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春風のサーガ  作者: 蒼井七海
第十一章 偽りと真実のインターセクション
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184 友の決意

「どういうことだ」


 低い声が、テーブルに落ちる。エルメルアリアが勢いよく身を乗り出して、伝霊(でんれい)をにらみつけた。


「執行官が天外界に連れてったんじゃなかったのか。あいつが抵抗でもしたってのか!?」

『まあ待て、エルメルアリア。今から順番に話す』


 伝霊の向こうから、ノクスとは違う声が返った。ノクスと契約している精霊人、ゼンドラングである。


『一応言っておくと、わしらもステアから伝え聞いただけだ。知らんことは話せんぞ』


 彼はそう前置きして、語った。クロードシャリスを連行していた執行官たちが、何者かに襲撃されたこと。奮戦むなしく全員気絶させられたこと。そして、執行官たちが目覚めたときには、襲撃者とクロードシャリスがいなくなっていたこと。


『我が契約者は“逃げた”と言ったが、襲撃者に連れていかれた、というのが正しいのであろうなあ』


 ゼンドラングはいつもの調子で呟く。ヒワたちは、揃って考え込んでしまった。


 ややして、エルメルアリアが口を開く。説明を聞いていたときから変わらない、しかめっ面だった。


「執行官たちは、大丈夫なのかよ」

『む? ああ、容体か? 目覚めたときには全員無傷だったそうだ。間違いなく指揮術を体に受けたというのに、火傷のひとつもなかったそうでな』

「……ふうん」


 エルメルアリアは言ったきり、黙り込んでしまう。ヒワが頬をつついても、無反応だ。


 対面で、フラムリーヴェが咳払いする。


「その、襲撃者というのは……」

『おう。目撃証言からして、フラムリーヴェの想像通りだろうな』


 ゼンドラングの言葉で、全員の表情が曇った。『彼ら』のことを直接知らないシルヴィーまでもが、眉間にしわを寄せている。


 ロレンスが、頭を抱えた。


「ツェレグヴルムか。そりゃ、いるよな」


 ツェレグヴルム。ミレティアレーデとともに暗躍している、地下魔界の精霊人(スピリヤ)。闇夜に浮かぶ白い貌、金属をこするような笑い声を思い出して、ヒワは唾を飲み込んだ。


 ふいに、伝霊から重厚な声が流れ出る。


『……ステアルティード、および〈銀星の塔〉から伝言だ。“天外界でも天地内界でも、すでに捜索が始まっている。決して、自分たちだけで追おうとするな”』


 言葉と気迫が、食堂の一角に緊張をもたらす。


 エルメルアリアが歯ぎしりしたが、その音はヒワにしか届かなかった。伝霊から響いた物音が、重なったからである。人の髪をかき回すときの、それであった。


『ノクスもだぞ?』

『っせえ! わかってらぁ!』

『がはは、そうか! 不満げに見えたものでな、すまん!』

『不満っつーか、なんか信用できねえんだよ、あいつら』

『そう言ってやるな。今回ばかりは血眼になっておるようだぞ?』


 いつもと変わらぬやり取りに、誰かが小さく吹き出した。それがきっかけで、空気が弛緩する。


 珈琲を飲みほしたロレンスが、ヒワたちの方を見た。


「クロさんの件も、何か情報がないか、支部で訊いてみる」

「うん。ありがとう、ロレンス」


 ヒワもまたほほ笑んで、目の前のカップに手を添える。膝の上で、エルメルアリアが小さく頭を下げた。



     ※



 ノクスの伝霊が去った後、一同は軽く話をまとめて、解散した。ヒワたちは、ロレンスとフラムリーヴェと別れて、帰路につく。


 会話は少ない。食堂を出てからというもの、エルメルアリアがずっと考え込んでいるためだった。


 馴染みの道に差し掛かった頃、ヒワは思い切って息を吸う。


「ねえ、エラ。クロさんのことだけど――」

「おう」


 エルメルアリアは、急に身を乗り出した。飛び上がったかと思えば、石畳に下り立つ。踊るようにして、ヒワたちを見た。


「次会ったら、今度こそ、完璧に捕まえてやる。地下魔界の連中が邪魔するなら、ぶちのめす」


 ヒワは、目を丸くした。隣のシルヴィーも、意外そうに眉を上げている。


 二人の反応を気にもせず、エルメルアリアは小さな拳を握った。


「……オレがやらなきゃ、だめだ。あいつは多分、オレのところに来るだろうから」


 小さな体からは、確かに怒りがにじみ出ている。しかしそれは、赤黒い怒りではなかった。


 ヒワは、口もとをほころばせる。腰から提げたものを、軽く叩いた。エルメルアリアお手製の袋と、そこに収まった杖。


「そのときはわたしも、一緒に戦う」


 ヒワが言い切ると、エルメルアリアはにっと笑った。通行人に気づかれない程度に飛んで、彼女の腕の中に収まる。


 一部始終を見ていたシルヴィーが、悪戯っぽく笑った。


「なら、今のうちからできることをやっておかないとね」

「今のうちからできること、かあ。情報収集とか?」

「あとは、もっと体を鍛える、とか!」

「……シルヴィー。それが言いたかっただけでしょ」


 ヒワが目をすがめても、シルヴィーはまったく動じない。それどころか、走り込み前の動作を始めた。


「あたしが『できること』と言えば、これだからね。さあさあ、ヒワの家まで走りますか」

「いきなり!?」

「あ、その前に準備体操がいるわね」

「こんな道のまんなかで体操って。不審極まりない」


 少女たちは、人の流れを器用にすり抜けながらじゃれ合う。エルメルアリアが小さく吹き出し、その後、腹を抱えて笑い出した。

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