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春風のサーガ  作者: 蒼井七海
第十章 奪還と決別のオペレーション
201/211

178 親友(1)

 氷刃と光弾が衝突し、虹色の光を散らす。ヒワにとってみればそれは、指揮術の戦いというよりも、膨大な魔力と魔力のぶつかり合いであった。


 気が狂いそうな空間にあって、それでも壇の陰に身を潜めていられるのは、垣間見える相棒の背中がこゆるぎもしないおかげだろう。


「『バム・バム』――『石の(つるぎ)よ、貫け』!」


 魔力が霧散した瞬間を狙って、杖を構える。小規模な爆発によって生じた煙の中に、尖った石がいくつも吸い込まれていった。瞬時に、冷気による反撃がある。


「うわっと」


 ヒワは慌てて頭を引っ込め、すべてを凍らす風をかわした。いくらか髪の毛の先が凍った気がするが、あえて把握しないでおく。そのまま這うようにして場所を移動し、様子をうかがった。


 冷気があたりの水分を吸って、氷の剣に変化する。それは器用に方向転換すると、エルメルアリアの方へ飛んだ。彼は淡々と、手振りひとつでそれを砕く。もう一方の手の上で雷の球を生み出した。遊びのような手つきで、クロードシャリスめがけて投げつける。


 空中で魔力が爆ぜた。雷の球が四散してすぐ、竜巻と激流がぶつかる。暗いはずの洞窟で、色とりどりの光が舞い踊っていた。


 光の中で、クロードシャリスが声高く笑う。


「やるね、エラ。――こうでなくっちゃ」

「どうも。そっちこそ、制限かかってる中でよくやるよ」


 エルメルアリアも口を歪めて言葉を返す。二人とも、まるで、技を競っているかのような調子だ。


 だが――笑みの奥にあるのは、鋭利な、敵意とすら呼べる輝きだった。


 精霊はこの戦いをどう見ているのだろう。光と煙にまぎれながら、ヒワはそんなことを思った。彼女が感傷に浸っている間にも、魔力が吹き荒れ、爆発する。


 銀と青が、薄闇に舞った。クロードシャリスの背中がすぐ近くに見える。


 ヒワは息をのんで、視線を走らせた。目の前にはクロードシャリス。近くの壁には、照明代わりの蒼い光。


 迷ったのは一瞬だ。ヒワは、文字通り風前の灯火であるそれに、杖を向けた。思考を高速回転、詠唱ことばを組み立てる。


「『蒼き光の隼よ、現世うつしよの空にて駆れ!』」


 明滅していた光の端がぽろりとこぼれ、鳥の形に変化する。少しの揺らぎもなく、クロードシャリスの方へ飛び出した。光の翼が頬をかすめる。ほとんど同時に、彼の右手がかりそめの隼を握りつぶした。


 ヒワは、意志に反して立ちすくむ。クロードシャリスと目が合った。彼は、一緒にお茶をしたときのように、やわらかく笑った。


 唐突に、左足が沈む。ヒワはぎょっとして下を見る。足もとがどろどろに溶けていた。


「うえっ、いつの間に――」


 慌てている間にも、目と鼻の先で冷たい魔力が集まりはじめている。動転したヒワは、杖を握りしめたまま、地面に身を投げ出した。


「『光華の砦、ここに建て』!」


 岩の上を転がりながら叫ぶ。軽く舌を噛んでしまったが、幸いにも結界は現れた。さらに、その向こうで風が吹く。クロードシャリスの指先から放たれた水鉄砲は、思いのほか弱い勢いで結界にぶつかった。


「エラ、ごめん! 助かった!」

「いや、いい流れだ」


 右足を引っこ抜きながら叫んだヒワに、エルメルアリアは笑ってみせる。「へ?」と目をしばたたいた彼女の前で、彼は何かを引き寄せるように右腕を上げた。すると、結界が光の粒となってほどけ、星の河のごとく集まる。それは果たして、敵を狙う刃と化した。


 宙を走った一筋の光を、クロードシャリスはすんでのところで避ける。エルメルアリアが即座に距離を詰め、風の刃を放った。クロードシャリスは身をひねって避けたが、次の瞬間、左の二の腕がわずかに裂ける。残光が、赤い飛沫(しぶき)を浮かび上がらせた。


 それでも彼はひるまない。魔力の水が、揺らめく。呼応するように、エルメルアリアのまわりでも、輝きをまとった風が吹き荒れた。


 クロードシャリスが、笑う。


「必死だね」

「お互いにな」

「……エラは、どうして必死になれるの? ヒワさんのため、だけじゃないよね」


 静かな問いに、エルメルアリアはつかの間黙り込む。ヒワは、彼に隠れて移動しつつも、静寂に耳を傾けることも、やめられなかった。


 クロードシャリスが言い募る。


「ずっと、ずっと〈(あるじ)〉と重ねられ続けて、里の人たちにすら遠ざけられて、挙句の果てに〈銀星の塔〉に使い潰されて……それだけの目に遭って、なんでそちら側にいられるの? 多重世界せかいなんかのために、戦えるの? ここに、君を本当に君として見てくれる人なんて、()()()()()()いないだろ!?」


