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春風のサーガ  作者: 蒼井七海
第八章 光と闇のラプソディー
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137 集いは終われど、幕は下りず

 夜の部で騒動が起きたものの、〈樫の木の集い〉は無事閉幕した。もとより、『何かが起きる』ことが想定されていたので、動揺した者はほとんどいなかった。閉幕後、アルクス王国の招待の大半は〈クエルチャ会館〉の修繕を行うため、ファータ・レスピーラに残った。協会関係者はもちろん、招待客も、である。そして、他国の招待客の中にも、元々の予定を変更して町に残る者がいた。ヘルミやノクス――彼は招待客ではないが――も、ここに含まれる。


 ゼンドラングが階段を壊したので、契約者は「フォンゼル師に怒られる」とげっそりしていたが、そもそも会館の各所が今回の騒動で壊れたので、そのあたりはうやむやになった。閑話休題。


 ヒワとロレンスも、町に残ることにした。だが、彼らの場合は理由が少し違う。


 夜が明け、宿に戻った後。ヒワは、ロレンスに伝霊(でんれい)を飛ばしてもらった。連絡する先は、ジラソーレの役所だ。伝霊を取った職員に名前と住所を伝え、同居者に取り次いでもらう。


 広間の片隅で宿題を片付けながら、待つことしばし。白い小鳥が動いた。ロレンスが再びそれを飛ばすと、ひまわりをかたどった光が戻ってくる。そこから、声が聞こえた。


『ヒワ? 役所の伝霊を使うなんて、珍しい』

「あ、お母さん。いきなりごめん」

『それはいいけど……どうかした?』


 伝霊の向こうにいるのは、ヒワの母だ。ヒワは緊張しながら、もう数日ファータ・レスピーラに滞在することを伝えた。


「ほんとは、〈樫の木の集い〉が終わったらすぐ帰るつもりだったんだけど。整理したいこともあるし、カティが心配だから、もうちょっと残りたい」

『ヒワが大丈夫なら、構わないよ。コノメは退屈だとか騒ぎ出しそうだけど』

「あはは……ありがと」

『宿題は間に合いそう?』

「あ、うん。持ってきた分は進めてるから、なんとかなりそう。今まさにやってたところ」


 ヒワがペンを持ち上げて言うと、母はふっと吹き出した。


『感心、感心。でも、せっかくファータ・レスピーラまで行ってるんだし、多少は羽を伸ばしなね』

「うん。そうする。――それじゃあね」

『じゃあね。何かあったら、また連絡して』


 そのやり取りを最後に、会話が終わる。ひまわりが飛び散って消え、白い鳥が戻ってきた。ヒワが持ち主にお礼を言うと、彼は首をかしげた。


「お母様、なんて? 帰宅、遅くなっても大丈夫そう?」


 親子がヒダカ語で会話していたため、内容がわからなかったのだ。ヒワは「うん。大丈夫だって」と結論だけ伝えておいた。ロレンスは安堵したように笑って、伝霊をしまう。そうして、目の前の紙束に向き直った。


 それから数日間、宿題を片付けたり、ファータ・レスピーラを見て回ったりして過ごした。


 アヤネたちと会うこともできた。宿の前でばったり再会した形である。お互いをねぎらった後、エルメルアリアが地下魔界の精霊人(スピリヤ)について尋ねると、ティルセティレルが首をかしげた。


「ミレティアレーデ……うーん、知らないなあ」

「私も聞いたことがない」


 西部共通語で答えたアヤネが、かぶりを振る。ティルセティレルは、町中で買ったのだろうチーズ入りの揚げイモを頬張りながら呟く。


「ほかの奴らは、なんか言ってたっけ?」

「いや……どなたからも、地下魔界の精霊人を見たという話は聞いていない」


 アヤネは、気まずそうにティルセティレルを一瞥した。それから、ヒワたちに向き直る。一呼吸ののち、母語に切り替えた。


「東部でも、地下魔界の魔物が〈穴〉から出てきたり、あの世界の魔力らしきものが観測されたりしているの。むしろ、『精霊人がいてもおかしくないのにちっとも出てこない』という話を、みなさんとしていたところなのよ」


 アヤネはそこで、宿の方に足を向ける。ヒワたちに手招きした。ヒワとエルメルアリアは、戸惑いながらもついていく。


 喧騒を割って、アヤネの語りが響いた。


「実は、こちらへ来る前に玉枝の本家で彼らについて調べたのね。そうしたら、妙なことがわかった」

「妙なこと?」

「〈穴〉が開いて以降、地下魔界の精霊人の目撃情報があったのは、大陸西部のみ。〈銀星の塔〉によれば、ほかの地域でも地下魔界の魔物などは観測されているけれど、『人』と遭遇したという報告は上がっていないの」


