4:恋する瞳
「じゃ、ララ、そこでクルッとしてみて?」
「にゃ!ハンナさん、こう?」
「そうそう…丈はわざと長めなんだけど、尻尾の具合は大丈夫かしら?」
「うん、大丈夫! ありがとーにゃぁ!!」
私はハンナさんに言われた通り、その場でクルリと回って見せた。
本当は一回転すれば、そこで事は終わっているんだけど、私は楽しくなってクルクル何回転もしてしまった。
だって、ハンナさんのカーディガン! すごく嬉しい!!
よーし! コレを着て、お城で色々頑張るぞー!
「―…あの、"ララフィア"です。"ララ"って呼んで下さい……宜しくお願いします!」
「宜しく、私は"イレイア"。そのままで構わないわ」
ジークにお願いして私の裁縫の先生になってくれた人は、実はとても高貴な方らしく、"オーラ"があった。
……オーラは当然見えないのだけど、そう感じさせる雰囲気の方なのだ。
にゃぁ……。私、ちゃんと出来るかな?
お城に来たけど、階級? とか、全くわからにゃいし……。
「…………イレイアさん……」
「……何です?」
「…………」
「…………」
もじもじ……しちゃって、イレイアさんのお顔を見つめるだけで言葉が出てこない。にゃぅ~。
イレイアさん、静かな美人さんタイプにゃ。私の言葉を待ってくれているなんて、厳しそうな感じだけど優しいにゃ……。
そして、そんな沈黙状態の私達二人に……
「イレイア! イレイア! イレイア~~~!!」
元気の良い声が割って入って来たの。
「今日のトリスティの剣術、終わったよ! でねでね、あのシィンに試合の打ち合いで勝ったから、御褒美に今日は甘いオヤツにしてー!」
現れたのは背の高い、赤茶の毛色で濃い緑の瞳の美人猫さん! 流し目とか似合いそう…。
そしてやや乱れているけど、繊細で複雑な編みこみの髪型をした猫さんにゃぁ~っ。見惚れちゃうにゃぁ…。
「おっと! イレイアに可愛い黒猫のお客さん!?」
「今日から、私が裁縫を教える事になったジークの使い猫の"ララ"よ、ロス」
「!! …魔導師・ジーク……"ジークムント"の使い猫の"ララフィア"です!気軽に……"ララ"と……」
「そっかぁ……私は"ロスチアナ"! イレイアの使い猫なの。私の事は、"ロス"って気軽に呼んでね、かわいこにゃん♪」
そう言うと、瞳を柔らかく細めて、ロスは私の頬をナデナデしてきた。頭ではなく、頬なで!
それにしても、主も従猫も揃って美人系……! 雰囲気は真逆そうだけど……。
「ロス、貴女、本当にシィンに勝ったの?」
「勝ったよ! これで24勝26敗……だけど。私が一番シィンに勝ってるもん!」
「でも、勝ったのよね? なら、勝者のオヤツは何が良いかしら?」
「アイス!」
「分かったわ。それじゃ、ララと仲良く食べなさい」
「うん! イレイアありがとう大好き~。ちゅ!」
にゃ!? 頬にキス!
「ララ、中庭に行こう! でも、まずはアイスを貰いに厨房だー!」
そして私は何も言えないまま、ロスに引っ張れて中庭でアイスを食べる事になった。
あのあのあの! 私、裁縫を…!
少し涙目でイレイアさんを見れば、「食べたら戻って来てね」と私に手を振っていた。
た、食べ終わったら、裁縫を教えてくれるにゃ!?
私は力強いロスに手を引かれ、厨房に連れて行かれるとロスが料理長に「イレイアが今日はアイスを食べて良いって! この子の分と二つ下さい!!」とハキハキ告げていた。
彼女のそんな姿に笑顔の料理長は直ぐに数枚のろ紙にクラッシュした数種のナッツが練りこまれた大きなクッキーに、バニラビーンズ入りの厚めなバニラアイス、その真ん中には真っ赤なベリーソースを挟んで、ロスと私に手渡してくれた。
こうして貰うと、スゴク嬉しくなってきたにゃぁ。だって、とても美味しそう…。じゅるり…。
そうしてロスは貰ったアイスにお礼を述べると、再び私の手を引いて厨房から中庭に向かい、暖かな日差しを良い感じに遮っている木の下に私を連れて来てくれた。
木漏れ日が作る地面への影がレース模様の様で、私は何だか特別な空間に居る気がしてきた。
そんな中で食べ始めたアイスはバニラビーンズの深い香りが口の中と、そこから鼻へ抜けるものがまったりと甘く、私をとても楽しませてくれた。
そして甘酸っぱいペリーソースとバニラ、塩っけの少しあるクッキーに小さいが不揃いのナッツが口内で奏でるハーモニー…。まさに、ハーモニー!
美味しくてしょうがないにゃ…! これはまた欲しくなりそう…にゃぁう!!
