43話・このまま何事もない日々が続くと思われた先に
「そうだわ。バード。何か歌ってくれない?」
「いいよ。何がいい?」
「そうねぇ……」
アーシアが余興を頼むと、バードは快く応じた。彼の手にはリュートが現れた。きっと魔法でどこからか取り出したのだろう。周囲にはいつの間にか皆が集まって来ていた。彼の歌に興味津々といった感じで注目している。その様子を見ていて、孤児院の子供たちが思い出された。彼らはバードの弾き語りをわくわくした様子で待ち構えていた。その姿が今この場にいる者達と被る。子供も大人も好奇心と言う面ではそう変わりないように思われた。
「じゃあ、あの孤児院で歌っていた話を」
「ああ。あの話ね」
アーシアのリクエストにバードは頷いた。ゆっくりとリュートを引き始める。初めは主人公の人となりと、その暮らしぶりを静かに緩やかに語っていく。それは耳辺りの良い声で、皆がその話に聞き入った。その先を一言も聞き逃さないように。
主人公が一人の女性と出会い、恋を育んでいく工程は大変美しかった。その先の幸せを誰もが疑わなかった。ところが主人公とその彼女の仲を引き裂くように、王が現れた辺りから、曲が暗く物悲しい音へと変化していく。
幸せだった二人は引き離され、主人公の妻が段々と萎れていく。やきもきする展開だが、そこへ光明が差す。主人公が妻を取り返しに現れたのだ。
聞き入っていた人々の目に光るものがあった。中には二人が引き離されて悲しく思われたのか、目元にハンカチを当てている者もいた。
そして最終的に王と瓜二つの容姿を利用して、主人公は王になり替わり、妻と一緒になって国を治めることになったと締めくくられた。
リュートが止まると、聞いていた人たちから大きな拍手が送られた。
「素晴らしい」
「素敵なお話でしたわ」
「感激しました」
人も妖精も竜人たちも皆が、フルバードに注目していた。フルバードは深くその場でお辞儀する。アーシアもこの話を聞くのは二回目だと言うのに聞き惚れた。その様子が面白くなさそうにノクティスは呟いた。
「そなたの関心を引くのは我だけでいいのに」
「嫉妬しているの?」
「悪いか」
花婿の機嫌を損ねる前に、花嫁のアーシアはノクティスの頬に手を伸ばし微笑んだ。
「そう拗ねないで。わたくしの永遠の興味対象はあなただけよ」
「我もそなただけだ」
見つめ合う二人の背後で花が舞った。ロージイ達の息子達からの悪戯かと思ったが違ったようだ。フルバードがウインクして言った。
「ふたりとも末永くお幸せにね」
その瞬間、小さな妖精たちが花を巻いて飛び回るのが見えた。どこからともなく「妖精の祝福だ」と、声が上がる。ノクティスはフルバードに目を向けて「粋な真似を」と、呟いたが悪い気はしないようだ。いつまでも祝福の花は降りやまず、空には七色の虹がかかっていた。
一年後。アーシアは子供を産んだ。子供を産むと言うより卵を産んだと言った方が正しいかもしれない。先人に「小さく生んで大きく育てる」と、いう言葉があるように、アーシアの産んだ卵は男性のこぶし大の大きさで、数日掛けてその卵から「ぴいぴい」泣き声がして生まれ出たのは、円らな瞳の幼いドラゴンだった。全身が真っ黒でお腹が白かった。
アーシアにとって愛する人の血を継いだ息子ノアールは、異形の姿をしていても可愛らしかった。自らの手で育てたかったが、この国の王女であり竜王の妃である立場からは難しかった。出産前から竜人族の乳母が決まっていたが、産後二か月ほどで解雇されてしまった。乳母は自分の娘が竜王陛下に惹かれているのを知り、娘をノクティスに近づけようとしていたのだ。その意図に気が付いたノクティスから怒りを買い、娘共々追い出された。
幸い竜人の血を引くノアールの成長は早く、その頃には離乳食が始まっていたので乳母を追い出しても困りはしなかったが、ノアールは人の姿を取れずに竜の幼体のままだった。ロージイ達はちょくちょく一族で代わる代わる様子を見に来て、遊んでくれた。
そのせいかノアールは父親よりも先にロージイ達に懐いた。
それがちょっとだけノクティスは不満のようだったが、夜泣きをするときは必ず側にいて泣き止むまで面倒を見てくれていた。
子供が生まれて振り回されるところはあるものの、このまま何事もない日々が続いて行くのだと信じていた。




