19話・夢みたいな時間
「お嬢さま?」
「ありがとう」
無言が満ちる部屋に、私のことを気遣う一言が落ちる。その声の主を見上げれば、侍女も執事同様に優しく微笑んだ。
「旦那さまのご指示です。お嬢さまがお好きだと伺いました」
「旦那さまが?」
「はい。愛されておいでですね」
執事と侍女は新しく雇用されたせいなのか、私はボーモン子爵に可愛がられている娘と信じ切っている様子だった。執事が出て行くと、侍女はクローゼットを開けた。
「さあ、お嬢さま。お着替えを致しましょう」
そう言って見せてくれたのは、クローゼット一杯のドレスで驚いた。
「これは──?」
「すべてお嬢さまのものですよ。お嬢さまは淡い色がお好きと伺っていたので、様々なものをご用意させて頂きました。ただ、サイズの方が分からず既製品となりますが、これからはオーダーされることになるかと思います。どれになさいますか?」
絶句する私に侍女が、「お嬢さまならこのお色が似あうかと思います」と、言いながら、数枚ドレスを私の体に当ててくる。いつのまにか私は着せ替え人形と化した。その後、侍女の言葉巧みに誘導されて髪を結い、メイクを施されて気が付けば鏡の前に立っていた。
「よくお似合いですよ。お嬢さま」
鏡には化粧されて美しく微笑む、絵本の中のお姫さまがいた。ボーモン子爵家に来たばかりの頃、お嬢さまに母は絵本を読んで聞かせていた。それはお姫さまが出てくる話で、子供の頃に母親を喪い、継母や、義理の姉たちに虐められて育ったお嬢さまが、王子さまと出会って幸せになったというお話だった。
私は直接、絵本に触れることは許されていなくて、お嬢さまが絵本を見る度に、後ろからこっそり覗き見ていた。その絵本の挿絵にあったお姫様がとても美しく憧れた。
──あの頃は、あんなお姫さまになってみたいって思っていたの。
──じゃあ、僕がきみをお姫さまにしてあげるよ。
幸せだと思っていた頃の残像が頭を覗かせて、私は頭を振った。トントンとドアがノックされて「入っても良いかい」と、声が上がる。旦那様の声だ。私の代わりに侍女がお嬢さまの用意が整いましたと声を上げると、ドアノブが回されて旦那さまが入ってきた。
「サーラ。良く似合っているよ。綺麗だ」
「旦那さま。こんなに良くして頂いてありがとうございます。でも、今後はここまでしていただかなくともいいです。私には不釣り合いです」
「そんなことはないよ。きみはもっと自信を持った方がいい」
いくら母と婚姻するからと言っても、継子の私を気遣ってここまでしてくれるのは過分過ぎる気がする。今後、このようなことはしてくれなくても良いと言おうと思ったのに、子爵と侍女は嬉しそうに見てくるから言えなくなった。
以前は一使用人のことなど空気のようにしか思わず、あからさまに距離を置いていた人物が、随分と変わるものだ。調子を狂わされる。
「これは私からのプレゼントだ」
「プレゼント?」
「開けてごらん?」
子爵に手渡された縦長の小箱を開けると、中から月華真珠のネックレスが出てきた。
「……!」
「まあ、素敵です」
月の光をまとったような青白く輝く真珠のネックレスを見て、侍女はため息を漏らした。
「付けてあげよう」
子爵が後ろに回る。真珠の冷たさが肌に触れると子爵は離れた。
「うん。やはりこれはきみが付けているべきだね」
その言葉に引っ掛かりを覚えるも、子爵が手を差し伸べてくるとその気持ちは霧散した。
「お手をどうぞ。お姫さま」
おどけたように言う子爵が若者のように見えてくる。その言葉を言って欲しかった人は目の前のこの人ではないと言うのに。私はその手に自分の手を載せた。
〇子爵が別人みたいに優しすぎる。
もしかして何か企んでる?




