167 祈りの一歩
「人や魔力を探すんじゃなくて、怪しいものを探すようにしたら、案外すんなり引っかかったよ」
ローザ邸の食堂で、リリアレフィルネはそう言った。彼女の契約者は、気まずそうに頬をかく。
「リリの『すんなり』を信じちゃだめだからね。結構大変だったからね」
「案の定、しっかりと魔力感知対策がされていたわね」
カトリーヌが、優雅に主菜を堪能しながら笑う。乾いた笑いが伝播した。リリアレフィルネは、何も知らないふうな顔で続ける。
「その場所には、エルメルアリアの魔力に加えて、怪しい魔力もあるっぽかった。ミレティアレーデのそれに似てたかな」
食堂は一気に張りつめた。わずかな沈黙の後、ロレンスが頭を抱える。
「『捕まった説』が現実味を帯びてきた……」
ヒワは息をのむ。うなずこうとしたが、体が上手く動かなかった。やたら目につくグラスの輝きをにらみながら、誰にともなく尋ねる。
「それで……エラの居場所は……?」
「ユース共和国東部。人のあまり寄り付かない、森みたいな場所」
リリアレフィルネが、あっけらかんと告げる。少し前まで滞在していた国の名が出たからか、ノクスが目をみはった。
「はあ!? 俺らは何も感じなかったぞ」
「まあ、君らがこっちに来た後に連れ込まれた可能性が高いからね。しかたない」
ヘルミが、しかつめらしく腕を組む。それでも悔しそうにする青年をなだめながら、ゼンドラングが首をひねった。
「まいったな。かの国はこういうとき、厄介だぞ。わしらですら、出入国にそこそこ時間を食った。事情が事情であるから、邪険にはされなかったが……」
カトリーヌが形のよい眉を寄せる。
「ひとまず、精霊指揮士協会のアルクス支部にはこの件を伝えておいたわ。国に相談するそうだから、なんとかなると思うけど……」
早くユース共和国に入れるかは、議会と王の交渉力にかかっている、というわけだ。自分ではどうしようもない物事の流れに、ヒワは歯噛みする。あふれそうになる諸々の思いを、スープで流した。角切りにされた根菜とイモのころころした食感が、ささくれた心をつかの間なだめる。
「マッテオ様と国王陛下なら、できる限りのことはしてくださるはずです。連絡が来るまでの間は、突入準備に全力を尽くすべきかと」
フラムリーヴェの言葉に、何人かがうなずいた。
重要なのは、現地でどう動くか、だ。ただ、魔力感知では詳しい地形まではわからない。地図や書物を駆使してようやく、森のような場所であることや、かつての内乱で一軍の拠点として用いられた洞窟があることが判明した程度だ。
「この洞窟はだいぶ怪しいけど、どうなんだろうね」
「近くまで行ってみないことにはわからんなあ」
ゼンドラングが、肉のかたまりを口に放り込みながら呟く。それを咀嚼してから、顎をなでた。
「それと、敵はいると思っておいた方がよいぞ。あやつらのことだ、『番犬』も多数用意しておるだろうよ」
「あー……クロさん、天外界で魔物を手なずけてるっぽかったもんなあ」
ロレンスが顔をしかめる。
「あまり広くない、精霊人と魔物がいる……となると、一度に大勢で突っ込むわけにはいかないね」
「第一陣、第二陣と分けるのはいかがでしょう。戦闘能力や役割ごとに――」
緊張感漂う、作戦会議が始まる。戦闘に関することで、ヒワやロレンスが意見できることは少ない。せめてしっかり聞こうと、ヒワは前のめりになった。
陣形の話題が落ち着いた頃、ヒワは何気なくシルヴィーの方を見る。野菜のマリネを口に運びながら、ふんふんとうなずいている友人を見て、あることを思い出した。戯れのようなものである。
「エラが内界にいるのが確定なら、いっそわたしの方から飛んでいけばいいのでは……?」
「あー。空飛んできたことあったね、あんた」
シルヴィーが、すぐさま話を拾って笑った。一方、他の面々は幽霊でも見るような視線をヒワに向ける。
「え……。『あの術』使ったの、ヒワ?」
「どーせエルメルアリアが使わせたんでしょ。かわいそうに」
