47話・父と娘
「今の所、王妃にはバレていないようですからご安心を。でもね、許せないのですよ。わたくしのことは、どうせなら最後まで見捨てて欲しかった。わたくしにだって望む幸せがある。ようやくノクティスと一緒になって、生きている意味が分かったと思えたのに……。あなたは自分の都合にわたくしを巻き込んだ。自分の後始末のためにね」
「そのようなつもりはなかった」
「輝かしい意思という意味合いのウベルト、そして今、夫人は身籠っておられるとか?お腹の子が男の子だったら兄を支える人物となるように知的な意味合いのアヴェッリーノ。女の子ならば、高貴で美しい意味を持つアドリーヌと名付けようとなさっているとか? 羨ましいですわ。わたくしは名も付けられずに捨てられた子ですから」
「捨てたわけではない」
「ではなぜ、名前すら付けて下さらなかったの? わたくしのアーシアという名は、乳母が付けてくれたものです。あなたは王として才覚はどうなのか分かりませんが、一人の父親としても、夫としても最低な人にしか思えませんわ。母上を愛していた? その言葉は母上を冒涜しているとしか思えませんわね」
「アーシアっ」
「わたくしを不敬罪に処しますか? それでも構いませんわよ。そうなると今後、ミラ夫人達を保護する者がいなくなりますわね」
王は黙った。アーシアは平然としていた。この部屋からアーシア達以外を退出させたことから、王の意図は分かっていた。王は市街に囲っているミラ夫人と、その子供たちのことを明かし、涙ながらにアーシアに頼むつもりだったのだろう。まさかすでに秘密を知られているとは夢にも思わなかったに違いない。
これがもし、父と王宮で共に暮らし、親子としての情を築いてきた王子達なら絆されたかもしれないが、生まれた時から死ぬことが決められていたアーシアにとって、父親とは血の繋がりのある他人でしかなかった。
今も父の後を継げる者達がいなくなり、消去法のように選ばれた玉座なんてアーシアにとっては関心もなく、迷惑でしかない。王妃が誰か養子を掲げて後継者に押してきても良いとすら思っていた。アーシアにとってノクティスと、ノアールとの暮らしが全てだ。他に何も欲しくない。
自分を捨てておきながら、今更のように存在を思い出し、次の王になれと言い出した父親を憎んでさえいる。
「頼む。アーシア。そこまで分かっているのならば、彼女とウベルトをお前の手で──」
「宜しいでしょう。ウベルトは兄上の子だったことにしてもらいます。彼女のお腹の子も」
「養子にするのか?」
「兄上の庶子だったことにして、いずれわたくしの養子に致します。あなたの子だと公表すれば、死に際まで色に狂った王として、不評しか買いませんから」
「良いのか? ……済まない」
父は驚いていた。アーシアが女王となった後、父の庶子を養子に迎えると言ったことで、彼らに王位継承権を与えると言ったようなものだ。アーシアには子がいる。その子供を後継者にするのが自然の流れだ。それなのに父の庶子を引き取って育てると言い出したアーシアに感謝してか、謝りの言葉を口にした。
アーシアとしては、さっさと後継者を育て上げて王宮を去る気でいる。その為に庶子に責任を押し付けてしまおうと言う、いわば復讐のつもりだったが、王はそれに気が付いていないようだった。
「その代わり夫人には修道院に行っていただきますわ」
「仕方ない。あれも覚悟はしているはずだ」
「聞き分けが良いと良いのですが、そうでないといらぬ手がかかりますから」
「分からせる。あれの命ばかりは……」
アーシアは自分の跡継ぎを育てる為、子供の保護は申し出たが、夫人まで王宮に入れる気はなかった。もしも、夫人が修道院行きを拒むようならば、最悪命を落としてもらう他ないと含みを持たせた言い方をすると、父は面白いくらいに青ざめて夫人を言い聞かせると言ってきた。
「そういえば兄上は長年、婚約してきた相手がおられましたよね? その相手がある日、ふたりでいる時に茶に毒を盛られてなくなられたとか? その時の犯人は分からずじまいとなっていたようですが、その相手を告発することで、わたくしの不満を治めることにしますわ」
「……やむを得ないだろう。おまえの好きにするが良い」
アーシアの兄のネスワルドは、婚約者が自分の目の前で亡くなってから、頑なに次の婚約者を拒んできた。犯人は分かってはいたが、その者の背景にいる者と事を荒立てるのを父は望まず、犯人を隠蔽してきた。アーシアはそれも許せなかった。アーシアの不満が根深いことを悟ったのだろう。父はそれでおまえの気が済むならと了承した。
「ではこれで御前を失礼致します。お子様についてはご安心下さい。わたくしも一児の母です。親のふがいなさを幼児に当たるような真似は致しませんわ」
退出時に当てつけのように言えば、父は何も言わなかった。
「では」
そう言って背を向けたアーシアは、父がその背を後悔の混じった目で見送っていたとは知らなかった。退出してから黙って父娘のやり取りを見ていたノクティスから教えられた。その後、父は崩御し、その後を追うように兄ネスワルドも亡くなった。父の崩御に伴い、アーシアは王冠を頭に乗せることとなった。




