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春風のサーガ  作者: 蒼井七海
第十章 奪還と決別のオペレーション
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177 先祖の罪

 足もとが小刻みに揺れる。泥人形を一体地面に縫い付けたロレンスは、つい来た道を振り返った。


 見えるのは、闇と蒼い光だけだ。ただ、その向こうから息が詰まるほどの力の風が流れてくる。


 ヒワとエルメルアリアの戦いが始まった。その事実は、ロレンスの胸を締め付けると同時、襟を正させる。新たな泥人形を視界の端に捉え、杖を構えた。


「『グラッカ・コード』」


 彼らの足を固めたところに、フラムリーヴェが大剣を叩き込む。さらに、ゼンドラングが投げた蜥蜴のような魔物が直撃した。過剰攻撃じゃないだろうか、と思いつつも、ロレンスはあたりを見回す。


 今いるのは、罠が仕掛けられていた小部屋だ。侵入者排除のためか、クロードシャリスを助けるためか、次から次へと魔物が詰めかける。エルメルアリア直々に彼らの牽制を頼まれた者も、そうでない者も、しぶとい魔物たち相手に奮戦していた。


 歌が響き渡る。はっとしたロレンスは、茫洋と光る蝙蝠(こうもり)たちがふらついたのを見て、そちらに杖を向けた。


「『ミーレル・ピシュテ』!」


 魔力で編まれた鞭が、蝙蝠たちをはたき落とす。その向こうでは、何の動物が元かもわからない骨の魔物が、二人がかりで凍らされていた。


「後から後から湧いてくるな! 元はどこだ?」


 羽つき大蛇を投げ飛ばしたゼンドラングが、堂々たる佇まいで汗をぬぐう。たまたま隣に来ていたヘルミが、ふむ、と呟いて小部屋を見回した。その後すぐに、向かって右側の壁へ杖を向ける。


「あそこじゃない?」


 ゼンドラングが目をしばたたく。ロレンスも、似たような表情で壁を見た。その壁の付近にいたルートヴィヒが、示された場所をじっと見て――手元の剣をくるりと回す。


「見抜かれているぞ」淡白な声で、呼びかけた。(いら)えはない。それでも、ルートヴィヒは続ける。


「何もしてこないなら見逃してやるつもりでいたが……ヒワたちの邪魔をする気なら、話は別だ」


 マーリナ・ルテリアが舞い戻って、彼の肩に手を置く。


 次の時、岩壁の前で黒いものが渦を巻いた。そこから、黒衣の女性の姿がにじみ出す。黒に躑躅(つつじ)色が散る瞳が、ルートヴィヒの姿を映して、歪んだ。


「ずいぶんな自信だね。嫌いじゃないが、将来が心配だ。ぷちっと殺されそうで」

「この性格で、それなりに生きてきている。何年目かは忘れたが」

「そう。じゃ、次の誕生日は迎えられないかもね」


 女性――ミレティアレーデが、殺気を飛ばした。ロレンスにもそうとわかるほど、あからさまに。


 飛びかかってきた魔物を返り討ちにしたフラムリーヴェが、流れるように彼女へ剣を向ける。


「戦う気ならお相手しますよ。今度は全力で」

「ご勘弁を。今日のあたいは、魔物どもの引率だ」


 ミレティアレーデが左手を上げる。と、魔物たちが一斉にフラムリーヴェたちを威嚇しだした。倒れていた魔物の一部も、体をひきずるようにして起き上がる。


 それを見て、ノクスが舌打ちした。


「魔物を好きに操れるってことかよ、くそが」

「だから、あいつが『元』だって言ってんじゃん――『フリヤール・コード』」


 刺々しく吐き捨てたヘルミが、斜め後ろに杖を向ける。炎を吐こうとしていた魔物の口が、瞬時に凍りついた。もがくそいつを、ゼンドラングが口もとの氷諸共殴りつける。彼は、剣呑な視線をミレティアレーデに向けた。


