表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春風のサーガ  作者: 蒼井七海
第八章 光と闇のラプソディー
157/162

138 花開く

 翌日、ヒワたちはいよいよファータ・レスピーラを発つこととなった。宿を出たところでヘルミやノクスたちと別れ、行きと同じ顔ぶれに戻る。数日前の混乱などなかったかのような町中を抜け、行く手に駅舎が見えたとき、ヒワたちに声がかかった。驚いて振り向くと、そこには玉枝の少女とその契約相手がいた。


「アヤネさん、ティルさん! お二人も、今日出発ですか?」


 ヒワがヒダカ語で声をかけると、アヤネは安堵したような表情でうなずく。


「セレル山脈近くまで列車を乗り継いで、そこからティルの力を借りてシャーブ平原を超える……という感じね」

「うわ……すっごい長旅ですね」


 ヒワが思わずそうこぼすと、アヤネはくすりと笑った。


「そうね。でも、行く先々でいい景色や美味しい食べ物と出会えるから、悪いことばかりでもないわよ」


 楽しそうに語った彼女は、流れるように右手を差し出す。


「同郷の人に出会えて、嬉しかったわ。またお会いしましょう、ヒワさん」

「はい、また。お元気で」


 ヒワも、しっかりと右手を握り返す。


 握手を交わす少女たちの上では、精霊人(スピリヤ)たちがじゃれ合っていた。


「あんまり契約者を困らすなよ、ティル」

「おまえに言われたくねーよーだ!」


 エルメルアリアから逃げ回るティルセティレルを見て、契約者たちは思わず吹き出す。


「あら、アヤネさん?」


 そこへ、カトリーヌがやってきた。ヒワを呼びにきたらしい。しかし、アヤネを見つけると、ふわりとほほ笑む。


「今回は、ありがとうございました。またお会いできるといいですね」

「……は。カトリーヌ殿も、お元気で」


 ややぎこちなく西部共通語に切り替えたアヤネは、美しい古式礼を披露する。そして、ティルセティレルとともに去っていった。ヒワたちとは別の列車に乗るのだろう。


 アヤネを見送った後、ヒワたちも駅へ行き、列車を待った。


 そして、目的の列車に乗り込んだ後。カトリーヌがやにわに座席横から机を引きだした。続けて、荷物から紙束と筆箱を取り出す。それを見て、ロレンスが目を瞬いた。


「何か書き物でもするの?」

「両親に手紙を書こうと思って」

「手紙?」

「ええ。――伝霊の方が早いけど、今回はきっと手紙の方がいいから」


 言いながら、カトリーヌは便箋を数枚取り出す。慣れた様子で紙にペンを走らせた。


「〈樫の木の集い〉への招待が来たって教えてくれたのは、お父様なの。だから本当は、集いが終わったら一度実家に戻って、報告をするつもりだった。だけど……状況が変わったから」

