18話・甘く切ない味
「お帰りなさいませ。旦那さま」
別邸につくと白髪の執事を始め、使用人の皆が頭を下げて私達を出迎えた。旦那様が言っていた通り、新しい使用人を雇い入れたらしく、顔を上げた使用人達の顔には誰一人、見覚えがなかった。
「娘と妻だ。皆、宜しく頼むよ」
「畏まりました」
旦那さまの紹介に、一歩前に進み出た老齢の執事が使用人達を代表して応えた。眼鏡をかけた老齢の執事は穏やかな笑みを浮かべていた。
「お嬢さま。お部屋にご案内させて頂きます」
「えっ? あの……」
「サーラ。きみの為に部屋を用意した。見てくるがいい。我々は応接間にいるから」
にこにこと微笑む子爵と母。傍から見ると仲の良い親子にしか思えないのだろうな? と、思いながら何気に馬車の方を振り返ると、ここまで送ってくれた御者が一人しかいなかった。あのフードの人はどこに? そう思いながらも執事に促され玄関に足を踏み入れた途端、そのことを忘れてしまった。
「こちらでございます」
「わあっ」
案内された部屋は日当たりも良く、室内は小花模様の壁紙で覆われ、パステルグリーン色のカーテンが風に揺れていた。寝台を始めとした木目家具は真新しく、まるでどこかのカフェにでもきたみたいに小洒落た雰囲気があった。部屋は広く手前に応接間がすっぽり収まったかのように、ソファーやテーブルが置いてあった。
「如何でしょうか? 旦那さまの命でこちらをご用意させて頂きました」
「素敵。ここがわたしの部屋?」
「そうです。お嬢さまのお部屋ですよ」
お屋敷にいた頃は、かび臭い屋根裏部屋だったし、実家では丸木を組んだベッドで寝ている。生前父が作ってくれたベッドだ。それも悪くはないが、それと違った可愛い雰囲気の寝台に魅せられた。天蓋付きなんてお目にかかったことなどない。思わず近づいてベッドの上に、寝転がってしまった。
「ふっか、ふか──」
にこにこと私の様子を見ていた執事は、さすがに目を丸くしていた。その執事と目が合い、気まずい思いでベッドから降りる。17歳の娘がやることではなかったよね?
「ごめんなさい」
「謝らなくともいいのですよ。お気に召されましたか?」
「はい」
執事に微笑まれて、気を取り直した。そこへ侍女がワゴンを引いて現れた。
「お茶のご用意を致しました。こちらにどうぞお座りください」
これもまた、初めてのことだ。執事に促されてソファーに座れば、侍女が目の前のテーブルの上に、ケーキと紅茶を注いだティーカップを置いた。目の前に置かれたイチゴの乗ったショートケーキに涙が出そうになった。このケーキはマリアナお嬢さまが大好きだったものだ。
私が屋敷に引き取られたばかりの頃、お嬢さまの遊び相手を務めていたが、その時おやつとして毎回、お嬢さまに出ていたものだ。私にはなかった。私は美味しそうに彼女がほおばるのを、生唾を飲み込んで、見ていることしか出来なかった。
「お嫌いですか? 別の物をご用意いたしますか?」
「いえ。嫌いではないです」
侍女が声をかけてくる。そこには気遣いが見受けられた。私がケーキを前にして、微動だにしなかったので不安を抱いたようだ。せっかくのご好意なので頂くことにした。初めて頂くイチゴのショートケーキは、甘く切ない気持ちにさせられた。
──いちごのショートケーキ。食べたかったな。
──そのうち、僕がお腹いっぱい食べさせてあげる。
ふと、脳裏にフィエロとの会話が思い出された。彼はお嬢さまが現れる前までは、私に優しかった。彼には私の子供の頃の話から、最近のことまで何でも話していた。本当ならこのケーキは、彼との間で果たされるべき約束だったのに、このような形で果たされるなんて思いもしなかった。
瞼を閉じれば、零れ落ちそうな想いが溢れてきた。まだ、彼のことを完全に忘れたわけじゃないようだ。




