表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春風のサーガ  作者: 蒼井七海
第十章 奪還と決別のオペレーション
205/211

181 四人分のおかえりなさい

 翌日、一行は町を出ることにした。エルメルアリアの療養のためにもう少し留まりたい――というのが全員の本音だったが、土地勘のない場所にあまり長くいるのも危険である。彼に負担をかけない程度に急いで帰ろう、という意見で一致した。


 最初は全員一緒に行動し、途中の駅でヘルミやリリアレフィルネと別れる。ルートヴィヒとマーリナ・ルテリアはぎりぎりまで同行していたが、ジラソーレにほど近い町で別れた。「何かあったら呼べ」という青年の言葉を、ヒワはありがたく受け取る。


 数日に及ぶ旅の末、ジラソーレの駅に降り立ったときには、五人になっていた。


 駅の外で、二手に分かれる。ソーラス院に戻るというロレンスとフラムリーヴェを、ヒワたちはいつものように労った。ロレンスも、普段通りの眠たげな表情で「じゃあ、また、近いうちに」と言い残していった。


 ヒワ、エルメルアリア、カトリーヌの三人で、スノハラ一家が暮らす集合住宅へ向かう。エルメルアリアが眠っていたので、静かな道行であった。


 ヒワは、足が自然と動いていることに気づく。並ぶ建物も、行き交う人々の声も、知った色になっていた。


 目的地が見えてきたところで、カトリーヌが足を止める。


「私も、このあたりで失礼するわ」

「え、うちまで来ないの?」


 ヒワはつい、カトリーヌをまじまじと見た。彼女は傘を傾けて、太陽のように笑う。


「大事な家族の時間を邪魔するのは、悪いから」

「気にしなくていいのに……」


 ヒワは苦笑したが、ありがとう、と付け足して手を振った。


「それじゃあ、いい夜を。もうしばらくジラソーレにいようと思うから、よろしくね!」


 手を振り返したついでにそう告げて、カトリーヌも去ってゆく。弾むような足取りで歩く彼女を見送った後、ヒワは自宅の方につま先を向けた。


 そのとき、腕の中で動くものがあった。もはや驚くことはない。ヒワは、静かに見下ろした。


「あ、エラ、おはよう。そろそろ夜だけど」

「ヒワ……みんなは……?」


 エルメルアリアが、しきりにまばたきしながらあたりを見回す。ヒワは「解散しちゃった」と、あえて笑い交じりに告げた。


「もうすぐ家だよ。あー、ここまで長かった!」


 買い物帰りの親子の姿を遠くに見つつ、ヒワは呟く。家、とか細く繰り返したエルメルアリアが、ゆっくりとヒワの服をつかんで、身を起こした。それに気づいて、ヒワは目をしばたたく。


「どしたの、エラ?」

「あんたの家に帰るなら、起きてないとまずいだろ」

「ええ? 誰も気にしないと思うけどなあ」


 そんなやり取りをしているうちに、集合住宅の前に辿り着いた。すれ違う住民たちと挨拶を交わしつつ、スノハラ家の部屋を目指す。エルメルアリアについて何か言われるかと、声をかけられるたびに冷や冷やしたが、幸い誰にも追及されなかった。


 見慣れた扉の前に立つ。深呼吸して、把手を握る。


「ただいまー。遅くなりましたー」


 扉を開けると同時、ヒワは声を張った。学校帰りと同じ、同じ、と胸中で繰り返す。


 家の中には出汁の香りが漂っていた。声がけから数秒後、台所の方からかすかな会話の音が聞こえてくる。ややして、コノメが駆けてきた。


「おかえり、ヒワち。暗くなる前に帰ってきて偉い」

「怖い人と遭遇するのは嫌だからね……」


 姉はいつもの調子である。片手で靴を脱ぎながら、ヒワはその言葉に答えた。


「飯食った?」

「まだ。食べる時間なかった」

「てかヒワ、臭くない?」

「そうかな? 服、ずっと同じの着てるからかも」

「不衛生! 不衛生ー!」

「しょうがないじゃん! 重い荷物持っていけなかったんだもん!」


 ぎゃあぎゃあと言いあっているうちに、両親も玄関へやってくる。母はちょうど料理中だったのか、服の袖を肘あたりまでまくっていた。父の方からは、なぜかねぎの匂いが漂っている。


「おかえり、ふたりとも」

「ちょうどいいところに。これから夕飯だぞ」

「やったー」


 ヒワがわかりやすく拳を握ると、両親は明らかにほっとしたような表情を見せた。


 一方、腕の中のエルメルアリアは、ぽかんと口を開けて彼らを見ている。それに気づいたコノメが「何呆けてんの、エラくん?」と顔の前で手を振った。エルメルアリアは、弱々しく尋ねる。


「何も、訊かないのか」


 スノハラ家の人々は、不思議そうに目をしばたたいた。答えに困っている様子の両親をよそに、長女がわざとらしく考えるようなしぐさをする。


「そりゃ、ねえ。精霊人(スピリヤ)の世界にも、守秘義務ってありそうだし?」

「上手い訊き方が思いつかなかっただけじゃないのか?」


 父に茶化されると、コノメはその脇腹を小突いた。痛がるふりをする父に、母が湿っぽい視線を寄越す。


「言わぬが花だよ、お父さん」

「お母さんまで。私を何だと思ってるんだ」


 コノメが口を尖らせる。まことに遺憾である、とでも言いたげだ。


 ヒワとエルメルアリアは、顔を見合わせる。やがて、どちらからともなく吹き出した。ひとしきり笑った後、エルメルアリアが『家族』を見上げる。


「……ただいま」


 まだ、疲労の影が色濃く残る顔で。それでもほほ笑む。


 そんなエルメルアリアを見て、スノハラ家の四人は声を揃えた。


「おかえりなさい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
スノハラ家の皆はきっとすごーく心配してくれていたと思います。でもなるべくごく普通に迎え入れてくれたのがとてもありがたいですね。この「日常感」が「帰ってきた!」という気持ちになれます(*'ω'*) エ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