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春風のサーガ  作者: 蒼井七海
第十章 奪還と決別のオペレーション
207/212

182 相棒(2)

 ふたりで玄関まで行くと、ロレンスとフラムリーヴェが目を丸くした。ふたりの間から、シルヴィーが顔を出す。


「お久しぶりー、ヒワ!」

「シルヴィー! ごめんね、なかなか挨拶に行けなくて」

「別にいいよー。それより――」


 からりと笑った少女は、その目をヒワの隣に向ける。ずいっと前に出て、エルメルアリアの腕を引いた。彼が抗議する間も、契約者が止める間もなく、ぬいぐるみのように抱く。


「ヒワたちに散々心配かけさせて! この精霊人(スピリヤ)は、ほんとに、もう!」

「痛い痛い! 意外と力が強いな、あんた!」

「少しは鍛えてますんでねえ」


 シルヴィーは、両腕でエルメルアリアを軽く圧迫する。隣でロレンスはおろおろしていたが、フラムリーヴェは「もっとやれ」と言わんばかりにうなずいていた。


 ヒワが止めるべきかと悩んでいたとき、シルヴィーの動きが止まった。赤茶色の瞳が、精霊人の髪を捉えてきらりと輝く。


「あらま。いいものつけてるね、君」

「だろ?」


 エルメルアリアが、シルヴィーから離れて胸を張る。かと思えば、「シルヴィーも手伝ったんだって? ありがとな」と口にした。シルヴィーは突然のことに目を丸くしたが、すぐに悪戯っぽく笑う。


「最終的に選んで作ったのは、ヒワだよ。あたしたちは横から口出ししてただけ」


 その口出しが大変ありがたかったです――という思いを込めて、ヒワはほほ笑む。


 一方、ロレンスたちは最初、戸惑った様子で立っていた。しかし、エルメルアリアの髪紐に気づくと、うなずいた。


「……すっかりいつも通りですね」


 フラムリーヴェが、友達予備軍を見上げてため息をつく。その相貌には、淡い笑みが刻まれていた。


「ですが、もうしばらくはこちらのお宅で休養に専念してくださいね」

「えっ。家に資料取りに行こうと思ったのに」

「だめです。まだ半月も経ってないんですよ。その体で世界を渡るなど、それこそ自殺行為です」


 淡々と叱られたエルメルアリアが、頬をふくらませる。なぜか険悪な空気になった二人を、ロレンスがなだめた。


「まあまあ。今日はお見舞いと報告に来たんだし、もう少し穏やかに話そうよ……」

「報告? なんの?」


 ヒワが首をかしげると、ロレンスは耳打ちしてきた。


「西部で二つほど〈穴〉が見つかったんだ。もうふさいだけど、一応ね」

「あ、なるほど」

「カティも関わったから、一緒に来られたらよかったんだけど、今日は都合が合わなかったんだ」


 二人がひそひそ話をしていると、後ろで見守っていたコノメが軽く手を叩く。全員の視線を集めた上で、居間の方を示した。


「いつまでも立ち話してるのもなんだし、上がってよ。母が張り切ってお茶の用意してるんで」

「わ、嬉しい! お邪魔します!」

「お、お世話になります……」


 素直に喜ぶシルヴィーの横で、ロレンスが頭を下げる。フラムリーヴェも、丁寧に一礼した。


 ようこそ、とぎこちなく告げたヒワも、居間の方へ足を向けた。彼女の前に出たエルメルアリアが、人々を急かしながら飛んでいく。


 若葉色の衣が、風をはらんで舞った。



     ※



 ユース共和国の国境近く。山々の間を吹き渡る風が、大地を凍えさせていた。


 そんな中、精霊人の一団は、表情ひとつ変えずに進んでいる。〈秩序の(むろ)〉より派遣された執行官と、掟破りの罪人とされた元巡視官(じゅんしかん)。物々しい空気の中、その元巡視官――クロードシャリスは、執行官たちの表情を観察していた。


 別に面白いわけではない。彼らの顔色をうかがっているわけでもない。要は暇つぶし、ただ前を見ているよりはましだろうというだけのことであった。


 魔力の質が変わる。四人いる執行官のうち二人が、小声で話しはじめた。門が近いのだと、クロードシャリスは察する。


「……そろそろかな」


 口の中で呟いた。


 罪人の相手をすることも多い執行官は、決して軟弱ではない。しかし、制限のかかる内界で、『彼』から逃げ切るのは不可能だろう。


 クロードシャリスが考えていた矢先、風が重々しい音色を奏でた。精霊たちが警告を発する。当然、執行官たちも異変に気づき、身構えた。


 クロードシャリスのすぐ前にいた執行官の足もとから、泥のような闇があふれ出る。彼は悲鳴を上げつつ、光の指揮術で泥を裂いたが、一瞬遅かった。胸の上あたりを貫かれて倒れ伏す。その後すぐ、ほかの執行官が撃ち込んだ術で、闇は霧散した。


