182 相棒(2)
ふたりで玄関まで行くと、ロレンスとフラムリーヴェが目を丸くした。ふたりの間から、シルヴィーが顔を出す。
「お久しぶりー、ヒワ!」
「シルヴィー! ごめんね、なかなか挨拶に行けなくて」
「別にいいよー。それより――」
からりと笑った少女は、その目をヒワの隣に向ける。ずいっと前に出て、エルメルアリアの腕を引いた。彼が抗議する間も、契約者が止める間もなく、ぬいぐるみのように抱く。
「ヒワたちに散々心配かけさせて! この精霊人は、ほんとに、もう!」
「痛い痛い! 意外と力が強いな、あんた!」
「少しは鍛えてますんでねえ」
シルヴィーは、両腕でエルメルアリアを軽く圧迫する。隣でロレンスはおろおろしていたが、フラムリーヴェは「もっとやれ」と言わんばかりにうなずいていた。
ヒワが止めるべきかと悩んでいたとき、シルヴィーの動きが止まった。赤茶色の瞳が、精霊人の髪を捉えてきらりと輝く。
「あらま。いいものつけてるね、君」
「だろ?」
エルメルアリアが、シルヴィーから離れて胸を張る。かと思えば、「シルヴィーも手伝ったんだって? ありがとな」と口にした。シルヴィーは突然のことに目を丸くしたが、すぐに悪戯っぽく笑う。
「最終的に選んで作ったのは、ヒワだよ。あたしたちは横から口出ししてただけ」
その口出しが大変ありがたかったです――という思いを込めて、ヒワはほほ笑む。
一方、ロレンスたちは最初、戸惑った様子で立っていた。しかし、エルメルアリアの髪紐に気づくと、うなずいた。
「……すっかりいつも通りですね」
フラムリーヴェが、友達予備軍を見上げてため息をつく。その相貌には、淡い笑みが刻まれていた。
「ですが、もうしばらくはこちらのお宅で休養に専念してくださいね」
「えっ。家に資料取りに行こうと思ったのに」
「だめです。まだ半月も経ってないんですよ。その体で世界を渡るなど、それこそ自殺行為です」
淡々と叱られたエルメルアリアが、頬をふくらませる。なぜか険悪な空気になった二人を、ロレンスがなだめた。
「まあまあ。今日はお見舞いと報告に来たんだし、もう少し穏やかに話そうよ……」
「報告? なんの?」
ヒワが首をかしげると、ロレンスは耳打ちしてきた。
「西部で二つほど〈穴〉が見つかったんだ。もうふさいだけど、一応ね」
「あ、なるほど」
「カティも関わったから、一緒に来られたらよかったんだけど、今日は都合が合わなかったんだ」
二人がひそひそ話をしていると、後ろで見守っていたコノメが軽く手を叩く。全員の視線を集めた上で、居間の方を示した。
「いつまでも立ち話してるのもなんだし、上がってよ。母が張り切ってお茶の用意してるんで」
「わ、嬉しい! お邪魔します!」
「お、お世話になります……」
素直に喜ぶシルヴィーの横で、ロレンスが頭を下げる。フラムリーヴェも、丁寧に一礼した。
ようこそ、とぎこちなく告げたヒワも、居間の方へ足を向けた。彼女の前に出たエルメルアリアが、人々を急かしながら飛んでいく。
若葉色の衣が、風をはらんで舞った。
※
ユース共和国の国境近く。山々の間を吹き渡る風が、大地を凍えさせていた。
そんな中、精霊人の一団は、表情ひとつ変えずに進んでいる。〈秩序の室〉より派遣された執行官と、掟破りの罪人とされた元巡視官。物々しい空気の中、その元巡視官――クロードシャリスは、執行官たちの表情を観察していた。
別に面白いわけではない。彼らの顔色をうかがっているわけでもない。要は暇つぶし、ただ前を見ているよりはましだろうというだけのことであった。
魔力の質が変わる。四人いる執行官のうち二人が、小声で話しはじめた。門が近いのだと、クロードシャリスは察する。
「……そろそろかな」
口の中で呟いた。
罪人の相手をすることも多い執行官は、決して軟弱ではない。しかし、制限のかかる内界で、『彼』から逃げ切るのは不可能だろう。
クロードシャリスが考えていた矢先、風が重々しい音色を奏でた。精霊たちが警告を発する。当然、執行官たちも異変に気づき、身構えた。
クロードシャリスのすぐ前にいた執行官の足もとから、泥のような闇があふれ出る。彼は悲鳴を上げつつ、光の指揮術で泥を裂いたが、一瞬遅かった。胸の上あたりを貫かれて倒れ伏す。その後すぐ、ほかの執行官が撃ち込んだ術で、闇は霧散した。
