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星脈のネクサス ──その愛は兵器か──  作者: RIOKA
Season2〜The King's Gate〜
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CHAPTER 40 見えない再会

 



【桐生家】



「おうっ、大将! 帰ってきたかい!」


 キリュウが車を降りるなり、そう声をかけてきたのは、イオリの父親だった。

 実家の近所にある建設会社の社長だ。


「こんにちは、ご無沙汰してます」


 田舎では、帰ってみれば庭に近所の人がいることも珍しくない。


「カイちゃんは軍隊に入っちから、立派になったっち思っちょったけど、まさかあんなベッピンさん連れち帰るとはなぁ」


 やはり、その話か……


 なんとも返す言葉が見つからず、照れ笑いが出てしまう。


「今、軒にある、使っちょらん下駄箱をイオリと動かしよったんじゃ。リラちゃんが引っかかっちから危ねぇろ?」


「あぁ、いつもすみません、世話になります」


 話しながら庭の方へ曲がると、そこに立っていた祖母の姿が目に入った。


「あんた、ウチは危のねぇんな」


「そらばぁさんは慣れちょろうけど」


 いつものにぎやかなやり取りは、実家ならではの安心感もある。

 おかげで祖母は、一人暮らしでも寂しそうな様子はない。


「カイ!」


 その声に顔を向けると、縁側にリラとイオリが座っていた。


 リラは立ち上がり、こちらに小走りしてくる。


「あ、走るな」


 キリュウは慌てて彼女のもとに自分から駆け寄った。


「大丈夫よ、これくらい」


 初秋のまだ強い午後の陽差し。

 眩しそうに目を細めた彼女は笑顔を見せた。

 その表情に、胸が詰まる。


「おかえり」


 リラは少しためらい、両腕をこちらに広げる。

 ぎこちなく腕を伸ばし、そんな彼女をハグした。


「……ただいま」


 ああ、ダメだ──


 勘違いしてしまう。


 リラが自分の実家で、祖母と、近所の人と、すっかりなじんでいる様子。

 そして何より、うれしそうな態度。


 わかっている。


 彼女は、一人でこんな山奥の家に置いていかれて、心細かったのだ。

 だから、軍で親しい自分が戻ってきたことに安心した。


 ただ、それだけだ。


「何日ぐらいおるん?」


 イオリもこちらにやってきてそう言った。


「明後日《あさって》まで」


 リラのことを思うとなるべく長くいたいが、なかなかそうもいかない。


「ほんなら、今日か明日か、旅館に泊まっちいけばいいやん。ウチん会社が新しい棟を建てたんで。なぁ、ばぁさん」


「え……」


 イオリの提案に表情が固まる。


「ああ、そうじゃあなぁ……ちょうどいいわ、まだお客さんは入れよらんのや、お得意さんの招待期間でから……空いちょんか電話しちみろう」


「いや、ばぁちゃ……」


 声をかける間《ま》もなく、祖母は旅館に電話をかけるために家に入っていった。


「リラちゃんのこと、いつも一人にしちょんのやけん、帰ってきたときぐらいどっか連れていかんと。 ま、どっかっち言っても自分とこの旅館やけどな」


 イオリはそう言ってアハハハ! といつもの調子で笑った。


 リラはつくり笑いを見せつつ、キリュウをチラッと見る。


 キリュウは祖母を追いかけて家に入った。

 勝手口の横に長らく放置されていた下駄箱はなくなっており、スッキリしている。


 それは助かる。

 助かるんだが。


「ばぁちゃん!」


 祖母は電話を切って振り返ったところだった。


「今日ならスイートルームが空いちょんち。ちょうど良かったわ、行っちょいで」


 ス……


「スイートルーム?」


 声が裏返る。


 祖母はキリュウに近づき小声で言った。


「リラちゃんの旦那さんは、帰っちくらせんのやろ?」


 それに返す言葉は出てこない。


 祖母はさらに小声でキリュウに耳打ちした。


「このままあんたがリラちゃんと結婚すらいいわ。ウチが元気なうちは子どもの面倒も見ちゃる」


「子どもの面倒って……」


 キリュウは声を殺して祖母に訴える。


「子どもは俺の子じゃない」


「男はどうせ産ませんのやけん。誰ん子でも育てよら一緒じゃあ」


 祖母の強引すぎるセリフに何も言えず呆れていると、背後からリラの声がした。


「おばあちゃん、セイヤ叔父さんに電話したの?」


 キリュウは彼女のセリフに小さく息を吐く。


「もう叔父さんのことも知ってるのか」


 キリュウの母の弟だ。

 五年程前から地元に帰ってきて旅館を継いだ。


「電話したで。今日ちょうど、いちばんいい部屋が空いちょんち。あんたまぁ、見たことねぇような立派な部屋なんで」


「へぇ……」


 リラは祖母の説明に、興味のありそうな反応をした。


「うちん温泉の泉質《せんしつ》は穏やかやけんな。妊婦でも長風呂せんかったら心配ねぇけん。気分転換に行っちょいで」


