34話・彼女達が語った真実
「母さん? マリアナ? ここまでどうやって来たの?」
「二人で泳いできたの。胸騒ぎがして落ち着かないから後を追ってきたのよ」
母さんは何事もないように言うが、着衣のまま泳ぐなんて男性でも難しいものだ。いくら平民育ちと言っても、母の泳ぎが達者だったなんて話は聞かないし、子爵家でお姫様のように大事にされて育ったマリアナの方は、泳いだこともないはず。
その二人の髪は顔に張り付き、着ているドレスからは水が滴っている。アコダは二人に向けて手を翳した。すると見る間に二人の髪やドレスが乾いた。先ほど私をハムスター姿に変えたことや、ずぶ濡れだった彼女達をすぐに乾かしたこと等から、竜人は魔法が扱えるようだ。
「ご親切にありがとう。竜人のお方」
母はその場でドレスを摘まんで膝を折った。上流階級貴族の子女がお辞儀するそれと似ているような気がする。綺麗な所作だった。以前、それを付け焼刃程度に学んだ頃とは段違いで、上品で洗練された振る舞いに思えた。しかもアコダの正体に気が付いている所から、只者ではない雰囲気を匂わせている。アコダも何かに気が付いたようだった。
「あなた方は何者だ?」
「さすがに竜人のお方の目は誤魔化せませんわね」
「母さん!」
子爵が思わずと言ったように母を呼ぶ。それは子供の前で妻を母と呼ぶものとは違う気がした。ノアールは訝るように三人を見た。
「ひょっとしてあなた方は、その体の持ち主とは全くの別人なのですか?」
「はい。私達三人はセイレーン族──人魚です。この体の持ち主から体を奪いました」
「……!」
──子爵と母と、マリアナの中身が別人? しかも人魚? いつから?
母だと思っていた人からの告白に耳を疑った。以前と違う三人の態度に、もしかしたら別人ではないかと疑ったこともあった。でも、まさかそれが人間ではなかったなんて、そこまでは考えていなかった。
「あなた方の本当の名前は?」
「わたくしはカルラ。娘はシエンと申します」
「どうしてそのようなことに?」
「きっかけは私です。10年前、私は興味本位で仲間の声が誘うこの塔に近づき牢に入ってしまい、抜け出せなくなりました。今思えばそれは人魚を呼び寄せる笛の音だったのでしょう。その私を捜しにきた母までもこの塔に囚われてしまいました」
マリアナだった者──シエンが、ノアールに問われて話し出した。正体を明かしたせいか、一人称の「あたし」は止めたようだ。カルラも「あたくし」とは言わなかった。
「そこへあの男がやってきて悲劇が起こりました。囚われの人魚達を密かに逃がしていたフィロメイラさまを非難し、乱暴しようとしたあの男は、ジグルドさまにそれを阻止されると、逆上してサーラにナイフを突きつけました。サーラが暴れて塔内に火が付くと、人魚達はパニックに陥り、我先にと逃げ出そうとして出口に密集し、数名はなんとか逃れましたが、残りの者達は圧死しました。逃げ遅れた母と私をフィロメイラさまは助けようとして、天井から落ちてきた柱の下敷きとなり、その後駆けつけたジグルドさまと共に命を落としてしまいました」
彼女の言うあの男とは、ボーモン子爵に違いなかった。彼女は子爵のことを忌々しそうに口にした。私が思い出した10年前のあの出来事に彼女達は関係していた。彼女達も被害者だったのだ。
「ではその後、あなた方はそのままこの塔に残されて?」
「火事が起きたので、あの男は塔をそのまま放置するわけにもいかなくなったのでしょう。様子を見に来た時、水底に隠れていた私達は助けてくれるのだと信じていました。ところが救いを求めて水面に顔を出した私達に、あの男は言いました。『家畜ごときの分際で』と。あざ笑われ、『おまえらは死ぬまでここから出られない。諦めろ』とも言われました。あの男は──鬼畜でした」
シエンは淡々と語った。彼女の語った真実は残酷だった。ずっと彼女達は、この塔で密かに飼われていたのだ。




