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春風のサーガ  作者: 蒼井七海
第十章 奪還と決別のオペレーション
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165 事務官の告白と推測

 ヒワとヘルミは、ローザ邸へ急行した。シルヴィーに出迎えられ、中へ通される。そこへ、他の人々も続々と集まってきた。


 大所帯で向かった奥の部屋には、ルートヴィヒとリリアレフィルネがいた。ヒワたちを見ると、片や顎を小さく動かし、片やひらひらと手を振る。


「こちらへどうぞー」


 リリアレフィルネが契約者の肩にへばりつき、そこからベッドの方を指さした。


 ベッドを使っているのは、むろん、ステアルティードだ。背中に枕や布を詰めてなんとか上体を起こしている彼は、うかがうように来客を見ている。血色は悪いが、瞳には理知的な光が宿っていた。


 最後に部屋へ入ったゼンドラングが、身を乗り出す。


「おう、ステア。起きて平気なのか」

「この状況で、いつまでも寝ているわけにはまいりませんので」


 ステアルティードはしかつめらしくうなずく。そのかたわらで、シルヴィーが腰に手を当てた。


「ほんとは、全然平気じゃありませんけどね。どうしても、みなさんから状況を聞きたいそうなので」

「うっ」


 刺々しい少女の言葉に、精霊人(スピリヤ)の青年が打ちのめされる。ヒワたち一同は、呆れや憂いの貼りついた顔を見合わせた。


「申し訳ありません……。場を整えていただき、ありがとうございます……」

「それはいいんですよー。でも」

「無理はするな。契約者もいない精霊人に、再度倒れられたら面倒だ」


 怒った顔をつくっているシルヴィーに、ルートヴィヒが追従する。彼のかたわらで、相方の人魚がくすりと笑った。


 知らない間に妙な絆を育んでいる友人知人を見て、ヒワは不思議な温かさを覚える。


 その視線の先で、ステアルティードが改まって頭を下げた。


「このたびは、本当にご迷惑をおかけしました」

「お気になさらず。意識が戻って、本当によかったです」


 フラムリーヴェが言葉を返す。いつも通り淡々としていたが、目もとにはかすかな安堵の色が見えた。そのそばで、同胞たちがしきりにうなずいている。


 ステアルティードは目を細め、ヒワとロレンス、そしてフラムリーヴェを順繰りに見た。


「その……エルメルアリアとクロードシャリスは、居所がわからないのですよね?」


 問いかけられた三人は、顔を歪めてうなずいた。ステアルティードも苦しげに眉を寄せ、毛布を握りしめる。


 その問いをきっかけに、フラムリーヴェが現状を説明した。ステアルティードは、黙って耳を傾けた。エルメルアリアたちの足跡そくせきが追えていない現状を告げたところで、ヘルミが静かに挙手する。


「ステアルティードさん。いい機会だから、ひとつお聞きしたいんだけど……よろしい?」

「はい。私に答えられることでしたら、なんなりと」


 迷いなくそう言ったステアルティードにうなずいて、ヘルミが続ける。


「何がきっかけで、クロードシャリスさんの裏切りがわかったの? それを知らせるために、ヒワたちのところへ行こうとしたんでしょう?」


 ヒワは、小さく息をのむ。思わずロレンスたちの方を振り返った。彼らも、硬い表情でベッドの方を見ている。


「別件を調べていた、とは聞いてるけど……」

「そうですね。あのときは、詳しい話をする余裕がありませんでしたから。今、お話ししておきます」


 そういう切り出しで、ステアルティードは『別件』について語った。引退したことになっていた巡視官の不審死。その犯人がクロードシャリスである可能性に、一人で辿り着いたこと。証拠や動機を探っているうちに……地下魔界の精霊人たちや、〈穴〉との繋がりが見えたこと。


「亡くなった巡視官は、〈穴〉が開いてしばらくした頃から、何やら違和感を覚えていたようです。〈穴〉に関して、独自に調査していた行動歴が出てきました。そして、それを断ち切るかのように突然死した。……遺体には、指揮術の痕跡や、凍傷と思しき跡がありました」


 ゼンドラングが、苦い顔で腕を組む。


「裏切りに気づかれたクロードシャリスが、殺したと?」

「その可能性があります」


 ステアルティードは、あくまでも断言しなかった。だが、部屋には重苦しい空気が漂う。


「なぜ、我々に知らせてくださらなかったのです。〈銀星臨時会合〉前の、あのときに」


 フラムリーヴェが眉を寄せた。ヒワとロレンスも、ついうなずく。ステアルティードは、ひとときうつむいた。


「〈塔〉からの命令だった、というのが理由のひとつです」

「ほかにも理由があるのですね?」

「……はい」


 フラムリーヴェが重ねて問うと、彼はばつが悪そうに答えた。


「あのとき、『彼』のことを明確に伝えていたら、あなた方は捜査に協力すると言い出したでしょう。エルメルアリアも、間違いなく。〈穴〉と魔物の対処に追われているところに、これ以上負担をおかけするわけにはいかないと、思ったのです」