 しかし、これで終わりではない。


「こんにちはー。悪いけど、そこのお兄さん、もらってくよー」


 拍子抜けするほど陽気な声が響く。執行官たちが上を見ると同時、暗黒の矢が降り注いだ。彼らがとっさに生み出した光の盾がそれを防ぐ。息つく間もなく、大地の隙間という隙間から闇が噴き出した。執行官たちは当然、足もとの脅威にも上空の敵にも対応しているが、攻撃は収まる気配がない。


「なんだ、あいつは? どうやってこれだけの術を使っている?」


 上空に魔力の刃を放った執行官が、思わずといったふうにこぼす。戦場を睥睨している襲撃者は、分厚い衣に覆われた腕を組んだ。


「失礼な。おまえたちと同じだよ。自前の魔力と、精霊の助力さ」

「そんなはずが……この場の精霊のほとんどは、我々に力を貸して……」


 別の執行官が呟く。


 クロードシャリスは、口をつぐんで見ていた。『彼ら』に対する最低限の義理である。


 執行官たちと『彼』の戦いは、長いこと続いた。しかし、永遠ではない。あるとき、一人の執行官が鞭のように伸びた闇に頭部を殴られ昏倒した。残る二人も、黒い矢に体を串刺しにされたり、闇に口と鼻をふさがれたりして倒れる。


 大地には、クロードシャリスだけが立っていた。彼は執行官たちの前に出て、空をにらむ。


「それ以上はいけないよ、ツェレグヴルム」


 執行官たちにとどめを刺そうとしていたツェレグヴルムが、蠢く闇を止めた。子供のように唇を尖らせる。


「助けにきた精霊人に対して、その態度はないでしょ。クロードシャリス」

「どうせ、暴れるついでだろ?」


 クロードシャリスが切り返すと、ツェレグヴルムは「否定はしない」と笑った。


「でも、おまえを助けにきたのだって、しぶしぶじゃあないぜ? 話し相手が減るのは退屈なんだよ。ミレイだって、まだおまえの力が必要だって言ってた」


「まだ、ね」クロードシャリスは、風にかき消される程度の声で呟いて、手を振った。輝く水の粒がいくつも生まれ、執行官たちの上に降り注ぐ。それは殺す水ではなく、生かす水だ。精霊人の体に触れては、光となって消える。


 その光景をながめていたツェレグヴルムが、金属をこすり合わせたような笑声を立てた。


「なんだかんだ同胞に甘いね、おまえ」

「天外界との全面衝突を避けたいだけだ。ミレイたちだって同じ考えでしょ」


 クロードシャリスは吐き捨てる。ツェレグヴルムが、空中で肩をすくめた。


「おお、怖い怖い。僕、おまえに嫌われる覚えがないんだけど?」

「覚えてないのなら、言葉にしてあげようか」


 クロードシャリスは、ため息をつく。次の瞬間、青い瞳が刃のごとき光を湛えた。


「僕は、〈幽闇隧道〉で君がしたことを許していない」


 吹雪のごとき声が、二人の間を駆け抜ける。


 ツェレグヴルムは、虚を突かれたようだった。しばしの沈黙の後、思い出したように笑う。


「……っはは! なんだそれ、今さらあいつの友達面か? あれだけのことをしておいて?」

「今回の件とあの件は、まったく関係ないからね」

「美しい友情! それに大した言い訳だよ! あいつから見れば、僕も今のおまえも、大差ないってのに」


 ツェレグヴルムは愉快そうに手を叩く。一方、クロードシャリスは眉ひとつ動かさなかった。


「そうだね。みんな揃って、世界の敵だ」


 色という色を削ぎ落した声で、告げる。倒れた執行官を避けて足を踏み出し、喉を鳴らしているツェレグヴルムを振り返った。


「ミレイたちのところに帰るんだろ。早くしなよ」

「はいはい。そんなに急がなくてもいいじゃん」


 ツェレグヴルムは、軽やかに反転する。笑いをこらえているつもりのようだが、少し音が漏れ出ていた。笑声にいら立ちながらも、クロードシャリスは足を止めない。


 地下魔界の精霊人たちは、まだこの半端者を活用するつもりだ。ならば、落ちるところまで落ちるしかない。


 もし、そうなったら――今度こそ、彼がすべてを終わらせてくれるだろうか。そこまで考えて、クロードシャリスは自嘲する。


「贅沢な望みか」


 後ろの精霊人に聞かれぬようにささやいて、遠くに視線を投げる。


 山々の上に居座る灰色の雲は、まるで彼らをのみこまんとしているようだった。



(第十章 奪還と決別のオペレーション・完)

第十章本編はここまでです。

後日談追加に伴い、あとがきを移動させていただきました。

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― 新着の感想 ―
第十章完結おめでとうございます!! クロさんはここで戦線離脱かと思ったけれど、まさかの回収されてしまったぁああああ!(。>_<。) クロさんはこれ以上罪を重ねないほうがいいのではないかと思ってしまいま…
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