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25話・兄と妹



 夕刻。兄のネスワルド王子と二人で、陛下のもとを訪れたアルテミシアは、部屋を退出する際に、次の面会を待っていた王妃に声をかけられた。艶やかな黒髪を結い上げ王冠を被った彼女は、意思の強さを表すような黒い瞳を向けてきた。



「これは珍しいこと。兄妹二人で陛下に?」

「陛下に、妹の婚約が決まったことをご報告にきました」


 王妃にネスワルドが応える。王妃は眉根を寄せてアルテミシアを見た。


「あなた方は不仲ではなかった? ねぇアルテミシア殿下?」

「私達の仲が悪いなんて誰が決めつけたの? 初めて聞いたわ」


 ねぇ、兄さま。と、アルテミシアは、自分より頭一つ分高い兄王子を見上げた。ネスワルドはそんなアルテミシアに微笑む。


「私も愛想がないからな。おまえといても顔に表情が現れにくいから、誤解されたのだろう。同腹の妹を嫌うなんてあり得ませんよ。王妃殿下」



 王妃は二人の様子をじっと見ていたが、側付きの女官に「王妃さま。お時間が……」と、促されて陛下の寝室のドアへと近づいた。


「兄弟仲が良いことに越したことはありませんものね」


 それだけ言い残すと、ドアの向こう側へと入って行った。彼女が本気でそれを望んでいるかは分からなかった。ネスワルドとその後、言葉もなく長く続く廊下を歩き、陛下が住む主殿の北側に位置する離れの北翼まで来るとどちらからともなくため息が漏れた。

主殿には常に誰かに見張られている気がして気が抜けない。北翼にはネスワルドとアルテミシアが住む部屋があった。


「バレたでしょうか?」

「恐らく大丈夫だろう。王妃はそこを気にしてはいないと思う」


 王妃の目に探るような色があった気がすると言えば、ネスワルドは、それは気にしなくても良いと言った。



「オルテンシアもそうだが、王家で唯一、王女に生まれたアルテミシアを警戒していなかった。あれはあまり賢くなかったし、歴代王女は降嫁してきて王位を継いだ者がいない。だが、ここにきて警戒し始めた」


「兄上」


「おまえが以前とは違うと察しているのかも知れない。王妃が知るアルテミシアは浅慮だったからな」



 ネスワルドは、王妃はここにいるアルテミシアが別人なことには気が付いていないが、王女はもともと有能だったのに、後継者争いに巻き込まれないように馬鹿な振りをしてきたのではないかと疑っているのだと言った。



「そんなに違いますか?」


「あまり接していない者にはその違いが分からないはずだが。結構、仲良くしていたはずのオルテンシアさえ、別人だと気が付かなかった」


「表面上のお付き合いしかしていなかったのでは?」

「さあな」



 ネスワルドは、宰相から報告を受けていたこともあり、妹たちが双子だったことを知っている。もう一人の妹を脳裏に浮かべたのか、遠くを見るような眼をして言った。離宮のあるノースデン山には、アルテミシアが最期まで愛した人と静かに眠っている。アルテミシアはアーシアとして葬られた。

 ネスワルドはアルテミシアの死を公表せずに、陛下に宰相の口から生贄姫は亡くなったとだけ告げた。陛下は「そうか」と、だけ言って目を瞑ったそうだ。離宮は閉鎖となり、そこにいた者達はそれぞれ退職金を持たされて解雇された。ほとんどの者達はもう若くないこともあり、麓の街に降りて暮らしているようだ。


〇麓の街に降りて暮らしている中には、アーシアの乳母や護衛のユコダがいます。彼らのその後は、第二章緑青の夢の9話に出てきております。

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