 それを聞いて、フラムリーヴェがむっと口を引き結んだ。ロレンスは、気まずそうに頬をかく。――ヒワは何も言えず、ただ事務官の青年を見つめていた。


 ゼンドラングが身を乗り出す。彼は弟分の頭をわしわしとなでた。


「だからと言って、一人で首を突っ込む奴があるか! しょうのない弟分おとうとだ」

「す、すみません……」


 頭をぐりぐりされながら、ステアルティードは謝罪をこぼす。リリアレフィルネがにやりと笑い、それが全員に伝播した。


 空気が弛緩したところで、彼女は宙返りする。


「とりあえず、巡視官が九人に減った時点で、クロードシャリスが地下魔界陣営についてたのは確定かな。まだわかんないことも多いけど……」

「はっ。んなの、本人をふんじばって、直接訊きゃいいじゃねえか」

「へえ、珍しく気が合うじゃん?」


 リリアレフィルネがにんまりと笑う。ノクスは不機嫌そうに顔を背けた。


 そのやり取りを見ていたカトリーヌが、手を叩く。


「そうなると、差し当たり知りたいのは……やっぱり、エラちゃんとその方の現状かしらね?」

「ステアルティードさーん。心当たりないー?」


 リリアレフィルネが、ひらひらとベッドのまわりを飛び回る。ステアルティードは顎に手を当てて、しばし黙った。それから、自分を取り囲む人々を見回す。


「明確な心当たりはありませんが、そうですね……。エルメルアリアの居所は、いくつか考えられます。クロードシャリスたちから上手く逃げおおせていれば、リリアレフィルネ殿の仰る通り、天外界に潜んでいるでしょうね。傷を癒すには、それが一番よいですから」


 その場の全員がうなずく。ステアルティードは、リリアレフィルネを見上げた。


「しかし、今のところ、天外界に彼らの魔力反応はないのですよね。精霊たちも、何も言っていませんでしたか?」

「うん。だから困ってるんだよね」


 リリアレフィルネは、後頭部を支えるように、手を組む。ステアルティードは、視線を空中からベッドまわりに戻した。


「では、もう一つの可能性の方で考えてみましょうか」


 細長く息を吐き、布の山に身を預ける。


「エルメルアリアが『彼ら』に囚われている場合。居所は、クロードシャリスの行動次第、ということになります。天外界に留まることは、まずないでしょう。顔見知りが多すぎる上に、精霊たちが同胞にすぐ『告げ口』してしまう。今のクロードシャリスにとって、体は楽でも、居づらいはずです」


 ヒワは、知らず身を乗り出していた。そんな自分に気づいてあたりを見回してみれば、前のめりになっているのは彼女だけではない。特に人間たちは、事務官の青年に釘付けになっていた。


「では、天外界以外で、どこに行くか。告げ口するような精霊がおらず、人や水妖族などの目もない場所。となると、水底界は当てはまらない。地下魔界は当てはまりますが、ないと思います」

「ふむ。なぜだ?」


 ゼンドラングが眉を上げる。ステアルティードは、よどみなく答えた。


「クロードシャリスが長居できません。エルメルアリアも、想定以上に弱ってしまう可能性がある。わざわざ捕らえるということは、目的があるということです。鉄の剣を長時間海水に浸すような真似はしないでしょう」


 ステアルティードは、時々つっかえながら語った。ゼンドラングが「なるほどなあ」と感心する。ヒワたちも、うなずきながら聞いていた。


 一方ノクスは、いらだたしげに眉をひそめる。


「じゃあ、どこだってんだよ」

「私がクロードシャリスなら……」


 ステアルティードは、そこで一拍置いた。金色の瞳に、雷光が走る。


「この天地内界に、エルメルアリア共々隠れます」


 ヒワは思わず、えっ、と言ってしまった。


「で、でも。制限を解いたリリさんの魔力感知に、引っかからなかったんですよ」

「そうだよ。少なくとも、大陸西部には二人の魔力はなかったよ?」

「具体的な位置については、私からは何とも言えませんが……クロードシャリスなら、魔力感知対策くらいはするでしょう。誰が探ってくるかも、わかり切っていますし」


 リリアレフィルネの眉が跳ねる。拗ねた子供のようだった。ステアルティードは苦笑しつつ、話を続ける。


「精霊たちの数が多く、彼らの声を聞ける精霊人だらけの天外界では逃げ切れない。逆に精霊が比較的少なく、人間だらけの天地内界でなら、数名の精霊人への対策を講じればいい。身を隠す場所も、いくらでもありますし」


