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春風のサーガ  作者: 蒼井七海
第十章 奪還と決別のオペレーション
208/211

182.5-1 かけがえのない『今』

今回と次回は第十章の後日談です。どちらもエラまわりのお話。

必読ではありませんが、補足や裏話に興味がある方は、ぜひお読みくださいませ。

 色の移ろう空の下。天の果てに向かってまっすぐ伸びる〈銀星(ぎんせい)の塔〉を抱く〈銀星の(みやこ)〉は、平時とはまた違う慌ただしさに包まれていた。精霊人スピリヤたちが盛んに出入りし、情報を交換したり、資材を運び出したりする。


 先日、突如発生した魔物の大移動と凶暴化は、戦士たちの活躍と原因の特定によって、終息した。一般の民たちは、里の垣根を越えて、破壊された場所の修復に励んでいる。中でも術の解析や解除が得意な者は、特に被害が大きい場所を回り、指揮術の名残がないかを確かめていた。


 魔物の大移動と凶暴化の原因は、不届き者が地下魔界の瘴気と魔物を呼び寄せ、天外界の魔物に悪辣な術をかけたことだ。それについて、精霊人社会の中枢で会議が行われていた。ただし、建設的な話し合いとはほど遠い。


 〈銀星の塔〉・大会議室。机も椅子もない、ただ高いばかりの部屋に、精霊人たちが浮いている。今、この場にいるのは、〈塔〉の高官数名と、今回の騒動の下手人と深い関わりのあった精霊人たち――つまりはエルメルアリアとステアルティードである。


 エルメルアリアは、まだ世界渡りに耐えられる体調ではなかった。しかし、〈塔〉から強制招集がかかったので、この場にいる。同志の何人かは今頃内界で怒り狂っているだろうな、などと、彼はぼやけた頭で考えていた。


 高官たちはエルメルアリアたちに、事の顛末の説明を求めた。二人は、求められたことを、正直に話した。説明を終え、高官たちの冷ややかな視線がエルメルアリアに向いているのが、今である。


「説明は、以上か」

「以上だ。絞っても、もうなんも出ねえぞ」


 エルメルアリアは投げやりにそう言って、腕を組む。高官たちの態度は、ちっとも軟化しなかった。


「本当に?」

「本当だ」

「ほかに隠していることはないか」

「ない」


 しつこい、とエルメルアリアは胸中で吐き捨てる。彼らがなぜこうも食ってかかるのかは、わかっていた。普段ならば皮肉ってやるくらいはするのだが、今はそんな元気もない。頼むから内界か家に帰らせてくれ、としか思えなかった。


 その後も、高官たちはしつこい。途切れぬ問答を見かねてか、ステアルティードが挙手する。


「私もエルメルアリアも、調査に必要な情報はすべて話しました。皆様に隠し事をする意味もございません。どうしてそこまで、エルメルアリアを詰問なさるのですか」


 ステアルティードとしては、自分に矛先が向かないのも不思議だったのだろう。彼の有声無声の疑問に、高官の一人が答えた。


「彼は、クロードシャリスとたいそう親しかっただろう。情に流されて、重要情報を隠しておらぬとも限らぬ。()()()()のことになっている可能性もある」

「それ以上?」


 しかめっ面で繰り返したステアルティードが、すぐ後に目を見開く。


「まさか……エルメルアリアを疑っておられるのですか」

「あくまで、可能性を捨てていない、というだけだ」

「可能性も何も……彼は被害者ですよ!? 万が一にも、敵方と通じているなど、あり得ない!」

「落ち着きなさい、ステアルティード」


 声を荒げたステアルティードを、別の声が窘める。同席している、筆頭事務官であった。


「思うところはあるのでしょう。ですが、あなたは事務官です。冷静に、公平な視点を持ちなさい」


 ステアルティードが、ぴくりと肩を震わせる。上司の目が冷たくなった。


「仮にエルメルアリアが完全な被害者で、潔白であったとしても、心の隙に付け込まれてクロードシャリスの反逆を止められなかったのは事実です」


 エルメルアリアは、静かに瞑目した。筆頭事務官が指摘した点に関して、反論するつもりはない。ないが……鉛でものみこんだかのような重さが、腹の底にのしかかった。


 沈黙の中、誰かが息を吸う。


「……付け込まれた? 止められなかった?」


 その誰かがステアルティードであると、エルメルアリアが気づいたのは、その低いささやきを聞いたときだ。そして、次の瞬間には、耳をやられかけた。


「いい加減にしろっ!!」


 ステアルティードが叫ぶ。誰もが呆気に取られている間に、彼はまくし立てた。


「エルメルアリアに罪があるというのなら、我々も同罪だ! 若い精霊人一人をやたら崇め讃えるくせに、都合よく利用して、責任ばかりを被せようとする……その態度こそが、クロードシャリスのような者を生んだのではないのか!」


