27話・孤児院視察
「えっ。わたくしが孤児院視察に?」
「頼めないだろうか? 明日私が行く予定だったがこの通りでな」
侍従からネスワルドが体調を崩したと聞き見舞うと、目の下に深い隈を浮かべた兄が寝台の上に半身を起こして待っていた。
「構いませんけど、わたくしで宜しいの?」
「勿論だ。こんな顔色の悪い王子が向かうよりも、華やかな王女さまが向かった方が孤児院の子供たちも喜ぶだろう」
「兄上」
痛みを堪えるようなネスワルドが気になると、「大丈夫だ」と、声が返ってきた。
「そう簡単にくたばりはしない。後で視察の感想を聞かせてくれ」
「分かったわ。では兄上の代わりに向かいます」
「頼んだ」
アーシアの返事を聞いて安心したように、微笑んだ。その場を辞し、後ろに護衛よろしく控えているノクティスに思わず呟いてしまう。
「あなたの力でどうにかならないの?」
「あれはもう手遅れだ。我が手を貸したとしても一時的なもので解決にはならない」
「そんな……」
竜人で計り知れない力をもつ彼にも出来ないことはあったようだ。兄のネスワルドの体はボロボロだった。今まで生きていたのが不思議なくらいだと、兄とノースデン山で顔を合わせた後にノクティスは言っていた。彼曰く、兄は毒を盛られていた様でそう長くないらしい。本人も自覚しているのではないかと言っていた。
そのせいなのか体調を崩す度にネスワルドは、公務をアーシアに代理を務めさせるようになってきていた。実務の方も少しずつ手伝わせるようにもなった。それは先を見越しているようで、アーシアとしては恐れのようなものを感じつつあった。この先、何か大きな変化がありそうで怖かった。
翌朝。兄王子に変わって修道院で経営している孤児院に、護衛のノクティスを連れて向かうと、そこを任されている責任者のシスター長や、子供たちのお世話をしているシスター達から挨拶を受けた。この施設は亡き前王妃(アーシア兄妹の母)が建てたものらしく、現在は兄のネスワルドが引き継いで目をかけていると聞いていた。施設内は清潔で、廊下を行きかう孤児たちも生き生きとしているように思えた。
「ネスワルドおにいちゃんじゃないの?」
「ネスワルドおにいちゃん、きていないの?」
「皆、いけませんよ。今日はネスワルド殿下の代行で、アルテミシア殿下がお越しになっているのです。ご挨拶はしましたか?」
数名の孤児がアーシアを取り囲む。シスターは注意して気を逸らせようとしたが、構わないとそれを止めた。
「おねえちゃんはだれ?」
「わたくしはアルテミシアよ。ネスワルドお兄さまの妹よ。皆さんのお名前は?」
アーシアから聞かれて、孤児たちは一人ひとり名乗った。そして驚いたように言う。
「おにいちゃんのいもうと?」
「えっ? ほんとうに?」
「にてないよ」
子供たちは正直だ。自分達兄妹は髪の色や瞳、顔つきは似ていても表情は異なる。そこを子供たちは見ているのだろう。
「おにいちゃんはね、いつもこーんなかおしているの。おねえちゃんはかわいいし、ぜんぜんにていないよ」
一人の5歳くらいの子が自分の顔に指を当て、眉毛を持ち上げた。ネスワルドは気難しい顔をしていると言いたいらしい。一瞬、ネスワルドは子供たちに嫌われているのかと思えば、そうではないらしかった。
「でも、おにいちゃんはやさしいんだよ。いつも、みんなとおはなししてくれる」
「あたらしいごほんをくれるし、あまいおかしもくれる」
「みんなとおいかけっこしてくれるんだ」
子供たちは純粋にネスワルドを慕って見えた。外見だけではない、相手の中身をよく見ているような子供たちの言葉に、王宮にきてからギスギスするような人間関係に気疲れしていたものが解されていくような気がする。アーシアは身を屈めて子供の目線に合わせた。
「そうなの。じゃあ、今日はそのお兄さまの妹であるわたくしに、皆さんがお話してくれるかしら?」
「いいよ」
「シスター。構わないかしら?」
「殿下が宜しければ。子供たちも喜びます」
一応、付き添いのシスターに許可を取り、子供たちに手を引かれて庭に出ると、風に乗って軽やかな音が聞こえてきた。子供たちが目を輝かせて、早く音のもとへ向かおうするので、両手を子供たちに引かれているアーシアは足元を気にして急いだ。