 つかの間、言葉が止まる。呼吸の音が鋭くなった。


「それにもうひとつ、内界に隠れる利点があります。――制限です」


 ヒワは、目を丸くする。すぐそばにいるフラムリーヴェが、首をかしげた。


「制限? クロードシャリスにとっては、むしろ足枷では……?」

「クロードシャリスの、ではありませんよ。エルメルアリアの制限です」


 息をのんだのは誰だっただろう。


 シルヴィー以外の全員が、事務官の青年を食い入るように見つめた。彼は、自分の胸にそっと手を当てる。


「天外界以外の世界へ連れていけば、制限がかかる。そのぶん、傷の治りや体力の回復も遅くなる。結果、エルメルアリアの力を大きく削ぐことができます。契約者であるヒワ殿と引き離されていますから、制限を解かれることもありません」


 負傷した者、弱った者に制限がかかるとどうなるか。それは、ステアルティード自身が身をもって証明したことだ。


 リリアレフィルネが「最低最悪」と舌を出す。白い足の遥か下で、ロレンスが青ざめて口を押えた。


「下手したら死ぬじゃんか」

「ひどすぎません? 仮にも親友がやりますかね、それ?」


 シルヴィーまでもが、大きく頭を振って吐き捨てる。ステアルティードは、自分の方を見た赤茶色の瞳を、まっすぐ見返した。


「親友だからこそ、やるでしょう。今の彼なら」


 透徹したまなざしと、言葉。それは、人々を打ち据えた。


「クロードシャリスは、天外界の誰よりも、エルメルアリアのことを知っている。だからこそ、彼に反撃されることを何より恐れているはずです。それを防ぐためにも、持っている情報のすべてを駆使して、エルメルアリアの動きを封じようとする。私は、そう思います」


「そして、天地内界は動きを封じるのにもってこいの環境、というわけですか」


 フラムリーヴェが静かに呟く。ステアルティードはうなずいた。


 ヒワは何度目かの物思いにふける。よい作戦を思いつくわけでも、手がかりとなることを思い出すわけでもない。憂いと不安がふくらむばかりだ。


 無意味な回転を続ける思考を引きずり戻したのは、低いうめき声だった。ヒワははっと顔を上げる。ステアルティードが、きつく顔を歪めていた。すぐさまルートヴィヒが体を支え、シルヴィーが積み上げられていた布や枕を撤去しはじめる。


 元々あった枕がぽすんと置かれると、ルートヴィヒがステアルティードの体を横たえた。


「寝ていろ」

「……面目ない……」

「……役目は、十分に果たしただろう」


 ルートヴィヒが、ヒワたちの方を一瞥する。伝わるかはわからないが、ヒワは大きくうなずいた。……わずかな間の後、彼は小さく顎を動かす。それから、何事もなかったかのように、『患者』に毛布と布団をかけ直した。マーリナ・ルテリアが布団ごしにステアルティードの体をさする。


 リリアレフィルネが、ベッドの上空からヘルミのもとへ舞い戻った。


「とにかく、探し方を変えないといけないわけかー。どうしよっかなあ」


 両足をぱたぱたさせるリリアレフィルネの横で、ヘルミも口もとに指をかける。静寂の中で、ヒワはふと呟いた。


「クロさんが持っている……情報……」


 親友だ、と嬉しそうに語るエルメルアリアを思い出す。


 直接訊いたらいいよ、とささやいた、クロードシャリスの顔が浮かんだ。


「暗くて狭い場所」


 知らず、言葉がこぼれる。


「え?」


 問い返す声で、ヒワは我に返った。怪訝そうなロレンスと目が合う。少し慌てて言い直した。


「要するに、クロさんはエラを『死なない程度に弱らせておきたい』ってことでしょ? それなら、暗くて狭い場所に閉じ込めるんじゃないかな……って」

「あ、確かに」


 ロレンスが、音を立てずに手を叩く。事情を知る人々はうなずいたり感嘆したりしていた。事情を知らない人々は首をかしげていたが、シルヴィーだけは例外だった。


「そういうことなら、あたしの方でも候補地探してみよっか?……ま、暗くて狭い場所なんて、山ほどあるけど」


 赤い髪のひと房を指先で揺らした少女に、カトリーヌが晴れやかな笑みを向ける。


「それでも、手がかりなしよりはずっといいわ。魔力感知の方向性を探りつつ、絞り込んでいきましょ!」


 これをもって、今後の方針は決まった。途端にやる気をみなぎらせる人間と精霊人の輪の中で、ヒワもぐっと拳を握る。しかし直後、ノクスに背中をどつかれた。


「てめえらは特訓」

「そ、そうですねー」


 頼み込んだ側としては、「熱気にのまれて忘れかけてました」と言うわけにはいかない。ヒワはへたくそな笑顔でごまかした。

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― 新着の感想 ―
ステアさんは事務官だから一人で危険なことに首を突っ込むのはやはり無茶でしたね(;´・ω・) クロさんの行き先を推測するステアさん、さすがです! 読みながら何度も「なるほどー!」とか「確かに!」と呟いて…
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