 エルメルアリアが眉を寄せる。


「つまり、各地に魔物やら何やらをばらまいておきながら、あいつら自身はこのへんをうろうろしてたってことか」


「――おそらくは」アヤネは、西部共通語に切り替えて、肯定した。


「もう一人の、ミレティアレーデという人物は、今までは表に出てきていなかったのだろう」

「それが、今になって姿を見せた。しかも、大陸西部でだけ?」


 ヒワは、首をひねってうなる。いくら思考を巡らせても、地下魔界の精霊人たちの思惑を読み取ることは叶わない。エルメルアリアも、苦い顔で考え込んでいた。


「西部に何かあるのか? 今のところ、そんな感じはしないけどな」

「うーん。強いて言うなら、ツェレグヴルムって人がエラを気にしてるくらいかなあ」

「やめろ。なんか寒気がする」


 エルメルアリアはぶるりと震えて、ヒワの背後に逃げ込んだ。アヤネがそれを見て忍び笑いをしたが、すぐに表情を引き締める。


「あたしたちの方でも、注意しておくわ。……ヒワさん、伝霊持ってる?」

「あ、ごめんなさい。持ってないです」

「そう。なら、識別番号だけ教えておくから、使って」


 アヤネは手帳とペンを取り出して、番号を書いた。ページの端を破ってヒワに渡す。ヒワは、しょんぼりとしてそれを受け取った。


「すみません……」

「気にしないで。東部こっちの同志にも、伝霊を持たない人がいるし」

「スハイルなー。あの万年迷子こそ、持った方がいいと思うんだけど」


 そんなやり取りをしていると、ロレンスが宿から出てきた。外にエルメルアリアの魔力があるにもかかわらず、一向に戻ってこないので、様子を見にきたのだろう。そして、知らない人と話しているヒワを見て、数歩後ずさった。その意味に気づかなかったヒワは、ただいつものように手を振る。


「あ、ロレンス。ちょうどよかった」

「あら。もしかして、ヒワさんのお友達?」

「はい」


 ヒワが元気に返答すると、アヤネは自らロレンスの方に歩いていく。西部共通語で、はきはきと挨拶をしてみせた。ロレンスは混乱のあまり目を回していたが、握手を求められると右手を差し出す。


 一応、自己紹介が済むと、アヤネはコートを軽く直した。


「では、このあたりで失礼する。これから町へ出る予定なので」

「はい。……あ、ほかの二組のところには行かなくて大丈夫ですか?」

「こちらから挨拶に伺おう。貴殿らの手を煩わせはしない」

「ゼンとリリの契約者だろ? おいらが魔力を覚えてるから、大丈夫さ」


 ティルセティレルが得意げに言って、アヤネのまわりを旋回する。ヒワは「あ、なるほど。お気をつけて」と手を振った。


 アヤネは丁寧に一礼して、彼らに背を向ける。じゃれつくティルセティレルと何やら話しながら、雑踏の中に消えていく。


 棒立ちのロレンスが、ぽつりと呟いた。


「なんというか……濃い人だね」

「うーん。()()()()()だけだよ、多分」


 ヒワは、相棒の髪をいじくりながら、そっと笑った。



 宿の広間に、茜色の光が細く差し込む頃。ヘルミとリリアレフィルネを除く三組で集まっていたところに、軽快な足音が響き渡った。


「はぁい! みなさん、お待たせしました!」


 底抜けに明るい、太陽のような声。引きつけられて振り返ったヒワたちは、目をみはった。現れたのは、カトリーヌ・フィオローネその人である。〈樫の木の集い〉のときと同じローブをまとっているが、髪はいつものように流しており、桜色の傘を畳んで持っていた。


