4話・愛されるって素敵なことね
「酷いお母さんだね。赤子のきみを置いてお嬢さまのもとへ行ってしまったのか。サーラはお母さんに捨てられてしまったのだね。可哀そうに……」
「べつに寂しくはなかったの。その頃、父さんもいたし」
「でも、お父さんも亡くなってしまったのだろう?」
「ええ。10年前にね」
フィエロは私の頭を撫でてくれた。その優しさが目に染みた。
「泣いていいよ。僕の胸を貸してあげる」
「フィエロ……」
「きみを僕の国に連れて帰りたいな。そしたら二人で暮らそうよ。今まで頑張ってきたきみを思い切り甘やかしたいな。今度はきみが幸せになる番だよ」
彼は私の欲しい言葉をかけてくれた。この国の成人年齢は18歳。現在18歳の私は、親の許可なく婚姻もできる年だ。彼なら私をこの辛い生活から連れ出してくれそうな気がした。彼には愛していると言われていたし、彼に付いていきたいと思っていた。ところが──
「まあ、サーラ。いつも屋敷を抜け出して何をしているのかと思えば……。こんな素敵な人と会っていたなんて」
幸せな時間は長続きしなかった。三週間ほど経って、お嬢さまが私の後を付けてきたらしく、フィエロと二人でいる時にいきなり姿を現したのだ。
「きみは?」
「初めまして。わたくしはボーモン子爵の娘、マリアナです」
「ボーモン子爵の娘?」
お嬢さまはフィエロの前でカーテシーをしてみせた。美しい所作にフィエロは顔色を変えた。
「そうか。きみがサーラのお仕えするお屋敷の?」
「ええ。サーラはわたくしのことをなんて?」
「参ったな。こんなに綺麗な人がこの世の中に存在するなんて思いもしなかった」
フィエロは彼女の手を取った。お嬢さまは頬を染めて俯く。それを見て「可愛い人」と、彼は囁いた。
その時に悟った。彼のあの言葉は、本心からではなく、その場限りのどうでも良い言葉だったのだと。私にとっては心底、縋るような思いで望んだことだったのに。
「あら。そんな……」
「僕にこれからきみと過ごす時間をお許し願えますか?」
「願ってもないことですわ。喜んで」
それ以上、二人の姿を見て居たくなくて踵を返せば、背後に笑い声が聞こえた。翌日、彼のもとを訪れると、二人は部屋の中で待っていた。お嬢さまはフィエロと腕を組み、笑顔を向けてくる。
「あなたったら先に帰ってしまうから報告ができなかったのよ」
「サーラ。僕たちは婚約することにした」
「婚約?」
「きみには感謝している。こうして僕の運命の人に会うことができた」
「わたくしも感謝しているわ。あなたのおかげで彼と出会えたのだもの」
二人はお互い見つめ返していた。そこには誰も邪魔出来ないような親密なムードが見て取れた。
「ありがとう。サーラ。わたくしたちのキューピッドとなってくれたあなたには、一番に知らせたかったの」
「おめでとうございます」
どうにかそれだけ口にして部屋を出た。その日の晩、廊下ですれ違ったお嬢さまから耳元で囁かれた。
「彼って最高ね。あなたは醜いから彼も手を付ける気になれなかったみたいだけど」
「……まさか、出会った日のうちに?」
「盛り上がってそういうことってあるでしょう? 彼、責任取って結婚してくれるって言っていたもの。問題はないわ」
二人そろって婚約報告を告げてきた時よりも、お嬢さまの発言にはかなり堪えた。
「明日には彼、お父さまに挨拶に来るって。愛されるって素敵なことね」
そう言うと、お嬢さまは去って行った。その後、すぐに二人の婚約は結ばれ、今日という日を迎えた。