「戦う気がないのなら、何をしに出てきたのだ、おぬし」

「あっちにちょっかいかけようかなと。でも、実行する前に見破られたね」


 あっち、と言って彼女が指さしたのは、小部屋の向こうの通路。その意味に気づいて、ロレンスは思わず顔をしかめた。不快感をあらわにしているのは、彼だけではない。その様子を見たミレティアレーデは、やれやれとばかりにかぶりを振る。その下でさりげなく、手を叩いた。


 魔物たちがいきり立つ。その声を聞いたロレンスは、とっさに杖をベルトに引っかけ、そばの小物入れに手を伸ばした。小瓶を取り出し、中身をぶちまける。魔物相手なら、多少は()()()()()はずだ。


 酒精アルコールと似て非なる異臭が立ち込め、魔物たちが背を丸めた。あるいは、地に伏せた。その隙に、力自慢の人々が彼らを制圧してゆく。


 とっさに鼻を覆ったミレティアレーデが、顔をしかめた。


「鎮静剤の類か。地下魔界うちの魔物にまで影響が出るのは、面倒だな」


 ロレンスは思わず息をのむ。調薬過程で魔力を流し込んでいるとはいえ、こうもあっさり言い当てられるとは思わなかったのだ。


 緊張が走る。手の届く範囲の魔物を制圧したルートヴィヒが、再びミレティアレーデに剣を向けた。彼女は剣先を一瞥し、それからロレンスたち全員を見る。


「そう怖い顔をするなよ。正面からやりあう気はない」


 かぶりを振った彼女は、落ち着き払って言葉を続ける。


「そうだね……せっかくだから、ひとつ、昔話をしてやろう」

「この状況で?」


 マーリナ・ルテリアが思わずと言った様子で呟く。そちらを見たミレティアレーデは、唇の端を持ち上げた。


「時間を稼ぎたいのさ。おまえたちだって同じだろう?」


 その一瞬、視線が通路の方へ滑る。ロレンスたちは、誰も、何も言えなかった。不気味なほどに静かな女性の声だけが、洞窟に響く。


「この話だって、おまえたちが知りたがっていることのはずだよ。かつて〈雪白(せっぱく)の里〉に住んでいた、ある精霊人(スピリヤ)の話だ」


 ロレンスは思わずリリアレフィルネの方を見る。魔物たちの上を飛び回っていた彼女は、遠目にもわかるほど、顔をしかめていた。


 語り手は、そのまま話し続ける。気づいていないのか、気にしていないのか。


「そいつは元々、里の中で物資の計算や精霊の様子見の仕事をしていた。が、知識が豊富だってんで、時折外の仕事にも誘われた。時が経つと、名の売れた精霊人たちとともに、あちこちの世界へ訪問するようになった。天地内界、水底界、熱砂界に雲上界うんじょうかい――様々な場所で、様々なものを見聞きするうちに、そいつは思った。どの世界にも、素晴らしい技術や文化があるのに、どうして他世界の者はそれに触れられないのだろう、触れられる者が限られてしまうのだろう、と。


 当時は、世界間の交流が今よりあった方だ。それでも、詳細不明の境目は存在していて、精霊以外の種族は門を通じてしか行き来できなかった。多少なりとも事故は起きたしね。


 そいつは、この行き来の問題を解決できれば、もっといろんな人がいろんな世界に触れられるのではないかと思った。仕事の合間を縫って、門と境目の研究を始めた。――そいつ一人の好奇心と、同胞のささやかな夢を叶えるための、ダメ元の挑戦。ここまではまだ、ほほ笑ましいものだった」


 ロレンスは、杖を構えたまま息をのむ。――この話がどう決着し、どこへ繋がるのかを、察してしまったのだ。


 ミレティアレーデはあくまでも淡々と続ける。


「だが、なまじそいつの頭がいいばかりに、ほほ笑ましい挑戦では終わらなかった。


 最初はただの、境目の研究だった。門のことは、門番や〈銀星の塔〉の秘密だったから、境目から調べていくしかなかったんだね。


 研究の過程で新たにわかったことは、そこまで多くなかったらしい。ただ、普通に門を使っているだけでは気づかない魔力の流れや、境目を渡るときの精霊の動きなんかが細かく分析できた。その精霊人は、研究結果をもとに、あろうことか門を作ろうと試みた。安全性をより高めた、新たな門を。