「ちょ、ステア?」


 さすがに目を回して、エルメルアリアは呼びかける。しかし、隣の事務官は止まらない。親指で自らの胸を差し、大喝した。


「彼を責める前に、省みるべきことがあるだろう!!」


 青年の怒声は、やまびこのように反響する。表情は様々ながら、あの高官たちが、誰も二の句を継げずにいた。


 かつてないほど気まずい沈黙に満たされた大会議室の中で、エルメルアリアもまた、途方に暮れていた。



     ※



 結局、緊急会議は妙な空気のまま閉幕した。大会議室を出た後、精霊人(スピリヤ)の行き交う通路を歩きながら、ステアルティードがかぶりを振る。


「さすがに里へ追い返されるかもしれんな。私は構わないが……里に迷惑がかかるのは心苦しい」

「いや冷静に言ってる場合か」


 隣を飛ぶエルメルアリアは、つい突っ込んでしまう。


「何してんだよ。普段、オレに『高官に敬語くらい使え』って言ってる奴がよ」

「それとこれとは話が別だ。さすがに、腹に据えかねた」

「はあ? 意味が――」


 言葉を返そうとしたところで、エルメルアリアは、うっと声を詰まらせた。景色が歪み、普通は見えない色がチカチカと瞬く。響きがおかしい青年の声に、精霊たちのざわめきが押し寄せて、重なった。


 クロードシャリスの一件以降、こうして時折、感覚が異常なほど鋭くなることがある。捕まっているときにかけられそうになった術の影響が、まだ残っているのだ。


 少しして、音の聞こえ方がましになった。そして、エルメルアリアはステアルティードに抱きかかえられていた。


「ステア、なに、して――」

「落ち着くまで喋るな。いいから、このままでいろ」


 彼は、ぴしゃりと切り返す。やたらに速い靴音が、やはり奇妙に歪んで、エルメルアリアの耳に届いた。


 果たしてステアルティードが飛び込んだのは、白門(しろもん)()であった。門番たちに状況を説明し、しばらくここにいる許可を求めていた。戸惑うエルメルアリアをよそに、門番たちはにっこりと笑ってみせる。


「もちろんでございます」

「どうぞごゆっくり、身心を休めていかれてくださいませ」

「かたじけない」


 ステアルティードは一礼し、エルメルアリアを床に横たえる。白門の間の床は硬いが、不思議と寝転がっても不快感がないのだ。エルメルアリアが、冷たくて気持ちいいな、などと思っている間に、感覚の異常も収まってきた。


 体を起こして、事務官の青年を見上げる。


「……なんで白門の間なんだよ」

「ここが一番、精霊の声が届きづらいだろう。人もそうそう来ない」

()()()()()()際に、休息をとりにこられる方は、まれにいらっしゃいます」


 ルスが、穏やかな微笑を浮かべて補足する。エルメルアリアは目を丸くして「そうなのか」と呟いた。


 門番たちはそこで、二人に背を向ける。自分たちは何も聞いていません、という意思表示だ。


 エルメルアリアはなんとなく、ステアルティードを見上げる。


「……なんであんなにキレたんだよ」

「言っただろう。腹に据えかねた」

「本当に職を解かれたらどうすんだ」

「そうだな。里に帰って、また物品の計算を手伝う」

「オレなんかのことで……」

「『なんか』とはなんだ、馬鹿者」


 ステアルティードは、わざわざ屈んで、エルメルアリアの額を指で弾く。いてっ、と声を上げたエルメルアリアは、不満をあらわに青年をにらんだが、彼も表情を緩めなかった。


「今回、貴様のために力を尽くした方々に、失礼だろう。……殉職した、あの方にも」


 思いがけない言葉に、エルメルアリアは目をしばたたく。


「……クロードシャリスが殺した、巡視官? オレ、別に面識ねえけど」


 疑問をぶつければ、ステアルティードは目を伏せた。やおら立ち上がり、両手を背中側で組む。


「――『〈雪白(せっぱく)の里〉より北西、天外界と地下魔界を繋ぐ隧道にて、基準値を超える魔力の変動を観測。原因究明のため、〈銀星の塔〉にて選抜した三名の精霊人を調査に派遣した』」