「『しばらくジラソーレにいます』って、お知らせするんだね」


 ヒワが確認すると、カトリーヌは「そう」と軽やかに返した。


 しばし、筆記の音が少年少女の耳をくすぐる。便箋が二枚ほど埋まったところで、カトリーヌが楽しげに笑った。


「『本格的に世界を救うお手伝いをする』なーんて書いたら、お父様とお母様、どんな反応をなさるかしら」


 それを聞いて、ヒワとロレンスは目をみはった。

 ヒワは思わず身を乗り出す。


「いいの、カティ? 今回だって、相当大変だったのに」

「大丈夫。私、こう見えて結構図太いのよ? あなたたちの闘い、最後まで特等席で見届けるわ」


 カトリーヌは得意げに笑って、便箋を丁寧に折りたたむ。それを封筒にしまうと、気圧された様子の少年を見た。


「ところで、ロレンス。ジラソーレって、杖屋さんと宝石店、あるわよね?」

「そりゃ、もちろん。ソーラス院の近くに」

「よかった! 観光ついでに耳飾りを作り直そうっと。胸飾りも、今度は自分で作ろうかしら」

「う……フィオローネ家の人が作る、指揮術仕掛けの宝飾品……興味ある……」

「ほんと? ロレンスにも何か作ってあげましょうか?」


 提案されると、ロレンスは真剣に所持金の計算を始めた。ころころと笑うカトリーヌに、ヒワも釣られる。車両の一隅に、笑いのさざ波が広がった。



     ※



 列車が揺れる。暗くなった窓の外を、エルメルアリアはぼんやりとながめていた。彼の契約者は、彼を抱いたまま眠っている。おそらく、この場で起きているのは精霊人(スピリヤ)だけだ。それをよいことに、エルメルアリアは思考を夜空に泳がせていた。


「エルメルアリア」


 淡白なささやきが、エルメルアリアの泳ぎを止める。人間のような格好をしたフラムリーヴェが、彼をのぞきこんでいた。


「考え事ですか」

「んー……まあ、色々と」

「そうですか」


 フラムリーヴェは言葉を切る。しかし、紫水晶の瞳は何かを探すように動いていた。ややして、わざとらしく話しはじめる。


「そういえば……列車が人工の隧道トンネルを通ることがありますよね。あなた、あれは平気なんですか?」

「ん? あー。ちょっと身構えるけど。一人じゃなかったら平気かな。ほら、列車の中にいるのって、ほとんど人間だろ」

「なるほど。そのように割り切れる場合はまだまし、と」


 一応話題に乗ったエルメルアリアは、しかしそこで口をつぐむ。少し、思考に潜ってから、口を開いた。


「……なんで黙ってた、とは言わないんだな」


 むろん、〈幽闇隧道〉の一件のことである。フラムリーヴェは細く息を吸った。数秒経ってから、吐き出す。


「はい。あなたが話したがらなかった理由も、想像がつくので」

「あっそう」

「……問い詰めたことについては、反省しております」

「……いいよ、別に。半端に黙ってたのは、オレの方だし」


 エルメルアリアはそっぽを向く。唇を少し突き出した。


「ブチ切れたあんたは、正直、怖かった」

「…………すみません」

「でも、嬉しかった。あと、オレのことで怒らせて悪いなと思った」


 まごつきつつも本心を吐露すると、フラムリーヴェは意外そうに目をみはる。「あなたが気にする必要は」などと言いつつ、膝に乗せた帽子をいじった。


「正直に言うと、〈銀星の塔〉に殴り込みたい気分ですが」

「やめろよ」

「はい。私が高官を問い詰めたところで、うやむやにされて終わりでしょうからね。ただ――ひとつだけ、確認しておきたいことが」

「なんだ?」


 エルメルアリアが尋ねると、フラムリーヴェはやりにくそうに切り出した。


「〈幽闇隧道〉での出来事は、あなた自身で〈塔〉に報告したのですか」


 エルメルアリアは首をかしげる。質問の意図をはかれないまま、記憶を辿った。


「ああいや。腕がくっつき切ってなくて、すぐには動けなかったから、最初の報告はしてない。仕事復帰してから補足の報告書を出したくらいだ。……報告書、資料室の肥しになってるだろうな。結構頑張って書いたのに」


