184 友の決意
「どういうことだ」
低い声が、テーブルに落ちる。エルメルアリアが勢いよく身を乗り出して、伝霊をにらみつけた。
「執行官が天外界に連れてったんじゃなかったのか。あいつが抵抗でもしたってのか!?」
『まあ待て、エルメルアリア。今から順番に話す』
伝霊の向こうから、ノクスとは違う声が返った。ノクスと契約している精霊人、ゼンドラングである。
『一応言っておくと、わしらもステアから伝え聞いただけだ。知らんことは話せんぞ』
彼はそう前置きして、語った。クロードシャリスを連行していた執行官たちが、何者かに襲撃されたこと。奮戦むなしく全員気絶させられたこと。そして、執行官たちが目覚めたときには、襲撃者とクロードシャリスがいなくなっていたこと。
『我が契約者は“逃げた”と言ったが、襲撃者に連れていかれた、というのが正しいのであろうなあ』
ゼンドラングはいつもの調子で呟く。ヒワたちは、揃って考え込んでしまった。
ややして、エルメルアリアが口を開く。説明を聞いていたときから変わらない、しかめっ面だった。
「執行官たちは、大丈夫なのかよ」
『む? ああ、容体か? 目覚めたときには全員無傷だったそうだ。間違いなく指揮術を体に受けたというのに、火傷のひとつもなかったそうでな』
「……ふうん」
エルメルアリアは言ったきり、黙り込んでしまう。ヒワが頬をつついても、無反応だ。
対面で、フラムリーヴェが咳払いする。
「その、襲撃者というのは……」
『おう。目撃証言からして、フラムリーヴェの想像通りだろうな』
ゼンドラングの言葉で、全員の表情が曇った。『彼ら』のことを直接知らないシルヴィーまでもが、眉間にしわを寄せている。
ロレンスが、頭を抱えた。
「ツェレグヴルムか。そりゃ、いるよな」
ツェレグヴルム。ミレティアレーデとともに暗躍している、地下魔界の精霊人。闇夜に浮かぶ白い貌、金属をこするような笑い声を思い出して、ヒワは唾を飲み込んだ。
ふいに、伝霊から重厚な声が流れ出る。
『……ステアルティード、および〈銀星の塔〉から伝言だ。“天外界でも天地内界でも、すでに捜索が始まっている。決して、自分たちだけで追おうとするな”』
言葉と気迫が、食堂の一角に緊張をもたらす。
エルメルアリアが歯ぎしりしたが、その音はヒワにしか届かなかった。伝霊から響いた物音が、重なったからである。人の髪をかき回すときの、それであった。
『ノクスもだぞ?』
『っせえ! わかってらぁ!』
『がはは、そうか! 不満げに見えたものでな、すまん!』
『不満っつーか、なんか信用できねえんだよ、あいつら』
『そう言ってやるな。今回ばかりは血眼になっておるようだぞ?』
いつもと変わらぬやり取りに、誰かが小さく吹き出した。それがきっかけで、空気が弛緩する。
珈琲を飲みほしたロレンスが、ヒワたちの方を見た。
「クロさんの件も、何か情報がないか、支部で訊いてみる」
「うん。ありがとう、ロレンス」
ヒワもまたほほ笑んで、目の前のカップに手を添える。膝の上で、エルメルアリアが小さく頭を下げた。
※
ノクスの伝霊が去った後、一同は軽く話をまとめて、解散した。ヒワたちは、ロレンスとフラムリーヴェと別れて、帰路につく。
会話は少ない。食堂を出てからというもの、エルメルアリアがずっと考え込んでいるためだった。
馴染みの道に差し掛かった頃、ヒワは思い切って息を吸う。
「ねえ、エラ。クロさんのことだけど――」
「おう」
エルメルアリアは、急に身を乗り出した。飛び上がったかと思えば、石畳に下り立つ。踊るようにして、ヒワたちを見た。
「次会ったら、今度こそ、完璧に捕まえてやる。地下魔界の連中が邪魔するなら、ぶちのめす」
ヒワは、目を丸くした。隣のシルヴィーも、意外そうに眉を上げている。
二人の反応を気にもせず、エルメルアリアは小さな拳を握った。
「……オレがやらなきゃ、だめだ。あいつは多分、オレのところに来るだろうから」
小さな体からは、確かに怒りがにじみ出ている。しかしそれは、赤黒い怒りではなかった。
ヒワは、口もとをほころばせる。腰から提げたものを、軽く叩いた。エルメルアリアお手製の袋と、そこに収まった杖。
「そのときはわたしも、一緒に戦う」
ヒワが言い切ると、エルメルアリアはにっと笑った。通行人に気づかれない程度に飛んで、彼女の腕の中に収まる。
一部始終を見ていたシルヴィーが、悪戯っぽく笑った。
「なら、今のうちからできることをやっておかないとね」
「今のうちからできること、かあ。情報収集とか?」
「あとは、もっと体を鍛える、とか!」
「……シルヴィー。それが言いたかっただけでしょ」
ヒワが目をすがめても、シルヴィーはまったく動じない。それどころか、走り込み前の動作を始めた。
「あたしが『できること』と言えば、これだからね。さあさあ、ヒワの家まで走りますか」
「いきなり!?」
「あ、その前に準備体操がいるわね」
「こんな道のまんなかで体操って。不審極まりない」
少女たちは、人の流れを器用にすり抜けながらじゃれ合う。エルメルアリアが小さく吹き出し、その後、腹を抱えて笑い出した。




