165 事務官の告白と推測
ヒワとヘルミは、ローザ邸へ急行した。シルヴィーに出迎えられ、中へ通される。そこへ、他の人々も続々と集まってきた。
大所帯で向かった奥の部屋には、ルートヴィヒとリリアレフィルネがいた。ヒワたちを見ると、片や顎を小さく動かし、片やひらひらと手を振る。
「こちらへどうぞー」
リリアレフィルネが契約者の肩にへばりつき、そこからベッドの方を指さした。
ベッドを使っているのは、むろん、ステアルティードだ。背中に枕や布を詰めてなんとか上体を起こしている彼は、うかがうように来客を見ている。血色は悪いが、瞳には理知的な光が宿っていた。
最後に部屋へ入ったゼンドラングが、身を乗り出す。
「おう、ステア。起きて平気なのか」
「この状況で、いつまでも寝ているわけにはまいりませんので」
ステアルティードはしかつめらしくうなずく。そのかたわらで、シルヴィーが腰に手を当てた。
「ほんとは、全然平気じゃありませんけどね。どうしても、みなさんから状況を聞きたいそうなので」
「うっ」
刺々しい少女の言葉に、精霊人の青年が打ちのめされる。ヒワたち一同は、呆れや憂いの貼りついた顔を見合わせた。
「申し訳ありません……。場を整えていただき、ありがとうございます……」
「それはいいんですよー。でも」
「無理はするな。契約者もいない精霊人に、再度倒れられたら面倒だ」
怒った顔をつくっているシルヴィーに、ルートヴィヒが追従する。彼のかたわらで、相方の人魚がくすりと笑った。
知らない間に妙な絆を育んでいる友人知人を見て、ヒワは不思議な温かさを覚える。
その視線の先で、ステアルティードが改まって頭を下げた。
「このたびは、本当にご迷惑をおかけしました」
「お気になさらず。意識が戻って、本当によかったです」
フラムリーヴェが言葉を返す。いつも通り淡々としていたが、目もとにはかすかな安堵の色が見えた。そのそばで、同胞たちがしきりにうなずいている。
ステアルティードは目を細め、ヒワとロレンス、そしてフラムリーヴェを順繰りに見た。
「その……エルメルアリアとクロードシャリスは、居所がわからないのですよね?」
問いかけられた三人は、顔を歪めてうなずいた。ステアルティードも苦しげに眉を寄せ、毛布を握りしめる。
その問いをきっかけに、フラムリーヴェが現状を説明した。ステアルティードは、黙って耳を傾けた。エルメルアリアたちの足跡が追えていない現状を告げたところで、ヘルミが静かに挙手する。
「ステアルティードさん。いい機会だから、ひとつお聞きしたいんだけど……よろしい?」
「はい。私に答えられることでしたら、なんなりと」
迷いなくそう言ったステアルティードにうなずいて、ヘルミが続ける。
「何がきっかけで、クロードシャリスさんの裏切りがわかったの? それを知らせるために、ヒワたちのところへ行こうとしたんでしょう?」
ヒワは、小さく息をのむ。思わずロレンスたちの方を振り返った。彼らも、硬い表情でベッドの方を見ている。
「別件を調べていた、とは聞いてるけど……」
「そうですね。あのときは、詳しい話をする余裕がありませんでしたから。今、お話ししておきます」
そういう切り出しで、ステアルティードは『別件』について語った。引退したことになっていた巡視官の不審死。その犯人がクロードシャリスである可能性に、一人で辿り着いたこと。証拠や動機を探っているうちに……地下魔界の精霊人たちや、〈穴〉との繋がりが見えたこと。
「亡くなった巡視官は、〈穴〉が開いてしばらくした頃から、何やら違和感を覚えていたようです。〈穴〉に関して、独自に調査していた行動歴が出てきました。そして、それを断ち切るかのように突然死した。……遺体には、指揮術の痕跡や、凍傷と思しき跡がありました」
ゼンドラングが、苦い顔で腕を組む。
「裏切りに気づかれたクロードシャリスが、殺したと?」
「その可能性があります」
ステアルティードは、あくまでも断言しなかった。だが、部屋には重苦しい空気が漂う。
「なぜ、我々に知らせてくださらなかったのです。〈銀星臨時会合〉前の、あのときに」
フラムリーヴェが眉を寄せた。ヒワとロレンスも、ついうなずく。ステアルティードは、ひとときうつむいた。
「〈塔〉からの命令だった、というのが理由のひとつです」
「ほかにも理由があるのですね?」
「……はい」
フラムリーヴェが重ねて問うと、彼はばつが悪そうに答えた。
