53話・誤解です
「少し気になってね。月華真珠は人魚の涙で出来ているのならば、サーラちゃんは月夜の晩に泣いたことになるわよね? それはどうして?」
「それは──」
母親に問われてノアールは、言い淀んだ。私達の出会いのことを思い出したに違いない。私の事情もあるからどこまで話したらよいのかと悩んでいるようだった。
「まさかあなた、サーラちゃんを泣かせたのではないでしょうね?」
「泣かせたというか、泣いてもらったというか……」
「なんですって?」
陛下はノアールをねめつける。このままではノアールが悪く思われてしまう。私は助け舟を出すことにした。
「あの、それは実験をしたのです」
「実験?」
「ノアールは私が人魚ではないかと仮説を立てていて、その実証実験をしました」
私の言葉に陛下はもちろんの事、カルロッタさんの顔色まで悪くなっていく。何か間違えたようだ。二人とも不快な様子を隠そうともしなかった。
「ノアール。実験ってどういうこと? サーラちゃんに対してあなたは何を考えているの?」
「母さん。それには事情があって──」
「お黙りなさい。若い娘さんに対してあなたって人は……」
「あの、その場にはノアールだけじゃなくて、アコダ伯父さんも一緒にいて……」
「アコダもいたのに? あれは何故止めなかった?」
「どういうこと? ノアール。アコダと何をしたの?」
実験と言う言葉が悪かったようだ。陛下とカルロッタの言葉に怒りのようなものが含まれ出した。二人の誤解を解こうとアコダの名前を出したら、さらに悪い方向へ働いたらしい。収集が付かなくなってきていると思いながら、私はある事情を白状することにした。
きっとノアールとしてはそれを言わせたくなかったのだろうけど、このままだと誤解されてしまう。ノアールを悪く言われるのは堪らなかった。
「私は一度、死のうとしたのです」
その言葉にノアールを責めていた陛下と、カルロッタの口が止まった。その場が静かになる。
「私には以前交際していた人がいました。彼とは将来を約束していたのです。でも、彼は私を裏切り別の人を選びました。よりにもよって彼が選んだ相手は、私を長いこと、母と一緒になって虐めてきたお嬢さまでした。彼には職場の辛いことや、彼女達からの虐めの話など打ち明けていて、自分の味方だと信じ切っていただけにショックでした」
「なんてこと。酷い男ね。確かあなたの母親は人魚なのよね?」
「わたしの母が人魚だと分かったのは最近のことで、それまでは子爵家で乳母をしていた者が母親だと思っていました」
なるほど。と、陛下が悟ったように言う。わたしは物心ついた時にはすでに父親のジグルドや祖母と暮らしていた。その祖母も亡くなってからは、父と二人で暮らしてきたのだ。母親については、ボーモン子爵家の乳母をしていて、その子爵家の奥さまが赤子を産み落とすとすぐに亡くなったとかで、乳母である母がその奥さまの産んだお嬢さまを養育するとかで家には帰って来なかった──。
何も知らない頃は、母親が恋しいと思った時もあったが寂しいとは思わなかった。父が亡くなり、母親に引き取られて子爵家に引き取られると聞いた時には、母親だと思っていた人から「おまえなんて死んでしまえば良かったのに」と、父の葬儀の場で言われたこともあり、浮かれる気にはなれなかった。嫌な気持ちで向かった先は最悪だった。
今はあの女が母親でなくて良かったと思っている。