 その慟哭は誰よりも、クロードシャリス自身を突き刺しているようだった。言葉の刃は、ヒワの胸にも少なからぬ痛みを刻む。唇を噛んで、上を見た。


 エルメルアリアは、風の渦の中心で佇んでいる。乱舞するプラチナブロンドに覆い隠されていて、横顔はほとんど見えない。ただ、こぼれた声は、凪いでいた。


多重世界せかいのため、か」


 風の音色が、ひととき高くなる。


「オレとしては、そんなつもりはなかったんだけどな。クロがそう言うなら、きっとそうなんだろうな」


 クロードシャリスが目をみはる。


 エルメルアリアは、今にも暴れ出しそうな風を抑えながら、訥々と語った。


「おまえがさ、〈銀星の主〉から逃れられないって悩んでいるのと同じで。多分オレは、善き精霊人(スピリヤ)であろうとすることから、逃げられない。魔物に腕食われようが、振る舞いを変えようが、根っこは何も変わらなかったもんな」


 ヒワは再び壇の陰に入りながら、それを聞いた。触れてはいけないものに触れているようで、体の芯がひやりとする。それでも、できる限り音を立てずに身を起こし、杖を構えた。


「確かに苦しかったし……今も苦しい。でも、だからって、みんなが頑張って築き上げてきた多重世界を崩壊させてまで、自由になりたいとも思えない」


 風が、うねる。舞い上がったプラチナブロンドの向こうに、寂しげな笑顔があった。


「ごめん、クロ。オレはやっぱり、誰よりも臆病で弱っちい精霊人だ」


 ぽっかりと穴が開いたような沈黙の後、クロードシャリスが顔をくしゃくしゃに歪めた。右手を振りかざし、握って開く。何かの形を成そうとしていた水が散らばり、ざあざあと広がった。この部屋にいるふたりを丸ごと囲うように、水流が楕円を描く。


 ヒワは杖を握りしめ、詠唱しようとした。


 だが、そのとき、昏い魔力が首筋を撫でる。ヒワだけでなく、精霊人のふたりもつかの間体をこわばらせた。


 クロードシャリスの背後、通路の方から、闇のかたまりが飛んでくる。彼の脇を通り抜け、エルメルアリアの前で、傘のように広がった。


「ミレイか。余計な真似を――」


 悪態をつきながら、青年は手首をひねる。しかし、クロードシャリスが水を手繰るより、闇がエルメルアリアをのみこむ方が、速い。


 ヒワは身を乗り出した。彼の名前を叫びそうになって、ぐっとこらえる。黄緑色の瞳に、結界を展開するエルメルアリアの姿が映った。


 花形の結界は、長いこと闇を受け止めた。やがて、たわみ、軋みはじめる。闇が光を侵食し、水が彼を狙って動いている。


 静かな攻防が続くこと、五秒半。小さな体が傾いた。極限まで押し殺したような、それでも殺しきれぬうめき声が漏れる。


「やめな、エラ。それ以上やったら、体がもたない」


 闇の向こうで、クロードシャリスが低くささやく。しかし、エルメルアリアは不敵に笑った。


「言ったはずだぜ。あんまり侮らない方がいいってよ」


 花形の結界が、砕ける。


 同時、ヒワは詠唱した。


「『風の針よ、貫け』!」


 魔力をまとった風が、蠢く闇に風穴を開ける。エルメルアリアが手を叩くと、その風が竜巻と化し、闇を吹き散らした。


 ヒワの目に、クロードシャリスの姿が映る。躊躇なく、彼の方へ杖を向けた。


「『糸紡ぎ、巻いて縛って縫い留めろ』」


 魔力で織られた糸が、まっすぐにクロードシャリスのもとへ伸びる。素早く右手首に巻きついた。糸に捕まった彼は至極冷静にそれを見て、指先で水を動かす。水流の刃が糸を切り裂く――より一瞬早く、ヒワのことばが滑り出た。


「――『いかずちよ、糸を(はし)れ』!」


 相手が、虚を突かれて固まった。


 電流が駆け抜ける。糸を辿ったそれは、確かにクロードシャリスのもとへと流れ込んだ。


 青年の体が震える。聞いたことのないうめき声が漏れる。すぐに糸は断ち切られたが、その後もクロードシャリスは固まっていた。


 エルメルアリアが距離を詰める。掲げた右手に、エメラルド色の輝きをまとった風を呼ぶ。集まり、渦巻き、刃となったそれを――親友めがけて振り下ろした。

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― 新着の感想 ―
最後の最後まで『親友』と書かれていて、だいぶ胸が痛いです(。>_<。) クロさんはエラさんが酷い扱いを受けているのが我慢できなかったんだろうし、そういう気持ちが絶対にあったと思います。 エラさんをエ…
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