 彼が暗唱した文言に、エルメルアリアは唖然とした。心臓が嫌な音を立てる。


「おい、それ、なんで……」

「『あの方』が、自身の巡視記録の中に、これを忍ばせていた。わざわざ指揮術を使って。――そして、報告書の中に、エルメルアリア、貴様の名があった」


 それは、厳重に隠されているはずの、〈幽闇隧道(ゆうあんすいどう)〉調査の最終報告書だ。観測室やクロードシャリス、そして調査に赴いた者たちの報告をまとめたものである。


 その中身をそらんじた青年は、絶句しているエルメルアリアを見つめる。


「〈幽闇隧道〉に赴き、右腕に重傷を負って帰還。〈雪白の里〉にて保護された。間違いないな?」


 問いかけは、彼の胸を否応なく騒がせた。しらを切るなどという発想は出てこない。エルメルアリアは、ぎこちなくうなずいた。


 ステアルティードは「そうか」とだけ言って、白い柱の方を見る。


 しばしの沈黙の後、エルメルアリアはうめいた。驚きは、亡き巡視官に対する疑問へと変わる。


「なんで……そんなこと。オレ、会話したこともないのに……?」


 ステアルティードは、口を閉ざしたまま、少し考えこんでいた。心を整えるように、細く息を吸う。


「許せなかったのではないかな。精霊人社会のひずみによって、若者が傷ついたことが。それが、()()()()()()にされるのが」


 彼は、言い聞かせるように語った。それから、口を開けているエルメルアリアを見て、肩をすくめる。


「……まあ、先達の心の内を語れるほど、私は偉くはないが」


 おどけたように言って、体ごとエルメルアリアに向き合った。


「ともかく。貴様が暗くて狭い土地での任務遂行は無理だ、と訴えてきた理由が、やっとわかった」


 エルメルアリアは、つい口を尖らせる。


「……わかって、どうすんだよ」

「どうもしない。ただ――」


 不服だと言わんばかりの瞳を見つめ、ステアルティードは静かに告げた。


「もう、無理に隠すことはない。それを伝えたかっただけだ」


 エルメルアリアは息をのむ。その後すぐ、肩を抱いて震え出した。


「なに? なんだそれ? ステアが優しい……こわい……」

「言うに事欠いてそれか!」

「だって怖いだろ! いっつもあれこれ口うるさい奴が、急に、そんな!」

「貴様が時と場をわきまえた振る舞いをすれば、()だって口出ししない! だいたい、負担をかけている自覚はあるのだろう!?」

「なんのことだ? 最近、衝撃的なことが多すぎて、ところどころ記憶が飛んでてなぁ」

「嘘をつけ! ずいぶん都合のいい記憶喪失だな!」


 ステアルティードの怒鳴り声に対し、エルメルアリアは両耳をふさいでみせる。そっぽを向くと、恒例のお小言が始まった。


『昔』の振る舞いに戻れない理由は、多々あるが。『今』の自分を変わらず叱るステアルティードに、甘えているのもあるのだろう。


 自覚しつつも、エルメルアリアは決して表に出さない。ただ、『今』の自分を被る。いや、こちらもまた、本物だ。


 エルメルアリアとステアルティード。いつも通りの言い合いは、双方が力尽きるまで続く。兄弟のごとき門番だけが、素知らぬ顔で立っていた。



 ――天地内界で執行官が襲撃され、クロードシャリスが逃亡した。その一報が飛び込んでくるのは、天外界時間で三日後のことである。



(182.5-1 かけがえのない『今』・終)

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― 新着の感想 ―
ステアさんはずっとため込んできた理不尽への怒りがとうとう爆発してしまいましたね(;´∀`) でも読者としてはハッキリ言ってくれてとても気持ち良かったです! これはもうステアさんが出世して筆頭事務官にな…
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