あの人、ノアールさんのことを青金さまと呼んでいましたが──」
「人違いだろう」
ノアールが青金という人と勘違いされるのは、これで二度目だ。偶然とは思えない。それなのにノアールは人違いだと言ってのけた。そこに違和感のようなものを覚える。
──青金さまって、ダニールさんの言っていた青金さま? 石工達が信じていると言う?この山の神さまの?
疑問が増えていく。ダニールは実際には存在しない山の神さまだと言っていたけど、実は存在したりする? 私達人魚や、竜人のように?
いくら初対面とはいえ、存在しない人を、ノアールになぞらえて呼びかけたりするだろうか? やはりその青金は存在するような気がする。その青金にノアールが似ていなければ、間違えるようなことはないはず。
じっとノアールを見れば、彼は目を逸らした。ノアールはそれ以上、青金について触れて欲しくなさそうに見えた。ノアールにとって「青金」とは禁句だったのか、彼はリョクショウを睨みつけた。彼からまさか、そのような態度を取られるとは思いもしなかったのだろう。リョクショウは当てが外れた様な顔をしていた。ひょっとしたら今まで、彼女が言い寄れば、大抵の男性は好意的な態度を取って来たのかも知れない。




