32話・彼は一人の少女を連れて来た
アーシアの問いに、シスター長は躊躇う素振りを見せた。一個人に対して追求し過ぎただろうか。無理に答える必要はないと伝えようとしたら、シスター長は話してくれた。
「彼は一人の少女を連れて駆け込んで来ました」
「少女?」
「薄汚れてガリガリに痩せた彼女でした。親がいない孤児だから助けて欲しいと」
「それで受け入れられたのですね?」
「はい。それから彼はその少女が気になるようで、何回かこちらに足を運ぶようになり、その少女ホリーが自立して2年前にここを出てからも、ここの様子が気になるようで時々、こうしてお話を聞かせに来てくれるのです」
「そのホリーさんは今どこに?」
「近所のパン屋に住み込みで働いております」
バードが少女を連れてここに来たのは6年前だと言うから、彼が10歳の頃だ。その頃から彼は王宮を抜け出していたのかと思うと、王宮の警備はどうなっているのかと不安を覚える。彼は市街にでも言って孤児の彼女と出くわし、こちらに連れて来たのだろうか?
思案するアーシアの横で、シスター長は、水臭いのですよと言った。
「せっかく訪ねてきたのだから、皆と一緒に食事でもと思ったのに帰ってしまって。ああ、殿下も皆とお食事を如何です?」
「宜しいのですか? ぜひ、頂きたいです」
「ではご案内致します」
シスター長は、バードのことを気にかけてくれているようだった。実の母親とは縁が薄そうなことを口にしていた彼だったが、ここには彼のことを気にかけてくれる人がいる。もしかしたら彼はここを心の拠り所に思っているのかも知れなかった。先に立って歩き出すシスター長について行きながら、バードについて思っていたことが口をついて出た。
「バードって、なんか浮世離れしているわね」
「人の世に納まる者ではないからな」
尋常ではないほど美しい顔立ちをした彼は病的に白い肌をしていて、行動もどこか世間ずれしているような気がする。背後に護衛よろしく付き従っているノクティスが、アーシアにだけ聞こえるような小声で囁いた。
「どういう意味?」
「あれは恐らく────子だ」
「──!」
ノクティスは人の目では見えない何かを、感じ取っていたようだ。とても信じがたい事実だったが、魔法が扱える伝説にも近い竜人をアーシアは側に置いている。あり得なくもない事実に驚愕した。
「帰りに少女がいるというパン屋に寄ってみましょう」
「ああ」
アーシアの中で、彼女の正体を見極めたい気持ちが湧いてきた。その後、視察を無事に終えたものの、馬車の中でアーシアは落ち着かなかった。バードが向こう寄りならば、彼女は──?
目の前の席に座るノクティスは、腕組をして目を瞑っていた。こんな時の彼は何も言わない。アーシアに判断させようとしている。彼は全て見通していながら答えはアーシアに求めさせる。
パン屋に着くまでの間の静かな時間。それだけでは答えは出ないような気がした。
目当てのパン屋はすぐに分かった。何故ならバードが店の前にいて、一人の少女と話をしていたからだ。楽しそうに二人はくすくす笑っていた。
「バード」
「姉上」
「そちらの方は?」
馬車から降りて声をかけると、バードは「やっぱり来たね」と、いう顔をして言った。
「シスター長から話を聞いたのでしょう? 彼女はホリー。6年前、僕が修道院に連れて行った子だよ」
彼の隣で笑みを消したホリーは、突然現れたアーリア達を見て警戒をしているようだった。ホリーは綺麗な子だった。黒髪に青い瞳をした彼女は誰かに似ているような──と、思えば王妃に顔の作りが似ていた。