「カティ!」


『後輩』二人は、弾むように立ち上がって、彼女に駆け寄った。心配そうに見上げるロレンスをよそに、ヒワはつい抱き着いてしまう。


「体、大丈夫? 熱は?」

「あらあら、ごめんなさい。心配かけちゃったわね」


 カトリーヌは温かな声でそう呟いて、黒い頭を優しくなでる。ヒワがためらいがちに離れると、いつものように笑ってみせた。


「この通り、絶好調よ。熱は一昨日には下がってたんだけど、検査をするとかで、そのままお医者様のお世話になっていたの」

「うん。念のためと思って迎えにいったんだけど、必要なかったね」


 カトリーヌの後ろから、ヘルミとリリアレフィルネが顔を出す。


「必要ないだなんて、そんな。お迎え、嬉しかったわよ?」


 カトリーヌがいつもの調子で答えると、「それはよかった」とヘルミが肩をすくめた。成り行きを見守っていたゼンドラングが、そこで笑声を立てる。


「なんにせよ、元気なのが一番だ!」

「ふふっ、ありがと、ゼンさん!」


 〈巨巌の闘士〉と同じくらい陽気に少女が返す。ふと表情を改めて、ローブの裾をつまんだ。


「それから……ノクスさんたちに、ちゃんとお礼を言っていなかったわ。助けてくれてありがとう。このご恩は忘れませんわ」


 流麗に頭を下げるカトリーヌ。それを見て、ノクスが居心地悪そうに足を組んだ。


「知るか。とっとと忘れやがれ」

「『元気になったならそれでいい、恩だのなんだのと気にすることはない』という意味だな!」

「うっせえゼン!」


 ノクスは声を荒らげたが、ゼンドラングはこれっぽっちも動じない。ふたりの様子を見たカトリーヌが「あらまあ」と笑い出した。ヘルミもまじめくさって腕を組む。


「相変わらずひねくれてんねえ、坊ちゃん」

「ちょっと黙ってろ、ババア」

「……君さ、年上の女性みんなにそれ言ってんじゃないでしょうね。アタシだから流せてるけど、場合によっちゃ殺されるよ?」

「ご安心を。言う相手は選んでる」

「ゼンさーん。こいつ、一発しばいていい?」


 ヘルミがにっこり笑って踏み出すと、ゼンドラングは「困ったな」とまったく困っていなさそうな表情で言う。カトリーヌがお腹を抱えて笑い出し、ヒワたちも釣られてしまった。他の精霊人たちだけが、呆れたように顔を見合わせていた。


 年上たちの応酬が落ち着いたところで、改めて今回の一件を整理した。会館で行われた儀式と『実験』。地下魔界の精霊人、ツェレグヴルムとミレティアレーデ。アヤネがもたらした「他の地域では地下魔界の精霊人の目撃情報がない」という話。そして――


「『仲間は君たちの世界にもいる』って言ってたよね、あいつ?」


 リリアレフィルネが投げかけた言葉に、一同揃ってうなずいた。ロレンスが、顔を伏せて考え込む。


「単純に内通者がいるってことなのか、その気になればいつでも人間や精霊人を取り込めるってことなのか……」

「どちらにせよ、厄介だね。任務の話をする相手は選んだ方がいい……けど、そうも言ってられない」


 ヘルミが苦々しそうに呟く。「どういうことですか?」とヒワが尋ねると、彼女は人差し指を立てた。


「仮に、『内通者』がいたとして。それが精霊指揮士協会の理事だったら? 支部の職員だったら? 裏が取れないうちから、警戒してだんまり、ってわけにはいかないでしょ」

「あ……。そう、そっか……」


 ヒワは理解したが、同時にうなだれる。体の中に隙間風が入り込んだかのようだった。彼女のそばで、エルメルアリアも顔をしかめる。


「〈銀星の塔〉にも同じことが言えるな」

「探りを入れるべきでしょうか」


 フラムリーヴェが真剣に呟く。そこへ、リリアレフィルネが頭を突き出した。


「あなたとゼンは大人しくしてて」


 ぴしゃりと言われたフラムリーヴェが、顔をこわばらせる。


「ゼンはともかく、フラムリーヴェもなのか」


 ノクスが頬杖をついて尋ねると、リリアレフィルネはふてくされたように腕を組んだ。


「だって、『嘘がド下手三人衆』の二人だもの」


 ノクスが、珍妙な食べ物を食べたような顔をする。遊ぶように飛んだエルメルアリアが、リリアレフィルネのそばで止まった。


「あと一人は誰だよ」

「ステアルティードさん」

「うーん、まったく否定できねえ」


 エルメルアリアは天を仰ぐ。ヒワたちとしては、曖昧に笑うしかなかった。「とにかく、付き合いの浅い人には要注意ってことね」とカトリーヌが無理やりまとめる。


「今度天外界に帰ったら、大昔の文献をあさろーっと。もしかしたら、あの二人に繋がる情報が見つかるかもしれないからね」

「だな。オレも調べてみるわ」


 空中で足を組んだリリアレフィルネに、エルメルアリアが同調する。彼はさらに、人間たちを見回した。


「ま、当面の間はいつものように〈閉穴〉と魔物の送還だな。ただ、身の回りには気を付けること。一回姿を現した以上、ツェレグヴルムたちはどんどん近づいてくるかもしれねえから」


 ヒワとロレンスは息をのんでうなずく。ヘルミ、ノクス、カトリーヌは表面上落ち着いていたが、顔はややこわばっていた。それを見つけたわけではなかろうが、緑の瞳がカトリーヌを見る。


「あと、カティはしばらくこの四組の誰かの近くにいた方がいいかもな。今回みたいに、一人のときに奴らと出くわしたらどうしようもない」

「それもそうね。なら……」


 少し考えこんだ後、カトリーヌは指を鳴らす。


「しばらくは、ジラソーレ観光でもしようかしら?」


 うかがうような視線を受け止めて、ヒワとロレンスは顔を見合わせる。ややあって、同時にカトリーヌを振り返り、「ようこそ」と悪戯っぽく笑った。

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