しかし、これで終わりではない。
「こんにちはー。悪いけど、そこのお兄さん、もらってくよー」
拍子抜けするほど陽気な声が響く。執行官たちが上を見ると同時、暗黒の矢が降り注いだ。彼らがとっさに生み出した光の盾がそれを防ぐ。息つく間もなく、大地の隙間という隙間から闇が噴き出した。執行官たちは当然、足もとの脅威にも上空の敵にも対応しているが、攻撃は収まる気配がない。
「なんだ、あいつは? どうやってこれだけの術を使っている?」
上空に魔力の刃を放った執行官が、思わずといったふうにこぼす。戦場を睥睨している襲撃者は、分厚い衣に覆われた腕を組んだ。
「失礼な。おまえたちと同じだよ。自前の魔力と、精霊の助力さ」
「そんなはずが……この場の精霊のほとんどは、我々に力を貸して……」
別の執行官が呟く。
クロードシャリスは、口をつぐんで見ていた。『彼ら』に対する最低限の義理である。
執行官たちと『彼』の戦いは、長いこと続いた。しかし、永遠ではない。あるとき、一人の執行官が鞭のように伸びた闇に頭部を殴られ昏倒した。残る二人も、黒い矢に体を串刺しにされたり、闇に口と鼻をふさがれたりして倒れる。
大地には、クロードシャリスだけが立っていた。彼は執行官たちの前に出て、空をにらむ。
「それ以上はいけないよ、ツェレグヴルム」
執行官たちにとどめを刺そうとしていたツェレグヴルムが、蠢く闇を止めた。子供のように唇を尖らせる。
「助けにきた精霊人に対して、その態度はないでしょ。クロードシャリス」
「どうせ、暴れるついでだろ?」
クロードシャリスが切り返すと、ツェレグヴルムは「否定はしない」と笑った。
「でも、おまえを助けにきたのだって、しぶしぶじゃあないぜ? 話し相手が減るのは退屈なんだよ。ミレイだって、まだおまえの力が必要だって言ってた」
「まだ、ね」クロードシャリスは、風にかき消される程度の声で呟いて、手を振った。輝く水の粒がいくつも生まれ、執行官たちの上に降り注ぐ。それは殺す水ではなく、生かす水だ。精霊人の体に触れては、光となって消える。
その光景をながめていたツェレグヴルムが、金属をこすり合わせたような笑声を立てた。
「なんだかんだ同胞に甘いね、おまえ」
「天外界との全面衝突を避けたいだけだ。ミレイたちだって同じ考えでしょ」
クロードシャリスは吐き捨てる。ツェレグヴルムが、空中で肩をすくめた。
「おお、怖い怖い。僕、おまえに嫌われる覚えがないんだけど?」
「覚えてないのなら、言葉にしてあげようか」
クロードシャリスは、ため息をつく。次の瞬間、青い瞳が刃のごとき光を湛えた。
「僕は、〈幽闇隧道〉で君がしたことを許していない」
吹雪のごとき声が、二人の間を駆け抜ける。
ツェレグヴルムは、虚を突かれたようだった。しばしの沈黙の後、思い出したように笑う。
「……っはは! なんだそれ、今さらあいつの友達面か? あれだけのことをしておいて?」
「今回の件とあの件は、まったく関係ないからね」
「美しい友情! それに大した言い訳だよ! あいつから見れば、僕も今のおまえも、大差ないってのに」
ツェレグヴルムは愉快そうに手を叩く。一方、クロードシャリスは眉ひとつ動かさなかった。
「そうだね。みんな揃って、世界の敵だ」
色という色を削ぎ落した声で、告げる。倒れた執行官を避けて足を踏み出し、喉を鳴らしているツェレグヴルムを振り返った。
「ミレイたちのところに帰るんだろ。早くしなよ」
「はいはい。そんなに急がなくてもいいじゃん」
ツェレグヴルムは、軽やかに反転する。笑いをこらえているつもりのようだが、少し音が漏れ出ていた。笑声にいら立ちながらも、クロードシャリスは足を止めない。
地下魔界の精霊人たちは、まだこの半端者を活用するつもりだ。ならば、落ちるところまで落ちるしかない。
もし、そうなったら――今度こそ、彼がすべてを終わらせてくれるだろうか。そこまで考えて、クロードシャリスは自嘲する。
「贅沢な望みか」
後ろの精霊人に聞かれぬようにささやいて、遠くに視線を投げる。
山々の上に居座る灰色の雲は、まるで彼らをのみこまんとしているようだった。
(第十章 奪還と決別のオペレーション・完)
第十章本編はここまでです。
後日談追加に伴い、あとがきを移動させていただきました。




