↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春風のサーガ  作者: 蒼井七海
第十章 奪還と決別のオペレーション
190/229

169 星を隠す(2)

 以来、しばしの間、〈銀星の塔〉から振られる仕事を断ることが増えた。別に、好きで断っているわけではない。体が思うように動かないのだ。心が、世界におびえるのだ。


 狂った自分を、同胞に見せるわけにはいかない。ひょっとしたら、何か悪影響を与えるかもしれない。そんなふうに考えて、人目を避けるようになった。


 大樹の家にとどまっていれば、来客がある。なので、里の外周を人目を忍んでうろつくようになった。


 そのさなか、里の外れの工房へ迷い込んでしまい、寡黙な職人の手を焼かせることとなる。その時間はエルメルアリアにとって、少なからず癒しとなったが、押し潰された心を立て直すほどではなかった。


 ある日、エルメルアリアは、里の住宅群の間に身をひそめていた。つまるところ、奇妙にうねる木々の隙間だ。さまよって疲れたので、少し休むことにしたのである。


 枝葉の陰から、ぼんやりと里の様子をながめていた。薬草の山を抱えた娘が医院の方へ走っていき、大柄な男たちが木々の上で、(はさみ)片手にやかましく話し合う。エルメルアリアの姿が見えなくとも、皆、大して気にしていない。そのことに、ほっとした。


「おいっ! ましな奴を寄越せと言っとるだろうが!」


 大音声(だいおんじょう)が響いた。


 木陰で膝を抱えるエルメルアリアの耳すら、痛くなるほどだ。エルメルアリアはうっそりと顔を上げ、声の方を見た。


 里の中心付近。金髪の男が、顔を赤くして騒いでいた。矢筒を背負っているところを見るに、狩人だろう。


 狩人は、食糧調達要員であると同時に、土地の調整役でもある。肉食獣や魔物が、ちょうどよい数を保てるようにする役目も負っているのだ。ゆえに、どこの里でもそれなりに尊敬される。


「最近、処理班の仕事が雑すぎるぞ! 〈枝垂(しだ)れの森〉は繊細なんだよ! 泣き虫の役立たず共はいらん、ましなのを寄越せ!」


 だが、がなり散らす狩人は、尊敬されているようには見えない。里の人々は距離を取り、おびえたように彼を見る。あるいは、眉をひそめて、頭を抱えている。かたわらの狩人たちは、彼の両腕にしがみつくようにしてなだめていたが、金髪の狩人の怒りは収まらない。


 ――彼は、〈翠緑の里〉の有名人だ。言ってしまえば『里一番の嫌われ者』である。仕事柄、エルメルアリアとの関わりはほぼないが、それでも顔と声を覚えるほどだ。


 やがて、シェマデールが、しょうがないなあという風情でやってくる。


 エルメルアリアはその様子を、まんじりとながめていた。最初はなんとも思っていなかった。だがそのうち、奇妙なひらめきがあった。



 ――彼のようになれば。皆が、距離を取ってくれるだろうか。



 ――皆の方から離れてくれれば、狂った自分を見せてしまう心配も、なくなるのではないか。


 ――そうなれば、皆も、自分も、傷つかない。


 当時、この瞬間でさえ、常識はずれだと思った。後から思えば、なおのことだ。だが、すり減ったエルメルアリアには、とんでもない名案に見えていた。……見えて、しまったのである。


 それ以降、エルメルアリアは(くだん)の狩人をつぶさに観察した。彼らだけではない。多くの者から疎まれている人々のことを調査した。その振る舞いを自分に取り込んでしまおうと考えたのである。


