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春風のサーガ  作者: 蒼井七海
第十章 奪還と決別のオペレーション
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173 奪還と決別の大作戦(1)

 変わった結界が破れてすぐ、一行は森に踏み込んだ。先陣を切るのがノクス、ゼンドラング、ヘルミ、リリアレフィルネ。ヒワ、ロレンス、フラムリーヴェ、カトリーヌがかなり遅れて続く。


 最初のうちは、何の変哲もない森だった。ヒワたちの目には珍しい植物などが見えたが、その程度だ。だが、しばらく走っていると、前方が騒がしくなった。ヒワが息をのむと同時、鼻先で泡のような音が立つ。青いイルカをかたどった伝霊(でんれい)が現れた。ロレンスがすぐさま自分の伝霊を放つ。


『――出たよ、魔物だ。内界のと地下魔界のと、六対四ってところかな』


 伝霊から流れ出たヘルミの声は、いつも以上にこもって聞こえる。


 フラムリーヴェが尋ねた。


「数は?」

『ここから確認できる限りだと、二十程度。だけど、実際はそれ以上潜んでる――ね!』


 声に重なるようにして、弦音(つるね)が響いた。雑音と魔物の悲鳴が入ってくる。ヒワは、杖を握りしめた。


「ヘルミさん!」

『問題ない』


 ヘルミは、ぴしゃりと返した。


『ほか三人も交戦開始。そっちにも行くだろうから、気を引き締めて』

「了解。ヘルミ様も、お気をつけて」


 フラムリーヴェが、大剣を取り出しながら答える。直後、青いイルカが消えて、白い鳥が戻ってきた。その鳥――伝霊を、持ち主が鞄に戻す。


 ほぼ同時、フラムリーヴェが動き出した。


 無造作に大剣を振るう。飛び散った火が、木々の隙間に吸い込まれた。次の瞬間、獣の声と金属音を混ぜたような音がこだまする。枝葉をかき分け、時に吹き飛ばしながら、異形の獣が這い出てきた。


「『ミーレル・シルーリャ』!」

「『風の針よ、貫け』!」


 カトリーヌとヒワの詠唱が重なる。


 閃光が魔物たちの目をくらませ、鋭い風が急所を直撃する。どうっと倒れた巨躯の向こうから、黒々とした虫の群れが現れた。


 ロレンスが、あからさまに顔をしかめる。


「げっ……気持ち悪……」

「さっさと焼いて、進みましょう」


 戦乙女が踏み込む。剣を一閃。炎をまとった斬撃が、虫たちを派手に焼いた。しかし、完全に制圧できたのは群れの中心部だけだ。炎を逃れた虫たちは、凄まじい速度で人間たちのもとへ向かう。