「あのとき、『彼』のことを明確に伝えていたら、あなた方は捜査に協力すると言い出したでしょう。エルメルアリアも、間違いなく。〈穴〉と魔物の対処に追われているところに、これ以上負担をおかけするわけにはいかないと、思ったのです」
それを聞いて、フラムリーヴェがむっと口を引き結んだ。ロレンスは、気まずそうに頬をかく。――ヒワは何も言えず、ただ事務官の青年を見つめていた。
ゼンドラングが身を乗り出す。彼は弟分の頭をわしわしとなでた。
「だからと言って、一人で首を突っ込む奴があるか! しょうのない弟分だ」
「す、すみません……」
頭をぐりぐりされながら、ステアルティードは謝罪をこぼす。リリアレフィルネがにやりと笑い、それが全員に伝播した。
空気が弛緩したところで、彼女は宙返りする。
「とりあえず、巡視官が九人に減った時点で、クロードシャリスが地下魔界陣営についてたのは確定かな。まだわかんないことも多いけど……」
「はっ。んなの、本人をふんじばって、直接訊きゃいいじゃねえか」
「へえ、珍しく気が合うじゃん?」
リリアレフィルネがにんまりと笑う。ノクスは不機嫌そうに顔を背けた。
そのやり取りを見ていたカトリーヌが、手を叩く。
「そうなると、差し当たり知りたいのは……やっぱり、エラちゃんとその方の現状かしらね?」
「ステアルティードさーん。心当たりないー?」
リリアレフィルネが、ひらひらとベッドのまわりを飛び回る。ステアルティードは顎に手を当てて、しばし黙った。それから、自分を取り囲む人々を見回す。
「明確な心当たりはありませんが、そうですね……。エルメルアリアの居所は、いくつか考えられます。クロードシャリスたちから上手く逃げおおせていれば、リリアレフィルネ殿の仰る通り、天外界に潜んでいるでしょうね。傷を癒すには、それが一番よいですから」
その場の全員がうなずく。ステアルティードは、リリアレフィルネを見上げた。
「しかし、今のところ、天外界に彼らの魔力反応はないのですよね。精霊たちも、何も言っていませんでしたか?」
「うん。だから困ってるんだよね」
リリアレフィルネは、後頭部を支えるように、手を組む。ステアルティードは、視線を空中からベッドまわりに戻した。
「では、もう一つの可能性の方で考えてみましょうか」
細長く息を吐き、布の山に身を預ける。
「エルメルアリアが『彼ら』に囚われている場合。居所は、クロードシャリスの行動次第、ということになります。天外界に留まることは、まずないでしょう。顔見知りが多すぎる上に、精霊たちが同胞にすぐ『告げ口』してしまう。今のクロードシャリスにとって、体は楽でも、居づらいはずです」
ヒワは、知らず身を乗り出していた。そんな自分に気づいてあたりを見回してみれば、前のめりになっているのは彼女だけではない。特に人間たちは、事務官の青年に釘付けになっていた。
「では、天外界以外で、どこに行くか。告げ口するような精霊がおらず、人や水妖族などの目もない場所。となると、水底界は当てはまらない。地下魔界は当てはまりますが、ないと思います」
「ふむ。なぜだ?」
ゼンドラングが眉を上げる。ステアルティードは、よどみなく答えた。
「クロードシャリスが長居できません。エルメルアリアも、想定以上に弱ってしまう可能性がある。わざわざ捕らえるということは、目的があるということです。鉄の剣を長時間海水に浸すような真似はしないでしょう」
ステアルティードは、時々つっかえながら語った。ゼンドラングが「なるほどなあ」と感心する。ヒワたちも、うなずきながら聞いていた。
一方ノクスは、いらだたしげに眉をひそめる。
「じゃあ、どこだってんだよ」
「私がクロードシャリスなら……」
ステアルティードは、そこで一拍置いた。金色の瞳に、雷光が走る。
「この天地内界に、エルメルアリア共々隠れます」
ヒワは思わず、えっ、と言ってしまった。
「で、でも。制限を解いたリリさんの魔力感知に、引っかからなかったんですよ」
「そうだよ。少なくとも、大陸西部には二人の魔力はなかったよ?」
「具体的な位置については、私からは何とも言えませんが……クロードシャリスなら、魔力感知対策くらいはするでしょう。誰が探ってくるかも、わかり切っていますし」
リリアレフィルネの眉が跳ねる。拗ねた子供のようだった。ステアルティードは苦笑しつつ、話を続ける。
「精霊たちの数が多く、彼らの声を聞ける精霊人だらけの天外界では逃げ切れない。逆に精霊が比較的少なく、人間だらけの天地内界でなら、数名の精霊人への対策を講じればいい。身を隠す場所も、いくらでもありますし」
