29話・誤解
「火事で一部を焼失したので、そこだけ建て直したのです」
「ああ、補修ですか。しかし、国に届け出が提出されていなかったようですが?」
「それは忘れておりました。その頃、妻を亡くして気が動転していたもので──」
「奥方さまはフィロメイラさまでしたか?」
「はい。身体が弱く静養地で過ごしていたのです」
──あれ?
──どうした?
私は二人の会話を耳にして気になったことがあった。
──おかしいな。奥さまが亡くなられたのは16年前なのに。
──そうなのか?
──母さんは出産と同時に、命を落とした奥さまの代わりに、乳母としてマリアナさまを育てることになったと言って、生まれたばかりの私を父に押し付けたって、婆ちゃんが言っていた。
──何だと?
伯父は、その話に怒りを感じたようだ。ノアールの方は、子爵の発言に不信を抱いたようだ。
「そうなるとおかしいですね? 私の記憶違いかな?」
「どうかなさいましたか?」
「乳母をされていたのは、クラリー夫人でしたか?」
「はい」
「社交界で彼女の話は有名ですよ。産後、亡くなられた子爵夫人に代わり、お嬢さまを育て上げたと評判でしたから、王都にいた私の耳までその噂は聞き及んでおりますよ」
ノアールの指摘に、子爵はしばらく黙っていた後に言った。
「それは正確には違います。妻は10年前に亡くなっております。産後、寝付いたままとなり静養させていました。社交界では彼女に妻の身代わりとして同行させていたので、そこから誤解が生じたのでしょう」
「誤解ですか?」
「はい」
「妻でもない女性を同行させる。そこからして奥さまに対し、誠意が見受けられないようにも思えますが?」
「そこは妻の体調を慮るばかりに、周囲の反応など考えておりませんでした。ご指摘されるまでもなく、浅慮でした」
子爵は自分の行動が浅はかだったと、後悔しているようだ。私としては疑わしく思えてきた。
奥さまが静養していたなんて初耳だ。誰にも聞いたことがない。私がお屋敷に引き取られた頃には、母や使用人達は皆、奥さまが亡くなった者として話していた。
──子爵か、母のどちらかが嘘をついている?!
二人が話している間、アコダは壁に寄りかかっていたようだったが、不意にトントンと叩き始めた。
「どうした?」
「ちょっとここらの壁と周辺の壁の厚みが違うように感じて」
そう言いながらトントン叩き始めた。すると微妙に音の違う場所があった。
「この中に空洞らしきものを感じる」
「……! 許可する」
「えっ? 何を──」
ノアールにアコダは何か目線で訴えたのか、彼から許可を得て壁を拳で叩いて穴を開けたようだ。それに対し、止めようとしたのだろう。子爵の焦った声がした。
「光が漏れている?」
「いや。恐らく月華真珠だ」
「止めろ。見るな!」