 最後の一言で、フラムリーヴェの眉が跳ねる。埋もれさせていい報告書ではない、と両目が語っていた。エルメルアリアが苦笑すると、彼女は咳ばらいをし、問いを重ねる。


「では、最初の報告は誰が行ったのですか」

「ああ、クロだよ」


 エルメルアリアは、あっけらかんと答える。反対に、フラムリーヴェの表情は暗くなった。


「……そうですか」

「ん? 何か問題か?」

「いえ。確認しておきたかっただけです。ありがとうございます」


 フラムリーヴェが頭を下げる。それきり黙ってしまった。


 エルメルアリアは、少女の体にもたれながら、友達予備軍の質問の意味を考える。だが、いくら考えても、答えは出なかった。


 列車が揺れる。――世界の境目も、揺らいだ。



     ※



 同じ頃。星のない空の下に、陽気な声が響き渡る。


「どうしたのさ、ミレイ。急に呼び出して」


 突き立てられた剣のごとく屹立する岩の陰から、ツェレグヴルムが顔を出す。その先で彼を待ち構えていたミレティアレーデは、自らの隣に目をやった。釣られるようにそちらを見たツェレグヴルムは眉を上げる。


「何、それ」

「門の試作品」


 ミレティアレーデの隣には、不思議な光が浮いている。大輪の花のような形をしていて、内側では白や桃色、水色などの色彩が緩く渦を巻いていた。それはただの光ではない。世界と世界を繋ぐ道。


「へえ、やるじゃん。ミレイ一人で作ったの?」

「そんなわけあるか。指揮術好きが何人も手伝ってくれたよ」

「そっかそっかー。ちゃんとお駄賃あげなよ?」


 からかい交じりの同胞の言葉に、ミレティアレーデは「当然」とそっぽを向いた。


 ツェレグヴルムは、岩にもたれて門もどきをながめる。


「でもさ、天外界の同胞のまねっこなんかしてていいの?」


 ミレティアレーデが、ちらとツェレグヴルムの方を見た。


「どういう意味?」

()()()()()()()()()()なら、むこうの門をぶっ壊した方が早くない?」


 黒と白の青年は、あどけない幼子のように小首をかしげる。ミレティアレーデは、少し考えた。……ずいぶん前、彼女自身も同じように思ったことがあるのだ。思考の果て、冷たい声に答えを乗せる。


「確かに門は世界を隔てるものだけど、同時に世界を繋ぐものでもある。考えなしにぶっ壊して、完全に分断されたら意味がないだろ」

「ああ、なるほどねー。確かにそれは、僕的にも困るなあ」


 ツェレグヴルムは、彼女の淡白な反応に少しも動じない。けらけらと笑って、何度もうなずいた。笑いを収めた後、門もどきに人差し指を向ける。


「で? 僕に何をしてほしいの?」


 察しがいい、と胸中で呟いて、ミレティアレーデは答えた。


「この門がきちんと使えるかどうか、試してほしい。魔物どもも一緒にね」


 それを聞いた青年の、墨のような瞳が一瞬、光った。


「……いいよ。今から?」

「いや、七日後だ。計画立てなきゃいけないし、魔物の選別もするだろう」


 途端に、ツェレグヴルムが口を尖らせる。


「えー。そんなの適当でいいじゃん」

「だーめ」


 ミレティアレーデがいらだたしげに手を振る。光の花が、小さくなった。そのまま歩き出した彼女に、ツェレグヴルムもついていく。


「門の維持は大丈夫なわけ?」

「心配ない。ほかの奴らも手伝ってくれるし」

「ふうん。……あっ、天外界に行くなら、あいつにも連絡取っておかなきゃね」

「あたいが連絡する。おまえは余計なことすんな。怒らせるだけだから」

「怒らせてるつもりはないんだけどなあ」


 平穏そのものの会話は、暗い世界にそぐわない。しかし、二人は気にせず、瘴気満ちる大地に踏み出した。


 背後に(こご)る闇の中。

 花の形をした門が、再び開く時を待っている。



(第八章 光と闇のラプソディー・完)

2026.4.22

本編はここまでです。この次に補足の短編を追加しました!

それに伴い、第八章あとがき(?)も次回に移動しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
アヤネさん、いつかスノハラ家へ遊びに来て欲しい! 日常会話もヒダカ語でできるし、おにぎりも食べられますよ!(*'ω'*) カティさんジラソーレにいる間に本当にマジックアイテムを購入できそう!期待!(…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