35話・子爵家の火事になった真相
「でも、兄が助けに来てくれたのです。兄は婚礼の晩にあの男に連れられてここに来ました。その時、マリアナも同行していました。あの男は兄にここの秘密を明かしたのです」
シエンは一度、話を切った。ちらりと子爵を見てから話し出した。
「囚われの身となっていた私達を見て兄は激高しました。母や妹に対してどうしてそのようなことが出来るのかと。非難した兄の様子からあの男はようやく私達が何者か察したようでした。そして証拠隠滅を図ろうとしたのでしょう。海王家から持ち出した魂替えの小刀で兄を刺そうとしました。そこで二人は揉み合いになり、兄は意図せずあの男の中に入り込むことになってしまいました」
彼女は不本意にも兄は、あの男の体に入ってしまうことになってしまったと言った。魂替えの小刀の効果をノアールは知っていたようだ。
「海王家に伝わる魂替えの小刀について以前、聞いた覚えがあります。確かそれで相手を刺すと、刺された相手は亡くなり、代わりにその体に自分の魂が入り込むという邪法の道具だと。現在は禁忌の秘宝として海王家で保管されていると聞いた覚えがあります。それをあなた方の言う『あの男』が盗み出したということですか?」
「はい。あの男は厳重に保管されていた秘宝を盗み出し、地上へ上がったようでした」
「そしてあなたもマリアナ嬢となり替わることになった? どうしてそんなことに?」
彼女の兄がボーモン子爵になり替わってしまったのは不可抗力だったとしても、あなたまで他人になり替わる必要はなかったのではないかと、ノアールは言いたげだった。
「マリアナ嬢は、兄とあの男が揉み合いになり、兄があの男を刺したのを見た瞬間に腰を抜かしていました。そして兄の本体が消えゆくのを見て化け物と叫び、兄のことを非難しました。それが許せなかったのです。兄が子爵を刺してしまった後で、引き抜いた小刀がこちらに向かって転がってきたので、それを手にしたら衝動的に彼女を刺してしまいました。私が彼女と入れ替わったのはその時からです」
マリアナを刺した時の瞬間を思い出したのだろう。シエンは両手を見つめていた。その話を聞いていた私は疑問を抱いた。その為、つい、口を挟んでしまった。
「あの男って前のボーモン子爵のことですよね? その人は海王家の秘宝を盗んで陸に上がったと言うことは人魚だったの? でも、どうやって人間のボーモン子爵と知り合うことが出来たの?」
「ああ。それな。サーラ。人魚は神代の時代から存在する特殊な一族で、人魚の女性は陸に上がっても人魚のままだが、男性は陸に上がると人間の姿になれる。しかも容姿も見目麗しいから、子爵を魅了し誑かしたのかもしれない」
私の質問に答えたのはアコダだった。現在、その子爵の体を乗っ取っている形となるシエンの兄は嫌そうな顔をした。私達の発言をよそにノアールは、シエンに次々質問をしていた。
「その魂替えの小刀で刺した相手の体に乗り移るというのは分かりましたが、人魚だった元の体はどうなりますか?」
「泡となって消えてしまいます」
「なるほど。留置所にいたクラリーさんが迎えにきた子爵と帰った後、牢の前は大きな水たまりが残されていたと聞いています。そこで本物のクラリーさんと、カルラさんは魂替えを行ったのですね? 人魚だったカルラさんは、でもどうやって連れ出したのですか? 子爵?」
ノアールはそれまで黙っていた、子爵の姿をしたシエンの兄に聞いた。
「事情を知らない従者に、母の乗り降りだけ手伝わせました。フードを被せた母を抱き上げて御者台に乗せ、留置所に着くと私が母を抱いてクラリーと対面させました。クラリーはフードを被った女が、私に抱かれて現れたことで、子爵が見知らぬ女を抱いて現れたと思い込んだようです。逆上し殴りかかろうとしたところを、母が彼女を刺して乗り移りました」
「クラリー夫人は、子爵とその娘であるマリアナ嬢を殺害したと密告があって留置所に囚われていましたが、その密告はあなたが?」
「はい」
ここまで真相が明らかとなって、子爵も観念したのだろう。ノアールに向かって素直に話し出した。
「結婚式のあった晩。あの男になり替わった私と、マリアナとなったシエンと二人で屋敷に戻ると、クラリー夫人は機嫌が悪く、あの男とどのような話になっていたか分かりませんが、顔を見るなり話が違うと怒り出しました。どうもマリアナ嬢が結婚した後、再婚する予定だったのに、気が変わったと言われていたらしく、何故だとなじられました。そして再婚してくれないのなら、死んでやると言われ、燭台をカーテンに向けて投げつけられて火事になりました」
マリアナの挙式があった晩に起きた火事は、母のせいだったようだ。自分の思い通りにいかなくて癇癪を起したらしい。その話を聞いてあの日、母がここには帰ってきたくなかったと言いながら、実家にいた私のもとに 押し掛けてきた理由が察せられた。あの日の母は、他人の目を避けているような感じがあったから、放火犯として捕まることを恐れていたのかも知れない。




