3話・フィエロ
あれは昨年のこと。
どんよりとした曇り空の下。父の墓参りに行った帰りに、遠目に誰か倒れているのを見つけた。腰から下が魚の尾のように見えて一瞬、人魚が打ち上げられているのかと思った。近づいてよく見ると、その人物は人魚ではなく人間だった。精巧につくられた人形のようにとても綺麗な顔立ちをしていて喉仏から男性だと察せられた。船からでも落ちたのか、金髪が濡れて顔に張り付き、漂流してきたような様子が見られる。彼はドレスシャツに裾が広がっているズボンを履いていて、それが尾のように広がって見えていたらしい。ズボンには鱗のようなビーズが幾つも縫い付けられていて、曇り空だというのにキラキラしていた。
目を閉じている彼に思わず魅入ってしまったが、頬にぽつりと冷たいものが当たる。雨が降ってきたようだ。このままにはしておけないと、慌てて船着き場に行き、朝早くから漁に出て戻ってきていた漁師達に声をかけた。
「大変! 誰かっ。浜辺で男の人が倒れています」
私の言葉に驚いた漁師たちは、担架に彼を乗せると近くの修道院に駆け込んだ。修道士達は突然押し掛けてきた私達に気を悪くすることなく受け入れてくれた。本人は気を失っていた。私にとって身近な異性とは亡き父ぐらい。父も整った顔立ちをしていたと思うが、彼のようなお人形さんのように肌がきめ細かく、女性のような顔立ちをした異性は初めて見る。
気になった私はその日から彼の様子を伺いに何度か修道院へと足を運ぶようになった。数日後、彼は目覚めて、修道士長から事情を聞いたのだろう。礼を言ってきた。
「きみが浜辺で倒れていた僕を助けてくれたって聞いている。きみは僕の命の恩人だ。ありがとう」
ベッドに半身起こした状態の彼はシャツを着崩していて、どこかの国の王子様然とした雰囲気を醸し出していた。澄み切った快晴を思わせる青い瞳に見つめられると、心の中がざわざわして落ち着かない。耳に心地よい声は、いつまでも聞いていたいような気にさせられた。
「僕はフィエロ。サバント国のゴダード伯爵の弟の息子。僕の家の男児は16歳で成人すると皆、家長から許しを得て大陸を渡る海の一族なんだ。僕は5年前に許可が出た。僕は子供の頃にいなくなった父を捜して航海に出たものの、嵐に巻きこまれて……。でも、ラッキーだったよ。僕を助けてくれた人がこんな美人だったなんてね」
「まあ、お上手ね」
「嘘だと思っている? お世辞じゃないよ」
とんだ目にあったよ。と、ぼやくフィエロは、わりとおしゃべりなようだ。私への言い訳に必死になる彼がなんだかおかしく思えた。思わずくすりと笑うと聞かれた。
「ねぇ。君の名前は?」
「私はサーラよ」
「美しいきみに相応しい名前だね。まるで繊細な美しい絹のような髪に、何もかも見通すような神秘的な紫水晶の瞳。よく似あっている」
よくもまあ、臆面もなく言えるものだ。私の髪はくすんだ灰色。母やお嬢さまからは「お婆さんのような髪」と、馬鹿にされている。
歯が浮くような言葉とは、このようなことを言うのだなと彼を前にして思っていたが、悪い気はしなかった。でも、本気にはしないようにした。
「あ、また。その顔、信じていない?」
「だって今まで誰にもそのようなこと言われたことないもの」
「じゃあ、皆、見る目がない。何度でも言うよ。きみは美人だ。綺麗だよ」
「はいはい。ありがとう」
「ちぇ。ぜんぜん信じてくれない。きみ、何歳?」
「18歳よ」
「しっかりしているね。僕は……」
「21歳でしょ? 5年前に16歳を迎えたのだから。わたしより3つ年上」
「頭の回転も速いんだね。ますます惚れちゃうな」
フィエロは褒め上手だ。私よりもフィエロの方が数倍綺麗なのに。自分よりも美麗な相手に言われてもピンとこないし、聞き流すことにした。彼との楽しい時間はあっという間に過ぎて帰宅時間になった。「また、会いに来てよ。待っている」と、いう彼の言葉に促されるようにして、それからも何度か彼の下へ足を運ぶようになっていた。
不思議なことに彼には、初対面からして何でも話せた。彼のあの青い澄んだ瞳に見つめられると心のどこかがそわそわして落ち着かなくなるのに、彼には何でも曝け出したくなる。そのうち、家庭内事情まで話していた。