 研究は難航し、世界は乱れた。そりゃそうさ、短い間に何回も何回も、大きく魔力を動かすことになるからね。さらに、人間たちの中にも似たような活動をしている奴らがいると知って、そいつらと手を組もうともした。


 ここまでいくと、〈銀星の塔〉も放ってはおけない。奴らはその精霊人を掟破りの罪人と認定し、捕らえようとした。


精霊人は逃げ出した。自分が裁かれるのはともかく、研究成果を取り上げられるのが耐えられなかったらしい。


 執念で逃げ延びた精霊人は、地下魔界に流れ着き、子孫に研究成果と自分の日誌を託した」


 そこまで語ると、ミレティアレーデは息を吐く。そして、自身の顔を指さした。


「この賢い大馬鹿が、あたいのご先祖様さ」


 沈黙が、広がる。その果てに、ヘルミが口を開いた。


「……もしかしてあんたら、そのご先祖の研究を受け継いでるの?」

「あたいと、一部の奴らはそうだね」


 持って回った言い回しに、人間たちは眉をひそめる。ミレティアレーデが手を叩いた。


「ああ、ツェグのとことはまったく別の血筋だよ? あいつのとこはよく知らん。本人が話してくれない……ってか、興味がなさそうだし」

「ならなぜ、おぬしと一緒に悪さをしておるのだ」


 ゼンドラングがあきれたふうに腕を組む。そうしながら、魔力をゆっくりと動かしていたが、ミレティアレーデは手出ししなかった。射干玉(ぬばたま)の髪を払って、小首をかしげる。


「んー。内緒。前に聞いたことはあるけど……あいつの性質を思えば、変わった答えってわけでもないしね」


 投げやりな答えはしかし、どこか楽しげでもある。


 構えを解かないフラムリーヴェが、ミレティアレーデをにらみつけた。


「それで……その話を我々にして、どうしようと言うのです?」

「別にどうとも。時間稼ぎだって言っただろ」


 ミレティアレーデは、素っ気なく答えた後、にやりと笑った。


「ただまあ、あたいの先祖から、その周辺まで探れば、おもしろいことがわかるかもね。ここから出られたら、好きに調べればいい。全部を知った上で、おまえたちがどうするのかには興味があるしね。クロードシャリスみたいにこっちに流れるのか、それとも……」


 不自然に切れた言葉の終わり。ミレティアレーデは右手で空中をまっすぐに切り裂いた。そこに小さな裂け目が生まれ、闇がこぼれ出る。さながら、水に溶いた墨汁だ。生き物のように蠢いて、ひとかたまりになる。


 ロレンス含む精霊指揮士(コンダクター)たちが杖を構えた。しかし闇は、彼らの方ではなく、通路の方へ飛ぶ。


「なっ――」と誰かが叫んだ。リリアレフィルネが光弾を、ノクスが雷撃をすかさず放つが、どちらもミレティアレーデによって軌道を逸らされる。


「ヒワ、エルメルアリア!」


 ロレンスは駆け出そうとしたが、それより早く、赤と黒が彼の横を通り過ぎた。ほむら色の後ろ姿が、あっという間に通路の暗がりへ消えてゆく。


 ロレンスはしばし絶句した。蒼い光の揺らぎを見て、我に返る。契約相手の名を呼びながら、今度こそ地面を蹴った。

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― 新着の感想 ―
今回もロレンスさんの霊薬が活躍する場面があって嬉しいです! 得意分野を活かすってそれだけで胸熱ですよね(*'ω'*) ミレイさんの目的はだいぶはっきりしたけど、ツェグさんのほうは未詳のまま……。 今…
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