二人でアイスをペロペロ、クッキーをサクサクとしている内に、会話が弾んでいた。
どうやら、アイスのほかに明るいロスの雰囲気が早々に私を柔らげてくれたみたい。
「―……んじゃ、ララは、王宮に来る使い猫達のお祭り、"ケット・シー祭"は知ってる?」
「知らにゃい」
「そっかあ。そこでね、その年の"猫の王様"…と"お妃様"を決めるんだよ! 男女逆のパターンもあるけどね」
「にゃぁ~~~?」
ロスの話しだと、王宮の使い猫達に選ばれてその年の"ケット・シー"……『猫の王様』に選ばれた猫は、オス猫が選ばれれば"王様"、メス猫が選ばれれば"女王様"となるのだそうだ。
王様はその時、好きな"伴侶"の猫を選べて、その夜に開かれる王宮でのダンスパーティーに一緒に呼ばれ、存分に楽しめるんだって!
それって……もう、公認カップル……。
そして"猫の王様"になると、一年間、王族も利用する施設やお店をほぼ好きに利用出来るのだそうだ。
「それじゃ、ロスはその…"猫の王様"になりたいの?」
「まぁ、正確には"猫の女王様"だね。なりたいか、って聞かれれば、なりたいよ!」
なりたいんだ。
「だって、なれれば、美味しい物がたくさん食べられるもん! 王様達が利用している、素敵美味しいスイーツのお店をバシバシハシゴ出来るんだよ!? にゃぁ~~ん!」
……どうやらロスは"花より団子"タイプの様だ…。ロロやチェルとは真逆なタイプなのかな?
ここでロロなら、「私……シィンと星見の塔の天辺で星を見たい」とか言いそうなのだが……。や、勝手な予想だけどにゃ?
そしてここで"王様"に選ばれる条件は特に決まってないらしい。猫は気まぐれニャん。
ただ、何か秀でていると周りから注目され易いから王様に選ばれ易くはなるそうだ。
例えば、武術に秀でているとか……。
ロスの話しだと、何となくな王様候補が噂されている様で、その中にシィンやロスも入っているとの事。
自分がもしかしたら……と思うと、「シィンに負けたくないと訓練試合にも気合が入る!」とロスはキラキラ瞳の拳付きで語ってくれた。
……こうして見て、ロスは黙っていればスゴク極上の美猫……ロロとは違うタイプのだけどにゃ?
でも、何だろう……このヤキモキする残念感は……。「惜しい」ではなく、「勿体無い!!」と強く思ってしまった……。
そして私がそんな"にゃ~~ん、ロス……勿体無い……"と思い始めた時、新たな声が……
「ロス、また甘い物を食べ過ぎると"おデブ"に逆戻りだぞ」
「キース!」
声に顔を上げて見れば、そこには深い藍色の瞳に薄茶の毛を後ろで一本にした、温厚そうな……猫のこれまた美人系の男の子が立っていた。類友?
そしてそんな彼の突然の登場に、ロスがすかざず反応してくれた。
「あ、ララ、彼はキースって言うの!」
「初めまして、だよね?僕はセルナーの使い猫の"キース"。宜しく」
「私はジークムントの使い猫の"ララ"……。宜しく!」
セルナーさん、って、ローラの魔装具を作ってる職人さんだ!
そっか、確かにこの王宮で働いているセルナーさんに使い魔……使い猫が居てもおかしくないな……。
「ロス、髪の毛が乱れてる……」
「え? あ…。剣術の訓練で……ちょっと、シィンとのに気合入れすぎちゃった、カナ?」
「……ロス……君は女の子なんだよ?そろそろお転婆じゃなく……」
……う。何、このキースからの冷たいプレッシャーは!?
「ご、ごめんね? ね、キース、直してくれないかな? ね? ね? ……お願い……私じゃ出来ない……し、キース以外にお願いしたくない……にゃぁ……」
「……ッ。…………しょうがないな~~……ホラ……!」
言いながらキースは胸ポケットから折りたたみのコームを取り出して、慣れた手つきでロスの髪を直し始めた。
……見ていて分かったけど、ロスの髪型はキースがセットしていたんだ……。だって、する手つきに淀みが無い。そして……
「……僕の新作のマラカイトとソーダライトのヘアピンだよ。ロス、つけてあげる」
銀の細い金属に緑のマラカイトと青いソーダライトの小さくて丸い石が交互に並んでいる、シンプルだが素敵そうな一品をキースはロスの前髪を斜めに留める事で、髪のセットを終わりにした様だ。
よく見ると、金属には繊細な模様が成されている様で、思わずそれをちゃんと見てみたくて身を乗り出しそうになってしまったにゃ……。……一途で丁寧な職人の仕事を感じるにゃぁ……っ! 素敵! 素敵! 素敵!!
もちろん、新しい髪型にセットされたロスも素敵だけどね!
「えへっ。キース、直してくれて、ヘアピンまでありがとう。すごく嬉しい……」
少し頬を赤く染めたロスが上目でキースにお礼を言って、嬉しそうにしてるキース…………の間に居る、私って実はお邪魔なのでは!?
……だって、キースの瞳はロロや……多分、チェルと一緒。
…………恋する瞳だ。
チラ裏:パワーストーン的に、マラカイトは『心身の癒しに優れている』石で、ソーダライトは『夢や目標をサポートする』石です。
こんな所でチラ裏2:ララの使い魔契約時に贈られたアパタイトは、『絆を強める』石な意味があります……。