 まずは模倣から。だがそこで、エルメルアリアは壁にぶつかった。単純に、彼らの言動の模倣が難しすぎたのである。


 観察と分析を繰り返すうち、原因はすぐにわかった。


 困った人々の困った言動の背景には、たいてい理由がある。


 怒り、自分への苛立ち、寂しさ、恐怖――何であれ、悲しくて強烈なものが、彼らを駆り立てる。切実なまでの思いが、彼ら自身でも制御できないほどの言動へと繋がる。


 エルメルアリアには、そういうものが、ない。


 違和感こそあれど、天外界や精霊人たちへの怒りは抱いていない。わからないことだらけだが、それでいら立つという感覚もわからない。精霊や親友がいるので、寂しくもない。


 狂った自分を見せたくない、というある種の恐怖は抱えているが――それはむしろ、彼から活力を奪っている。


 そして何より、誰かをわざと傷つけてまで、自分の気持ちを満たす方へ行けない。困った人々の言動をなぞっても、どこかで制止がかかってしまう。


 模倣も、感情も、何もかも中途半端で。それでも、この『狂い』を知られたくない一心で、あがいた。


 そうしてできあがったのが、よく自分の能力を誇示するわんぱく小僧である。


 エルメルアリアの急激な変化を怖がって、距離を取る者は確かに現れた。今まで不気味なほどにかしずいていた〈塔〉の高官たちは、『わんぱく小僧』の態度に眉をひそめるようになっていった。


 だが、エルメルアリアの思ったほどには、人は変わらない。〈銀星の塔〉から来る仕事の量も、増えこそすれど、減りはしなかった。


 一方で、思いがけない変化もあった。


 外の仕事をする面々と〈銀星の塔〉を繋ぐ事務官が、交代したのだ。〈藤黄(とうおう)の里〉より抜擢された若い精霊人が、その職務を引き受けた。


 エルメルアリアはあえて、態度を変えずに接した。その頃には今の振る舞いが逆に馴染んできていて、戻す方が難しかったというのもある。


 彼は最初、驚きつつも丁寧に接してくれていた。誠実な善い人なのだろう。エルメルアリアは陰で顔をほころばせた。――だからこそ、近づきすぎてはいけない、とも思う。


 仕事の内容を伝えてくれる事務官とは、そのたびにやり取りする。若い彼とも、自然と会話を重ねることとなった。そのうち彼は、エルメルアリアを見るたび、眉をひそめるようになった。


 そして、あるとき――


「いい加減にしろ、貴様! 高官相手に敬語も使えんのか!!」


 ――すごい剣幕で、怒鳴られた。


 このときばかりは、さすがのエルメルアリアも、一瞬昔に戻った。ぽかんとして、あれこれとまくし立てる事務官の青年を見た。


 誠実な善い人だ。だからこそ、たまりにたまったものが爆発したのだろう。


 さすがに申し訳なくなると同時、ささやかな達成感も抱いた。


 彼が怒るということは、エルメルアリアはそれなりに、嫌な奴になれているということだ。


 ひらめきは、形になった。


 だが、同時に、間違えたのだ。



     ※



 起きていたのか、眠っていたのか、よくわからない。


 鈍い頭痛に引きずられ、エルメルアリアは目を開けた。


 夢を見ていた気がする。あまりよくない夢だった。


「でも、ちょっとだけ、ステアが、いた」


 この状況で思い出すのがステアルティードのことだというのが、なんだかおかしくて。エルメルアリアは、久しぶりに笑った。


「怪我、大丈夫かな」


 最後に見た姿を思い出して、呟く。意味もなく、腕と手の鎖を鳴らした。


「……やっぱり、オレのせいだよ」


 彼の振る舞いの変化が、クロードシャリスの心にひびを入れたのなら。自分が親友を堕としたも同然だ。


 そう言ったら、またあの青年は説教してくるだろう。思いながらも、一度生まれた考えを手放すことができなかった。


 これから、どうなるのだろう。


 今の状況が行いの結果だとすれば、エルメルアリア自身はどうなっても仕方がない。だが、これは彼一人の問題ではないのだ。


 このままいけば、エルメルアリアの力が、世界を壊すことになる。クロードシャリスが――地下魔界の精霊人(スピリヤ)たちが、彼をあの場で殺さなかったのは、そのためだ。


「いやだ、なあ」


 思えども、一人でできることは少ない。敵を止める方法はあるが、それは本来方法とすら呼べぬ、最後の保険だ。


 重い瞼をこじ開ける。闇をながめて、呟く。


「……ヒワ……ちゃんと、家に帰れたかな」


 家族との約束は守れただろうか。


 別れる前に口走ってしまった言葉は、届いたのだろうか。


 エルメルアリアは、祈るように目を閉じる。暗闇の中、何度目かの『無言の対話』を開始した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
自分という概念をはっきり認識できるようになったエラさんが自分をキャラ付けしたのが『わんぱく小僧』だったということですね(*'ω'*) フラムさんとの出会いのエピソードを思い出しました。 間章Ⅱだったと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。