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春風のサーガ  作者: 蒼井七海
第十章 奪還と決別のオペレーション
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175 天の鍵、地の門

 背後の通路から現れた人々を見て、ルートヴィヒが静かに下がった。そこへ、ノクスが踏み込む。


「『レヴレム』!」


 会話も間隙も、ない。雷撃が走った。


 対して、クロードシャリスは身じろぎもしなかった。しかし、雷撃が迫ったその瞬間、彼の前に結界が現れる。衝突したいかずちが、青い枝を広げた。


 ノクスは寸暇を置かず、杖の先を跳ね上げる。


「『フラーネ』!」


 今度は真っ赤な炎が飛び出した。雷とぶつかると、一気に燃え広がって、精霊人(スピリヤ)を包み込む。その炎は、すぐに霧散した。水の膜が、クロードシャリスを包み込んでいる。


 ノクスは躊躇なく、彼との距離を詰めた。


「『グラッカ』!」


 クロードシャリスが目をみはる。尖った石を、顔を背けて避ける。瞬間、ノクスの拳が彼の腹に食い込んだ。


 精霊人に殴打を食らわせた青年は、どこまでも冷めていた。


「味わえよ。クソ真面目な事務官のぶんだ」


 ただ吐き捨てて、踊るように後退する。相手に杖を突きつけたまま、後ろを見やった。


「俺の目的は果たした。てめえのぶんはてめえでぶちこめよ、ゼン」

「相分かった!」


 陽気な返答と、轟音が重なる。再び魔物が吹き飛ばされてきた。


 ――ヒワはその光景を、唖然として見ていた。しかし、二体目の魔物が地面に叩きつけられた音で、目覚める。自分がすべきことを思い出して、再び駆け出した。


 リリアレフィルネの言葉通り、不思議な壁はきれいに消えていた。奥には、小部屋があるようだ。そこへ踏み込もうとしたとき、再び冷たい魔力が首筋をなでた。


「――『あからしま風、押し返せ』!」


 振り向きざまに詠唱する。無数の氷の刃が、ばらばらと落ちていった。氷を操る精霊人は、それでもヒワをにらみつけている。さすがに先ほどの一撃が効いたのか、顔をしかめてはいるが、精霊たちを呼び寄せる手つきは鈍っていなかった。


 氷の刃が浮き上がり、溶けて、水となる。


「――『バム・バム』!」


 ほぼ同時、その水が中心から破裂した。あんぐりと口を開けたヒワのもとに、少年がよろめきながら駆けてくる。すぐそばには、紺藍の髪の女性もいた。


「……ヒワ、無事……?」

「あ、ロレンス。ありがとう」


 どう見てもきみの方が無事じゃない、という言葉をのみこんで、ヒワはお礼を述べる。そして、クロードシャリスと対峙する人々を見渡した。


「『第二陣』と合流したんだね」

「うん……ヒワが飛んでった後、魔物を倒しながら進んでたんだけど、その途中でね……」


 呼吸を整えたロレンスは、ようやっと真剣な顔をつくって、ヒワを見た。


「だから、戦力的には十分なはずだ。こっちのことは気にせず、ヒワは、行って」

「……うん」


 ヒワがうなずいたその時、ヘルミが控えめに挙手した。


「あー、お二人とも。いい空気になってるとこ悪いんだけど、ちょっと待って」

「ヘルミさん?」

「リリ。杖、預かっててくれる?」


 首をかしげる少年少女をよそに、ヘルミは空中に向かって手を振る。リリアレフィルネが杖をつかむと、一瞬にして見えなくなった。入れ替わりで、弓と矢筒が現れる。


「ありがと」


 ヘルミは、弓をわずかに上向けて構え、矢をつがえた。それを向けた先は――ヒワの前方に広がる、小部屋である。


 細く、鋭い吐息。ぱっ、と弦から指が離れる。解き放たれた矢はまっすぐに飛んで、小部屋の天井に突き刺さった。すると、一瞬天井が光って、大量の光る棘のようなものが降り注ぐ。指揮術の産物だとわかるそれは、数秒後に消えた。