つかの間、言葉が止まる。呼吸の音が鋭くなった。
「それにもうひとつ、内界に隠れる利点があります。――制限です」
ヒワは、目を丸くする。すぐそばにいるフラムリーヴェが、首をかしげた。
「制限? クロードシャリスにとっては、むしろ足枷では……?」
「クロードシャリスの、ではありませんよ。エルメルアリアの制限です」
息をのんだのは誰だっただろう。
シルヴィー以外の全員が、事務官の青年を食い入るように見つめた。彼は、自分の胸にそっと手を当てる。
「天外界以外の世界へ連れていけば、制限がかかる。そのぶん、傷の治りや体力の回復も遅くなる。結果、エルメルアリアの力を大きく削ぐことができます。契約者であるヒワ殿と引き離されていますから、制限を解かれることもありません」
負傷した者、弱った者に制限がかかるとどうなるか。それは、ステアルティード自身が身をもって証明したことだ。
リリアレフィルネが「最低最悪」と舌を出す。白い足の遥か下で、ロレンスが青ざめて口を押えた。
「下手したら死ぬじゃんか」
「ひどすぎません? 仮にも親友がやりますかね、それ?」
シルヴィーまでもが、大きく頭を振って吐き捨てる。ステアルティードは、自分の方を見た赤茶色の瞳を、まっすぐ見返した。
「親友だからこそ、やるでしょう。今の彼なら」
透徹したまなざしと、言葉。それは、人々を打ち据えた。
「クロードシャリスは、天外界の誰よりも、エルメルアリアのことを知っている。だからこそ、彼に反撃されることを何より恐れているはずです。それを防ぐためにも、持っている情報のすべてを駆使して、エルメルアリアの動きを封じようとする。私は、そう思います」
「そして、天地内界は動きを封じるのにもってこいの環境、というわけですか」
フラムリーヴェが静かに呟く。ステアルティードはうなずいた。
ヒワは何度目かの物思いにふける。よい作戦を思いつくわけでも、手がかりとなることを思い出すわけでもない。憂いと不安がふくらむばかりだ。
無意味な回転を続ける思考を引きずり戻したのは、低いうめき声だった。ヒワははっと顔を上げる。ステアルティードが、きつく顔を歪めていた。すぐさまルートヴィヒが体を支え、シルヴィーが積み上げられていた布や枕を撤去しはじめる。
元々あった枕がぽすんと置かれると、ルートヴィヒがステアルティードの体を横たえた。
「寝ていろ」
「……面目ない……」
「……役目は、十分に果たしただろう」
ルートヴィヒが、ヒワたちの方を一瞥する。伝わるかはわからないが、ヒワは大きくうなずいた。……わずかな間の後、彼は小さく顎を動かす。それから、何事もなかったかのように、『患者』に毛布と布団をかけ直した。マーリナ・ルテリアが布団ごしにステアルティードの体をさする。
リリアレフィルネが、ベッドの上空からヘルミのもとへ舞い戻った。
「とにかく、探し方を変えないといけないわけかー。どうしよっかなあ」
両足をぱたぱたさせるリリアレフィルネの横で、ヘルミも口もとに指をかける。静寂の中で、ヒワはふと呟いた。
「クロさんが持っている……情報……」
親友だ、と嬉しそうに語るエルメルアリアを思い出す。
直接訊いたらいいよ、とささやいた、クロードシャリスの顔が浮かんだ。
「暗くて狭い場所」
知らず、言葉がこぼれる。
「え?」
問い返す声で、ヒワは我に返った。怪訝そうなロレンスと目が合う。少し慌てて言い直した。
「要するに、クロさんはエラを『死なない程度に弱らせておきたい』ってことでしょ? それなら、暗くて狭い場所に閉じ込めるんじゃないかな……って」
「あ、確かに」
ロレンスが、音を立てずに手を叩く。事情を知る人々はうなずいたり感嘆したりしていた。事情を知らない人々は首をかしげていたが、シルヴィーだけは例外だった。
「そういうことなら、あたしの方でも候補地探してみよっか?……ま、暗くて狭い場所なんて、山ほどあるけど」
赤い髪のひと房を指先で揺らした少女に、カトリーヌが晴れやかな笑みを向ける。
「それでも、手がかりなしよりはずっといいわ。魔力感知の方向性を探りつつ、絞り込んでいきましょ!」
これをもって、今後の方針は決まった。途端にやる気をみなぎらせる人間と精霊人の輪の中で、ヒワもぐっと拳を握る。しかし直後、ノクスに背中をどつかれた。
「てめえらは特訓」
「そ、そうですねー」
頼み込んだ側としては、「熱気にのまれて忘れかけてました」と言うわけにはいかない。ヒワはへたくそな笑顔でごまかした。




