6話・目が覚めたら自宅にいました
浜辺を出て屋敷へと向かう中で異臭を感じた。何かが燃えているような匂いがしてくる。何だろう? 何の匂い?と、思いながらも屋敷のある方向へ足を進めると、その焦げ臭い匂いが強烈に感じられて、視界に白い靄のようなものが見えた気がした。
「煙? 何かあったのかしら?」
すると前方で赤い炎が立ち上っているのが見えた。どこかで火事が起きたようだ。思わずノアールへと目をやると、彼も神妙な顔つきをしていた。まさかと思いつつも胸騒ぎがしてならない。
「──から火事だ!」
「駄目だ。火の勢いが激しい」
「逃げろっ。急げ──」
皆がこちらに向かって走って逃げてきた。我先にと逃げ惑う人々とすれ違いざま誰かにぶつかり、私はあることを思い出した。忘れていた遠いあの日のことが脳裏に蘇った。炎に包まれた塔。火の中でメーラさまは父と一緒に──。
「嫌だ──っ。私を置いて行かないで──っ」
「きみ、どうした?」
過去の記憶がふいに蘇って、その悲しい感情に支配された私は我を忘れた。目の前には父さん、メーラさまがいる。二人の元へ近づきたいのに、背中を誰かに抱き込まれて二人のいる向こう側へは行けなかった。
「父さん──っ」
「しっかりしろ! サーラっ」
私もそちら側へ行きたかった。二人と共に──。
「サーラ、サーラっ」
「待って。行かないで──っ」
「サーラちゃん、サーラちゃんっ」
無情にも二人の姿は掻き消えてしまった。すぐ目の前にいたというのに、二人と引き離すように炎の柱が立ってそれで──。
「サーラちゃん、しっかりおし」
「サーラっ」
誰かが私の名前を必死に呼んでいる。あの時と同じ声がする。どこかで聞き覚えのあるような気がしながらも私は意識が薄れていくのを感じていた。
目が覚めると、こちらを覗き込んでいた二つの顔が安堵したような様子を見せていた。
私はそこで異変に気が付いた。自分は室内にいた。寝かせられている部屋は普段、自分がボーモン子爵家で使用している簡素な使用人部屋ではなかった。石造りの見た目は無骨だけど、温かみが感じられる部屋。
「ここは──私の家?」
「ああ。良かった。目が覚めたんだね?」
「シイラ小母さん?」
下町で暮らしていた頃にお世話になっていた隣の小母さんだ。どうしてここに? と、問う間もなく声がかけられた。
「さっきは驚いたよ」
「ノアールさん」
そこには先ほど出会ったばかりのノアールもいた。二人はベッドを覗き込んでいたのだ。
「サーラちゃん。あんたはボーモン子爵のお屋敷の火事騒ぎで気を失ってしまったんだよ。覚えているかい?」
「はい。なんとなく……」
「ボーモン子爵のお屋敷が火事だって聞いて、あんたのことが気になっちまってね。様子を見に行ったら驚いたよ。あんたさ、目の前でいきなり倒れちまうから。それで勝手に悪いとは思ったけど、この家までこのお方に運んでもらったのさ」
シイラ小母さんの話で理解した。私はボーモン子爵屋敷の火事を見て意識を失い、様子を見に来た小母さんの案内で、出会ったばかりのノアールに、下町にある我が家まで運んでもらったということらしい。道理で懐かしい我が家の自分の部屋で寝ていたわけだ。