「な、なにあれ……」

「誰かが最近仕掛けた罠だね。でも、もう大丈夫」


 満足げに弓を下ろしたヘルミは、そっとヒワの背中を押した。


「さ。今度こそ、行っといで」


 ヒワは、うなずく。彼女なりの全力で、走り出した。


 がらんどうの小部屋を抜けると、さらに通路が伸びていた。荒ぶる魔力と水音、戦いの音色から意識を逸らし、がむしゃらに駆け抜ける。


 果たして、広い部屋に出た。


「ここは……」


 その部屋もまた、殺風景であった。だが、からっぽではない。部屋の奥に、石を削りだした壇のようなものがある。それはなぜか、赤い半球にすっぽりと覆われていた。


 ヒワはほとんど無意識で、壇へ歩み寄っていた。ある程度近づいて初めて、何かが乗っていることに気づく。


 目を凝らして――息をのんだ。


 それは、小さな人だった。華奢な手足も、流れ落ちるプラチナブロンドも、ヒワにとっては見覚えしかない。


「エ、ラ」


 愛称を呼んだ瞬間、痺れが全身を駆けあがった。思考も疑問も、すべて吹き飛ぶ。衝動のままに前へ出た。


「エラ、聞こえる? わたしっ……ヒワだよ! 来たよ、エラ!」


 しかし、壇上の精霊人は仰臥したまま動かない。傷だらけの四肢を見て、ヒワはつい手を伸ばした。指が赤い膜に触れると、火花が散る。いでっ、と手を引っ込めた。


「もうっ。なんなんだよ、これ……!」


 親の仇でも見るように、赤い半球をにらみつける。これをどうにかしなければ、エルメルアリアを保護することすら叶わない。ヒワは少し考えた末に、五歩ほど下がって、杖を構えた。


「『石の剣よ、貫け』」


 エラには当てないで、と念じながら詠唱する。結果、いつもより太い石が赤い半球にぶつかったが、ただ跳ね返されて終わった。ヒワは思わずうなだれる。


「わたしの術じゃ、だめか……。どうしたら……」


 そのとき、川のせせらぎを聞いた。


 頭の中で警鐘が鳴り響く。ヒワは弾かれたように振り向いた。水が流れている。平らな通路を、それこそ川のように。


「っ――『光華の砦、ここに建て』!」


 波が立つ。結界が現れる。水は阻まれたものの、勢いは衰えない。それが途切れるよりも先に、結界の方にひびが入った。


 げっ、と漏らしたヒワの眼前で、閃光が弾ける。


「『ミーレル・シルーリャ』!」

「『カレーラ』!」


 水が炭酸のような音を立て、勢いを弱める。


 ヒワは、遠くでノクスとカトリーヌが杖を構えている姿を見た。


 安堵したのもつかの間。再び、遠くから水が押し寄せてくる。――魔物たちがその中を泳いでいるように見えるのは、気のせいだろうか。


 魔物は都度『先輩』たちが仕留めてくれた。それでもヒワは弱気になっているのを自覚する。相手は全力で妨害してきている。こちらは、相棒を救う手立てすら思いつかない。


 戦いの音が響く中、空転を続けていたヒワの思考を、凄まじい音が叩き割る。それは爆音、炎の音だった。


「ロレンス、今です!」

「わ、わかった!」


 先ほどの小部屋の方から、ふたりのやり取りが聞こえてきた。魔物たちの声が大きくなる。それを押しのけるように、詠唱が響いた。


「『イリュ・ドゥーテ・クランダル・ウカータ』――」


 ヒワは、息をのんだ。目を開かされたようだった。


「『クランダーテ・イリューオ・デア・ロレンス・グラネスタ

 アリイネラ・イリュ―ア・デア・フラムリーヴェ』!」


 少し硬い詠唱が終わると、闇の中で赤い光が数度瞬く。轟音とともに、洞窟が揺れた。獣の声と金属音を混ぜたような叫び声が、あたりを満たす。


「制限解除――」


 呟きに、轟音が重なる。ヒワははっとしてそちらを見た。


 あたりが氷に埋め尽くされている。その向こうには、冷たい目をした精霊人が浮いていた。――仲間たちの姿は、見えない。


「ノクスさん、カティ!?」


 赤い半球をかばうように立ちつつも、ヒワはつい叫ぶ。直後、左の方からパリッと小さな音がした。氷を押しのけるようにして、結界が張られている。その向こうでカトリーヌが手を振っていた。


「こっちは大丈夫よ!」

「ぼさっとすんな、来るぞ!」


 カトリーヌに寄りかかられる格好となっているノクスが、杖を振り上げる。結界を貫いて、雷撃が飛んだ。クロードシャリスはいつかのように人間の青年をにらみつつ、それをかわす。手遊びのように水を生み出して、結界とヒワ、それぞれの方に放った。