 そして遠慮がちに、どうしよう、というような顔でキリュウを見る。


「夫婦のフリ、じゃろ?」


 祖母は調子良くリラにそう言うとふたたび外に出た。


「俺が断る」


 キリュウはホロセルを出した。


「それは悪いわよ、せっかくなのに……」


「えぇ?」


「……ここに泊まるのも、旅館に泊まるのも、一つ屋根の下なのは一緒だし……」


 リラはうつむき加減でそこまで言うと、キリュウを上目づかいに見た。


「……いや?」


「いや……っ、俺はいいけど、きみが……」


「ちょっと、見てみたいし。その、新しい旅館のお部屋」


 なんだ……そうなのか。


 なら……いいか。


「だって私、ずっとここにいるのよ? ちょっと外にも出たいわ」


 偽装夫婦を演じなければならないとはいえ、リラとこれほど近い距離で過ごすことになるとは思わなかった。


 キリュウは、逃げ場を失ったような気分だった。




 *




【温泉旅館〝雅《みやび》〟】




 重厚な木の引き戸を開けると、天然の木を梁《はり》に使った和モダンな広い部屋が、そこに広がった。


「わぁ……すごい」


 リラは、キリュウの叔父に案内された離れの部屋に入るなり、思わず声を上げた。


「すごいやろ? 今なかなかないで、こんな天然の木材を使った戸建ての離れは」


 旅館の支配人である叔父は、得意げにそう言った。


「木の匂いがする」


 リラは目を閉じて、その香りを胸いっぱいに吸い込む。


「そやろ? あんたたちゃいつもハイテクな宇宙船ばっか乗っちょんけん、新鮮でいいやろ。ほら、あっちが庭になっちょってな。露天風呂がある」


「露天風呂?」


 木材を使ったパーテーションの向こうのガラス戸を開けると、岩風呂から掛け流しの温泉が流れているのが見えた。


「わぁ……こんなの、初めて見たわ」


 温泉は子どものころ入ったことはあったが、当時は何が良いのか全くわからなかった。


「熱さは源泉から調節はしちょんけどな。カイちゃんに湯加減を見ちもらいよ。ほんならゆっくりな」


 叔父はキリュウの背中をバシッと叩いて、部屋を出ていった。


「ホントにすごい部屋ね」


「そうだな……」


 リラはキリュウと一緒に、きょろきょろ部屋を見回す。

 そして、畳の小上がりに二台並んで設置されたローベッドに目を留め、二人で固まった。


「あの……寝るときは、あそこのパーテーション、真ん中に立てて」


 リラは、露天風呂に出るドアの前に立てられたパーテーションを指差した。


「ヘンな寝相、見られるのいやだから」


 リラがそう言うとキリュウはフッと笑う。


「寝相、悪いの?」


「そ、そんなに悪くはない……と、思うけど?」


 なりゆきでこんなことになってしまったが、キリュウと同じ部屋で寝ることは、今までの任務でもあったことだ。

 特別なことでもなんでもない。


 そう。これは任務だ。


 リラは自分に言い聞かせた。


 胎内に眠る我が子は、兵器になりうる。

 あらゆる敵に狙われる可能性のあるこの子を守るため、ここに来たのだから。


「まぁせっかくだから……ゆっくりしようか。本当にこの一週間は、寝るためだけに宿舎に戻る毎日で疲れた」


 キリュウは軍服のジャケットを脱いでソファの背もたれにかけると、そのままソファに座った。


 リラは、パーテーションの向こうのドアを開けて外のデッキに出てみた。

 脱衣スペースが横にあり、その向こうに大きな岩風呂がある。


 風に揺れるかすかな木々の音、蜩の声と、温泉が流れる音。

 心地良い、初秋の夕暮れ時だ。


「じゃ、私、温泉入ってみようかな」


 中にいるキリュウにそう声をかける。


「どうぞ。俺は残ってる仕事を片付ける」


 キリュウはそう言うと持ってきたノートPCを開いた。

 ゆっくりしようか、などと言っている端《はし》から仕事をしている。


 リラは着替えを準備してから、ふたたびデッキへ出て脱衣スペースで服を脱いだ。


 外で全裸になるなど、なかなかないことだ。

 少し恥ずかしいような、心細いような変な気分になる。


 だがもちろん、露天風呂スペースは高い木の壁に囲まれ、誰にも見られるようなことはない。


 タオルを胸に抱いて、そろそろと岩風呂の脇へ進み、足の先をチョンと温泉に入れてみる。


「あったかい……」


 ゆっくり片足ずつ中に入る。


「熱くない?」


 部屋の中からキリュウの声が聞こえた。


「うん、ちょうどいい」


 リラは、そのままゆっくり、わずかに茶褐色でとろみがある湯に身を沈めた。


「気持ちいい……」


 目を閉じて大きく深呼吸する。

 まるで、自分の体が自然の一部になったかのようだ。


 そう思ったときだった。


 瞼の裏に、光る星脈が現れた。


 〈リラ〉


 ルークの声だ。


 リラは目を開けた。


 すると、目の前に広がる温泉が、キラキラと脈打って輝いていた。


「なに……?」


 その光は、リラの体から発せられている。


 〈リラ〉


