24話・わたくしはただの愛人。王に愛されていたわけじゃない
ハバルは心底納得できないような顔をしていた。確かに表向き、オルテンシアは陛下の愛を独り占めしていたように見えていただろう。でも、それは違う。陛下は自分の下を夜にしか訪れず、しかも息子のハバルが生まれた後は、閨事もなく体を持て余す日を過ごしていた。陛下にそれとなく誘いをかけてみたこともあるが、「疲れている」と、言って寝台では背を向けられるし、朝起きる頃には姿がなく、執務に向かったと使用人達には言われる。そのうち王妃にお茶会に誘われて話をした時に気づかされた。
王は休日や、昼間には王妃のもとを訪れていたのだ。それには公に二人で行う公務も含まれていたが、大概昼間は王妃や他の王子達と過ごし、休日も彼らと過ごしていた。そして残りの時間を自分の下に来ていたのだ。
「わたくしはただの愛人。王妃さまと過ごされた後の残り時間を頂いていただけの女よ」
「嘘だ。父上は庇われていたじゃないか」
「庇う?」
「兄上達が亡くなられた時、母上が犯人ではないかと王妃派が疑っていた。でも、父上がそれを一蹴した。夜会にも出られない身の上の側妃が王子を狙う訳がないと」
「それは気まぐれよ。そう思いたかっただけでしょう」
「王妃に詰め寄られたと言うのに?」
「そうよ。あの人だって陛下に愛されているわけではないわ」
オルテンシアが疑われた時も、陛下が庇っていたのだと息子に言われても、オルテンシアには心に響かなかった。十年以上陛下に連れ添ってきたなかで、もう彼女の中では期待というものはなかった。初めのうちは王妃を警戒して何かと陛下に泣きついたが、陛下は誤解があるとしか言わず、女の諍いに巻き込まれるのを避けている様で、どっちつかずの態度を取り続けてきた。
そんな陛下に夫として頼りないものを感じ、愛想も尽き果てた。所詮、王妃の手の者達から身を守るのは自分自身でしかないのだ。自分の心棒者達を巧みに操り、巧妙に切り抜けるしかなかった。
「アルテミシアはね、亡き先代の王妃さまにそっくりなのよ。陛下は亡くなった王妃さまを愛している。だから先の王妃さまそっくりに育った彼女には特別目をかけていた。美しく成長していくアルテミシアが妬ましかったわ」
アルテミシアは黙って聞いていた。これはあくまでもオルテンシアから見た陛下の姿だ。表向き陛下に大事にされてきたアルテミシアには、分からないだろうが、陛下の寵妃なんて持て囃されている実情はこのようなものだ。大したことはない。
ハバルは今にも泣きだしそうだった。母親が息子可愛さに人を殺した。彼は純粋で正義感溢れる少年だ。この国では15歳で成人とされ、お酒も許される年齢ではあるが、まだ幼い部分もある。自分の母が殺人まで犯して黙っていられるような性分ではなかった。許せない思いで一杯だろう。
もう自分に出来ることは、罪を認めることぐらいしか出来ない。腹が決まると、自然と今まで頭が足りないと見下してきた王女にも、敬称を付けて頭を下げる気になった。
「アルテミシア殿下。あなたには──」
「わたくしに謝罪は結構です。ですが、あなたがわたくしに対して何を思い、何を仕出かしたのか、何をしようとしていたのか、教えて頂けますか?」
毅然とした態度に圧倒された。今までの彼女とは明らかに違っていた。ここにいるのは頭の足りない王女なんかじゃない。有能なネスワルド王子の妹なのに、甘やかされて育ったゆえに、勉強嫌いで無知だと言うのは間違った情報だったらしい。
オルテンシアは敗北を悟った。目の前の王女には何を言っても論破されそうな気がする。元から敵う相手ではなかったのだ。息子の涙に促されるようにして、この場に踏み込んできた兵たちにその身を任せた。