「うわっ――『精霊の息吹よ、爆ぜろ』!」


 凶悪な驟雨(しゅうう)をすんでのところで避けながら、半球に降りかかる水を指揮術で打ち消す。

 ヒワは真っ青になりながらも、それを繰り返した。最初は上手く避けられたが、いつまで続くかわからない。ノクスやカトリーヌもおそらく、自分の身を守るので精一杯だ。


「どうすれば――」


 ずどん、と地面を穿った氷柱を避ける。からからに乾いた喉からは、声とも呼べぬ音が漏れた。


 クロードシャリスの周囲で、さらに魔力が凍りつく。ヒワが細く息をのんだとき、岩の弾丸が氷を砕いた。


 大きな影が飛び込んできて、拳を振るう。気合の声と、轟音とが重なった。一撃を回避した精霊人の横顔に、焦りの色がにじむ。対して、拳の持ち主は白い歯をこぼした。


「よい身のこなしだ! おかげで一発入れ損ねた」

「……ゼン」

「わしだけではないぞ?」


 ゼンドラングが、にやりと笑う。その背後から、紅蓮の炎が噴き出した。紅い波型の刃が、クロードシャリスを狙う。数歩後退したクロードシャリスが、白銀色の剣を生み出して、応戦した。


 甲高い金属音がこだまする。ヒワとクロードシャリスの間に躍り出る形となった戦乙女が、振り返った。


「ヒワ様、ここはお任せを!」


 絶句していたヒワは、そこで我に返る。赤い半球の方を見た瞬間、また耳に馴染んだ声を聞いた。


「『フィエルタ・アーハ』」


 結界が彼女を覆う。ヒワが見たその先で、肩で息をしている少年が、悪戯っぽくほほ笑んだ。


 笑い返して、ヒワは両手で杖を握る。


「『この手が触れるはあまの鍵。この手が開くはつちの門』――」


 その場の全員が、ひととき訝しげに眉を上げる。その隙に、ヒワは詠唱を繋げた。


「『これより、ことわりに触れ、理を書き換える。天地万物の精霊よ、玉響たまゆらいろうことを許したまえ』」


 クロードシャリスが意図を察したのだろうか。魔力が、さらに激しく渦巻いた。青い光と赤い光と、虹色の火花。もはや、ヒワには何が起きているのかなどわからない。わからないまま、口を動かす。


「『契約者、春原スノハラヒワの名において、〈天地の繋ぎ手〉エルメルアリアにかけられた世界の枷を今外す』!」


 最後の一節を、力いっぱい詠う。


 壇上が、輝いた。まっ白な光に引きつけられて、ヒワは思わず振り返る。


「――エラ」


 精霊人の体が、光をまとって浮いていた。しかし、よく見ると両目は閉じられていて、手足も垂れ下がったままだ。魔力が、精霊が、そんな彼のもとに集まっている。体の傷が、あっという間に修復する。それが終わってもなお、魔力はふくれ続け、ついに内側から赤い半球を揺らした。


 甲高い音がこだまする。半球に穴があき、そこから溶けてゆく。半球がなくなると同時、エルメルアリアの輝きも消える。体が傾いたのを見て、ヒワは弾かれたように駆けだした。


 けつまずいても構わない。無我夢中で手を伸ばす。ようやっと、小さな精霊人を抱きとめた。


 その瞬間、首筋に悪寒が走る。「しまった」と、誰かの切羽詰まった声が響いた。そこに重なる水音を聞いて、背後で起きている事態を想像したヒワは、エルメルアリアを抱いたまま、伏せる。


 そのとき、ヒワのまわりで風が吹いた。


 ただの風ではない。エメラルド色の輝きと、覚えのある魔力をまとっていた。


 ヒワは、ちらと振り返る。指揮術の水がぱしゃんと散ったのを見届けてから、恐る恐る、目を戻した。腕の中で、エルメルアリアが右手を挙げていた。直後、その手がくたりと力を失う。


 ヒワはまた、彼の名を呼んだ。今度は――今度こそ、声が返った。


「待ちくたびれたぜ」


 笑い含みの、か細い声が、少女の鼓膜を震わせる。


 ヒワは、こみあげるものをのみこんで、笑顔をつくった。


「ごめん。色々……色々あって」


 背中が勝手に丸くなる。恐縮する契約者をよそに、精霊人は小さく笑った。彼女に身を預け、彼女を見上げる。


「いいよ」


 暗闇の中で赤く変じた瞳が、一番星のように輝いた。


「オレがオレであるうちに、来てくれた、から」


 ヒワは、エルメルアリアの言葉の意味を完全に理解したわけではなかった。それでも確かに受け取って、にっと笑う。


「そりゃあね。わたしはエラの契約者ですから」

「――だな」


 おどけるように言い合って、お互いの拳をこつんと合わせた。

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― 新着の感想 ―
作品のなかではエラさんが別格に強い存在で、そんなエラさんが囚われの身になってしまって仲間全員で力を合わせて取り戻しに行くという……なんという胸熱展開!! 皆がそれぞれ特技をいかしながら力を合わせてる感…
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