 だが、それも織り込み済みだ。ロレンスが渋面で杖を回した。


「『レーネン・レーネン・ニュール』――『コード』!」


 下草や木に垂れ下がった蔓が伸びて、虫たちを捕らえる。そこへ、フラムリーヴェが炎の弾丸を撃ち込んだ。


 何かが絶叫する。焼き焦がされた虫の向こうから、桃色の光線が飛んできた。魔物の増援だ。これには、カトリーヌがすぐさま反応した。


「『フィエルタ・アーハ』!――ヒワ!」

「『氷晶(ひょうしょう)の矢、息吹の叢雨(むらさめ)』――『ここに降れ』!」


 ヒワは呼びかけにうなずき、勢いよく杖を振り下ろす。結界の向こうに降った透明な矢が、虫たちを滅多打ちにした。


 フラムリーヴェが素早く大剣をしまう。三度、手を叩いた。


「〈銀星の塔〉の名の(もと)に、権限を行使する。門よ開け、魔の者どもを彼方あなたへ還したまえ」


 夜の焚火のごときささやきに応えて、光が降る。その光が集まって形作られた門は、森に倒れた魔物たちを問答無用で吸い込んだ。


 門は静かに役目を終え、音もなく消えていく。その後に残ったのは、変わらぬ森の風景と、少し乱れた魔力のみ。


 ヒワたちは、無意識のうちに襟を正す。平然としているフラムリーヴェに「行きましょう」と呼びかけられると、無言でうなずいて駆け出した。


 その後も、魔物と交戦しながら森を進む。十五分ばかりが経過したところで、ヒワはふと足を止めた。


 何かが、変だ。


 フラムリーヴェが木々をにらむ。


「これは――どういうことでしょう」

「何かあった、フラムリーヴェ?」


 ロレンスが首をかしげる。フラムリーヴェは、神妙な表情のまま人間たちを見下ろした。


「精霊たちが、やけに騒がしいのです。というよりこれは、少々錯乱しているような――」


 ロレンスとカトリーヌが、驚いたように目をしばたたく。ほどなくして、息をのんだ。


「……確かに。魔力の動きも、おかしいな」

精霊人(スピリヤ)の制限を解いた直後みたいな……いえ、それ以上のうねりがあるわね。大掛かりな術でも使われたのかしら?」


 カトリーヌの言葉によって、一行に緊張が走った。


 そのとき、再び泡のような音が響く。ロレンスとヘルミが、伝霊をやり取りした。


『例の洞窟、見つけたよ』

「昔の内乱で使われてたっていう?」

『うん。――内部に、ばかでかい魔力が渦巻いている。多分、あたりだ』


 張りつめた女性の声に、ヒワたちは息をのむ。


『あとは、中の様子がわかればいいんだけどね。せめて、天井の高さだけでも』

『それはあいつら待ちだろ?』


 伝霊の向こうから、ノクスの声がする。少し息が上がっていた。続けて、巨大な鉄板を落としたような音が聞こえてくる。


 ヒワとロレンスが、こわばった顔を見合わせたとき。彼らの真ん中に、今度は本物の泡が立った。ヒワは濁った悲鳴を上げて飛びのく。見慣れつつある光景ではあるが、突然起きれば驚くものだ。


 騒がしい胸を押さえるヒワをよそに、手のひらサイズの人魚が優雅に現れる。青い鱗をきらめかせて踊った彼女は、人々にほほ笑みかけた。


「お待たせしてごめんなさいね、みなさん。おおよその探知は済んだわよ」

「マールさん!」


 カトリーヌが歓声を上げる。伝霊の向こうからも『早かったね』と感心の声が漏れた。マーリナ・ルテリアはころころと笑う。


「洞窟内外を繋ぐ水路を辿って、少しだけ侵入したの。入口は狭いけれど、中は広いわ。ゼンさんでも、()()()入れるでしょう」

『ありがたいね。――で、ルートヴィヒさんは?』

「準備完了。『感知できるのは魔物のみ。だが、急げ』だそうよ」


 マーリナ・ルテリアがそう言うと、場の全員の視線がヒワに集まった。ヒワは、杖を握りしめてうなずく。それを見て、ロレンスがイルカの伝霊に呼びかけた。


「こちらも、動きます」

『わかった。気を付けてね』


 ヘルミの一言を最後に、青いイルカは音を立てて消える。ロレンスが自身の伝霊を回収すると、マーリナ・ルテリアが先頭に躍り出た。


「あなたたちは、こちらがいいわ。ついてきて」


 青い人魚は、木々の狭間に飛び込む。その下で繰り広げられているのは、草と木の根の舞踏会。主要な道から外れた、まさに道なき道である。ヒワとロレンス、カトリーヌはひととき顔を見合わせたが、意を決して踏み出した。


 マーリナ・ルテリアに導かれ、枝葉をかき分けて進む。冬でよかったと、ヒワは心から思った。


 ――ユース共和国の内乱で、ある勢力の拠点として使われていた(くだん)の洞窟には、隠された出入り口がいくつもあるという。マーリナ・ルテリアが水を辿って見つけたのは、西北の出入り口。何本目かの低木の枝をのけた先で、ヒワたちはそれを見る。岩壁に、人一人が通れそうな裂け目があった。


「石と枝でふさがれていたのだけれど、一旦どけさせてもらったわ」


 マーリナ・ルテリアが、こともなげに言った。岩壁に触れて、人々を手招く。


「大きな部屋に行くのなら、こちらが一番近いと思うの」

「その『大きな部屋』に、エルメルアリアがいると?」


 フラムリーヴェが身を乗り出す。青い人魚は、いつも通りにほほ笑んだ。


「可能性は高いでしょう? ええと……『相場が決まっている』と言うのだったかしら」


「仰りたいことはわかりますが……」と、フラムリーヴェが眉を寄せる。戦乙女のためらいを感じ取ったヒワは、あえて一歩踏み出した。


「あの、行ってみます」


 フラムリーヴェが、もの言いたげにヒワを見る。しかし、ロレンスがその腕を軽く叩くと、あきらめたように瞑目した。一方、カトリーヌは楽しげに笑って、ヒワに何かを差し出しす。


「念のため、これ、持っていって」

「これは……」


 ちゃらりと澄んだ音を立てたそれは、銀のひし形の中心に桜色の石が嵌められた装飾品だった。先端にかんがついていて、鍵や鞄に取り付けられるようになっている。


「安全のためのお守り。ほら、岩壁に激突するかもしれないし」

「……怖いこと言わないでよ……」


 ヒワは、顔を引きつらせつつもお守りを受け取る。手をさまよわせた挙句、財布にそれを入れた。薄い魔力が体を包むのを感じる。


 財布をポケットの奥深くにねじこむと、ヒワは仲間たちの顔をうかがった。


「それじゃ……いい?」

「うん」

「いつでもどうぞ! 安全第一で、ね!」

「くれぐれも、お気をつけて」


 ヒワは、彼らに笑いかけて、うなずいた。


 めいっぱい息を吸って、腹から声を出す。


「『クランダーテ・ノバートル・アリイネラ

 ワーディ・ワース』!」


 ――詠唱した直後、ヒワの足もとから、すべてが消えた。

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― 新着の感想 ―
待ってて!!!!エラさんんんん!!!!! 今行きます!(ヒワさんが) ヒワさん達、対精霊人を想定してしっかり特訓してきているので魔物相手の戦いなら余裕をもって対応できてる気がします(*'ω'*) 奪…
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