 リラはハッとして自分の体から視線を離し、顔を上げた。


「ルーク……」


 すぐそこに、ルークがいた。


 ホログラムのように、温泉の上に姿がはっきり見える。


 〈会いたかった〉


 穏やかに微笑むルーク。


 白銀の髪に、二重虹彩の瞳。

 首元に、影星晶のネックレス。


 間違いなく、彼だった。


「ルーク! どこにいるの?!」


 生成りのローブのような長い上着に、同じ色のズボン。

 民族衣装のような服装だ。


 そこは、見たことがない明るい木の壁の部屋だった。


 隣には不思議な犬がいる。

 白銀の毛並みが美しいゴールデンレトリバー。

 影星晶がたくさんついた首輪をしており、頭のてっぺんには、ユニコーンのようなツノがある。

 そのツノがフワッとグリーンに発光し、影星晶が呼応するように静かな光をたたえていた。


 〈Dahlia南部の島にいる。メビウスの爆発の直前、コックピットを切り離して海に落ちたんだ。この島に漂着したところを、アストラ族の長老に発見された〉


 ダリス族のクレアスの父親が、最期に残した言葉……


 〝アストラ族は、滅亡しておりません〟


 その言葉がリラの脳裏によみがえる。


「アストラ族は……やっぱり生き延びていたのね?」


「リラ? どうした?」


 リラの声に気がついたキリュウが、ドアのところまで来たようだ。


「ルークがいるの!」


「は?」


 〈カイには見えない〉


 リラには、星脈をつうじて見えているのだ。


 〈温泉はEarthから湧き出したエネルギーだ。だから星脈の媒介となる〉


 それからルークは、自分がいる〝Elios〟と呼ばれている島から出られない現状を話した。


 リラのところへ戻りたいが、自分のおかれている立場を考えると、安易に行動はできない。

 アストラ族との関係を考えると、軍への報告もすぐにはできないと。

 そして、L2-D2の力を借り、打開策を慎重にさぐっている最中《さいちゅう》だと。


「リラ、大丈夫か?」


 キリュウがリラの様子をパーテーションの向こうからうかがっている。


 〈あまり長く浸《つ》かっていると湯あたりする。もう出て〉


「出たら、あなたが見えなくなるんでしょ?」


 〈すぐにまた会える〉


「いつ?」


 〈すぐだ〉


 そばに行きたい。

 彼に直接ふれたい。


 〈リラ、そっちから異種族の気配がする。それに気をつけろ〉


「異種族?」


 〈きみのことは、カイに頼んである。だからカイは、きみをそこに連れてきた〉


 ルークは、こうなることを予期していたのだろうか。

 だから、キリュウに託した──


 〈今は、カイに、守ってもらうんだ〉


「ルーク……」


 〈誰か来た〉


 ルークは後ろを振り返り、ふたたびこちらを向いた。


 〈愛してる。必ずきみと子どものところへ戻る〉


 それだけ言い残し、フッと姿を消した。

 と同時に、キラキラ輝いていた星脈も消えた。


 温泉には、沈みかけた夕陽の光が、ゆらゆらと落ちているだけだった。


「ルーク!」


 そう呼ぶと同時に、頭がクラッとした。


「あ……」


 リラは吐き気とめまいを感じ、這い上がるように温泉から出た。


「リラ? 大丈夫か?」


「……」


 頭が痛い……


「リラ?」


 答えられず、その場にうつ伏せる。


「リラ、入るぞ?」


 キリュウがデッキに出てくる足音が聞こえた。


「リラ!」


 キリュウはリラの姿を見ると、脱衣スペースのバスローブを持ってきてリラの体にかけ、そのまま抱き上げて部屋のベッドへ運んだ。


「湯あたりしたんだ」


 湯あたり……?


 リラにはなじみのない言葉だった。


「横になって冷やそう」


 キリュウは冷蔵庫から冷却剤を持ってきて、それをタオルで包み、横たわるリラの額にあてがう。

 そしてかけたバスローブでリラの体を拭いた。


「大丈夫か?」


「……うん」


 リラは深呼吸して額の冷却剤を取り、頬にもくっつけた。


 ──冷たくて気持ちいい。


「……ルークに、私のことを頼まれてるの?」


 キリュウは一呼吸おいて、淡々と答えた。


「あくまで任務だ」


 そしてグラスに水を入れて持ってきた。


「飲める?」


「うん」


 胸のバスローブを押さえて上半身を起こし、キリュウの持ってきたグラスの水を飲んだ。


 少し落ち着いた。


「着替えはデッキのカゴのヤツ?」


「うん」


「持ってくる。落ち着いたら念のため、ジアンにつないで診てもらおう」


 デッキへ出ていくキリュウの後ろ姿を見ると、裸のままここへ運ばれた恥ずかしさが急に込み上げてきた。


 迷惑をかけないようにしなきゃ。


 リラは自分を落ち着けるために、大きく深呼吸した。


 同時に、先ほどのルークの言葉を思い出す。


 〝異種族の気配がする〟


 それはいったい、どの種族なのだろうか──



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