ロレンスにまで引かれてしまったので、ヒワは困った。とりあえず肉を切り分けていると、ため息をついたフラムリーヴェが「ヒワ様」と声をかけてきた。
「発想はたいへん興味深いですが、やめておいた方がよろしいかと思います。飛ばされた先で、どこかの精霊人たちと鉢合わせる可能性がありますので」
「……あ、そうですよね」
ヒワは顔を赤くする。『虜囚』のまわりに強敵がいる可能性には、思い至ってしかるべきだった。
生温かい空気が漂う。しかし直後、北風のような一声がそれを切り裂いた。
「……いや、むしろ使えるかもしれない」
全員の視線が、食卓の隅に突き刺さる。少し離れた席で食事をしていたルートヴィヒが、ヒワたちをじっと見ていた。
嘘だろう、といわんばかりの表情で、ロレンスが見つめ返す。
「ルートヴィヒさん?」
「確かに、今の状況でいきなりヒワがエルメルアリアのもとに飛ぶのは危険すぎる。だが、最終的に飛ぶ前提で作戦を考えることは、できないか」
一同は目をみはる。マーリナ・ルテリアだけが楽しそうに笑った。
※
大まかな作戦会議が終わった後、ヒワは一人でジラソーレの町に出た。家とは違う方向へ、吸い寄せられるように歩いてゆく。
立ち寄ったのは、馴染みの商店街だった。まどろむような昼を過ぎ、人通りが増えてきている。分厚い上着を羽織った男性が気だるげに歩いているかと思えば、ヒワと同じ年頃の少女の集団が、甲高い笑い声を上げながら通り過ぎていった。籠に盛られた野菜や果物はやはり冬の色をしていて、遠くから揚げ菓子の香ばしく甘い匂いが流れてくる。
そんな中で、ヒワが目を留めたのは、商店街の中ほどに佇む小さな店だった。手芸用品や小物、お手頃価格の宝飾品などを売っている店だ。小さな格子窓の向こうに、色とりどりの紐が見える。
ヒワは少し考えて、扉の前に立った。把手にかけた指を、すぐ引っ込めそうになる。足がよそを向きかけた瞬間、後ろから快活な声がかかった。
「珍しいとこ入ろうとしてんねー。ヒワ」
「ぎゃあっ!?」
ヒワは、裏返った声を上げて振り返った。視線の先で、赤い髪の友人がおどけて手を振っている。
「シルヴィー!? なんでここに……!」
「ヒワが家に帰る雰囲気じゃないから、ついてってみた」
要は、尾行である。ヒワは思わず肩を落とした。
「普通に声かけてくれればいいのに」
「ごめんごめん。邪魔されたくなさそうだったから」
シルヴィーは、弾むような足取りで、ヒワに歩み寄った。
「で? あんたが手芸用品に興味を持つなんて、どういう風の吹き回し?」
赤茶色の瞳は、爛々と輝いている。こういうときの彼女は、なかなか離してくれない。半端な嘘も見抜かれる。重々承知しているヒワは「実は」とわけを語った。
話を聞いたシルヴィーは、引き下がるどころかさらに盛り上がる。
「なるほどねー。んで、意を決して来てみたものの、一人で入店する勇気が出ないと」
「むぐぅ……その通りですよーだ……」
「それこそ、言ってくれればいくらでも一緒に入るのに。選ぶのだって、手伝うよ?」
「――おもしろそうね! 私もご一緒していいかしら」
体を左右に揺らすシルヴィーの後ろから、蜂蜜色の髪の少女が顔を出す。シルヴィーは大して驚かなかったが、ヒワは驚きすぎて、店の柱に肘をぶつけてしまった。
「カティまで……」
肘をさすりながらうめく。そんな彼女をよそに、カトリーヌは意気揚々と傘を畳んだ。
「せっかくだし、糸も選びましょうよ」
「糸? 要らなくない? 必要になったって、家にあるのを使えば……」
首をかしげたヒワに、カトリーヌが指を振ってみせる。
「このお店、指揮術装飾向けの糸も売ってるのよ。せっかく使うなら、そっちの方がいいと思わない?」
「ははーん? さてはカトリーヌさん、なんか企んでますね?」
シルヴィーが愉快そうに目を細める。カトリーヌは小さく笑って、「『フィオローネ・レーナンダ』」と唱えた。傘から変化した杖を上着の下にしまう。
「企んでるというほどのことではないけどね。選びながら説明するわ。さあさ、行きましょ」
少女二人が、文字通りヒワの背中を押す。ヒワは苦笑して、そっと扉を開けた。




