7話・そなたは今後どうする?
「ところでそなたは今後、どうする?」
「どうするとは?」
「生贄なんてものは必要ないことがこれで分かっただろう? 逃げないのか?」
アーシアは、この時ノクティスに「なぜ逃げない?」と、聞かれた気がした。このままここで暮らしていても、無駄死にするだけだぞとその目は言っていた。
しかし……と、アーシアは思った。自分は今まで生活の上で不便を感じたことはない。身の回りの世話は乳母がしてくれて、離宮にいる使用人達は皆、親切だ。不快な思いをしたことはない。不遇の身の上ならばここから逃げ出したいと思うのは当然だろう。その点、自分は何不自由のない暮らしで、着る物にも食べる物にも困ったことはない。
「そうは言われても……」
「そなたは籠の中の鳥だな。籠の中であまりにも甘やかされ過ぎて、その中から抜け出すことを自分から放棄している。まるで飼いならされた小鳥だな。それで良いのか?」
「籠の中の鳥……」
ノクティスの指摘に、頭を殴られたような衝撃が走った。今まで自分はここから逃げだすことを考えもしなかった。20歳になれば生贄として捧げられるその事実に、悲観するだけだった。いくら悲しもうと泣こうと誰かが助けてくれるわけでもないのに。
ノクティスは、それを飼いならされた小鳥と表現した。考えてみればそうかもしれない。王家の姫に生まれながらも、父王には名前さえ付けてもらえずにこの離宮へ追いやられた。父王は自分の存在など気にも留めていないのだろう。家族たちもそうだ。ここで暮らしていて一度も、自分に会いに来たことなどない。宰相である叔父以外、誰も気にも留めてくれていないのだ。
──そうだ。宰相!
宰相はこのことを知っていたのだろうか? ノクティスは考え込むような仕草をしてから言った。
「いま、王宮ではそなたの生贄どころではないと思うぞ。後継の件で妃や王子たちが争っているらしい。そのことで陛下が頭を悩ませていると聞く。そなたが逃げ出しても誰も気が付かないだろう」
自分にとって王宮とは無縁の場所だ。そこで兄弟達が争っていると聞いても、心に何か響くものはなかった。生まれてから一度も家族に会ったことが無いせいかもしれない。でも先々週、宰相には会っていたが、そのような話題はなかった。話題となったのは、宰相が手を焼いているアルテミシア王女のこと。彼女はアーシアの双子の片割れで、王家で唯一の王女とされ、王や兄弟達に可愛がられているのだが我儘で、ちょくちょく問題行動を起こし、その度に宰相が後始末に追われているらしかった。
「そなたが願うならば、手を貸してもいいぞ」
「考えておくわ」
その日からアーシアはちょくちょくノクティスと散策中に出くわすようになり、出会えば一定の時間を語らって共に過ごすようになっていた。お互い相手のことを知る機会が増え、信用が芽生えていた。そんなある日。不躾な来客があった。
「へぇ。こんな山中に古臭い宮殿があったとはね」
「私の言った通りでしょう? アルテミシアさま」
「もう。最悪だわ。あたくしのお気に入りの靴が……」
今日もガーゴイルの森へ出かけようとしていたアーシアは、滅多に人が訪れない離宮の玄関を出たところで一組の男女と出くわした。静養に訪れるには派手過ぎる格好で、女性の方は靴が汚れたと愚痴っていた。




