20話・寵妃オルテンシア
「ようこそ、アルテミシア殿下」
「お招き頂きありがとう。オルテンシアさま」
寵妃オルテンシアはその日、王女アルテミシアを、部屋に招いていた。アルテミシアは、亡き前王妃殿下の娘。王家で唯一の王女であるこの王女は、王や兄王子達に大層甘やかされてきた。オルテンシアの息子もアルテミシアとは仲が良かった。
この王宮では王子達には生まれた順や母親の身分も関係なく、王位継承者としての教育が施される。誰が王になっても良いように。
それはつまり生まれた時から、皆がライバルであり、生き残った者が王となるのだ。国王も先代国王も、その先の国王たちも命がけで王座を手にしてきた。その殺伐とした中でアルテミシアだけが敵対視されずに済んでいるのは、お目こぼしされているからだ。オルテンシアから見る彼女は、王位継承からは最も遠い存在に思えた。次期王位継承者の教育も受けていない王女は、臣下の妻となる。その為、次期王の座を息子へと望む王妃やオルテンシアにとっても、敵にも値しなかったはずだった。
「ハバルは? いないの?」
「もうじき来るわ。先に頂きましょう。それよりオレスはどうしたの? 一緒ではないの?」
そう言いながらオルテンシアは自らお茶を入れた。側に控えるのは長く彼女の側に仕えてきた口の堅い中年の侍女一人だけ。この場は気安い場でありたかった。
オルテンシアの息子ハバルは第五王子。今年15歳となる息子は、アルテミシアとは腹違いの姉弟となる。彼は剣術指南を受けているので、それが終わったらこちらに姿を見せるはずだった。オルテンシアは、アルテミシアがオレスを連れていないことが気になっていた。
「喧嘩でもしたの? あなた達、仲が良かったじゃない」
「振られたのよ。オレスったら、心の底から愛している御方がいるのですって」
「まあ、オレスがそのようなことを?」
アルテミシアの言葉に、オルテンシアは少しだけ優越感を抱いた。オレスの真に愛する御方とは自分で間違いないからだ。ラベンダー色の髪に、アメジスト色の瞳を持つオルテンシアは、妖艶な美女と謳われていて、自分の外見に絶対の自信を持っていた。
王宮入りしてから陛下だけではなく、貴族の男性達の目を惹いた。陛下には得意の薬学で疲れを緩和するお茶や、リラックスできるお香で心を癒し、いつしか陛下の心を掴んでいた。男達の誰もがオルテンシアに声をかけられたがって、取り巻きになった。前王妃様を死に追いやり、その妻の座に座った王妃でさえ、自分の敵にすらならないとすら思っていた。
ところが全く注意も払っていなかった、亡き王妃の残した第一王女アルテミシアが成長すると共に、自分に注目していた男達が彼女の方へ視線を向けるようになっていく。彼女の中身はともかく、見た目だけは良かった。自分が必死に老いていく年齢に逆らうように、彼女の輝きが増していく。王もアルテミシアを王子達よりも可愛がっていた。
そんな彼女に腹立たしいものを感じ、自分の一番の心棒者である見目の良いオレスに「第一王子の身辺を探る為に」と、アルテミシアに言い寄らせた。彼は従順だった。王の女である彼女は彼に身を捧げることは出来ないが、キスを一つ授けるだけで、彼はオルテンシアの頼みなら何でも叶えようとする。
幸い彼の見た目はアルテミシアもお好みだったらしく、あっけなく落ちた。王女が彼に熱を上げ、個人的にお茶会に招くと、オレスと一緒に来てお惚気を漏らす一方で、オレスは毎度、その夜には「ご褒美を」と、言いながらキスを強請る。可愛い男だった。
そろそろオレスにアルテミシアを手酷く振ってもらい、お目出度い頭をしたアルテミシアに、失恋という痛手を受けてもらおうと思っていた矢先に彼は消えた。それと同時に、宰相の下へと潜ませていた間諜のライキも姿を失せていた。




