CHAPTER 41 切れたリンク
【惑星Dahlia 南部 Elios】
「《王妃とは、星の血を継ぎ、王の星脈に応えし乙女である》」
ルークは古文書『King's Gate』の一文を棒読みした。
読み込みが足りないと長老に説教された。
こんな都市伝説本、誰が読み込めるかと思ったが……
「《王妃に宿る命は星の波を宇宙に広げる》」
この一文は、サンとルナが発する星脈波のことを指しているのだろう。
あながちハズレでもない。
《王妃は王の星脈を天地へ巡らせ、天路の旬に王の門を開く》
「また〝天路の旬〟か」
さらにパラパラとページをめくる。
《星脈は、惑星のエネルギーに乗る。
王はそれを読み、操り、宇宙の調和を図る》
「そんなことができたら苦労しない」
「バゥ! バゥ!」
窓の外からスピカに呼ばれた。
ルークは窓を開けて顔を出す。
「ちょうど良かった、読書に飽きたところだ」
窓の縁に前足をかけたスピカは、いつもなら、こっちへ来い、というように首を振る。
だが、なぜか今日は、窓から部屋の中へ入ろうとしてくる。
「なんだ、入りたいのか?」
「ワゥゥ」
「来い」
ルークはスピカの前脚の付け根を両手で持ち上げる。
「重っ! 重いわ、ほら早く上がれ……っ」
スピカは途中までルークに抱え上げられると、自力で窓の縁に登って部屋の中へ飛び降りた。
一週間前、L2-D2にアストラ族の書物をスキャンしたデータチップを渡すため、部屋にスピカを入れた。
また何か持っていこうとでも思っているのだろうか。
「バゥッ!」
「ん?」
ルークは、スピカのツノが、いつもとは違う淡いグリーンに発光していることに気づいた。
スピカはソファに上がって座り、何かを見つめるように静止する。
ルークはその隣に座った。
「ん……?」
リラだ……
リラがいる。
「温泉か……」
「バゥンッ!」
温泉は、Earthのエネルギーだ……
《星脈は、惑星のエネルギーに乗る》
だから、星脈の媒介になるのか。
「リラ」
星脈に乗せ、リラに声をかけた。
彼女は、露天風呂に入っている。
夕暮れ時の山間の温泉宿だ。
キラキラと白銀に輝く星脈が、彼女の白い肌をより一層美しく見せる。
「リラ」
ルークの声に気がつき、顔を上げる。
「会いたかった」
彼女は目を見開き、こちらに近づいた。
〈ルーク! どこにいるの?!〉
ルークは、ここEliosに漂着して、アストラ族の長老に発見されてからの二ヶ月間のことを、彼女に話した。
怪我でしばらく動けなかったこと。
その後も、アストラ族を守るために、ここから出られずにいること。
L2-D2を頼りに、軍への報告や脱出に向けて慎重にことを進めていることを話した。
そして話している最中、感じたことを伝えた。
「リラ、そっちから異種族の気配がする。それに気をつけろ」
カルザ族ではない。
その他の種族で、Earthにいる可能性がある種族はいくつか考えられるが、そのどれとも気配が違う。
「きみのことは、カイに頼んである」
リラのそばには、キリュウがいる。
「だからカイは、きみをそこに連れてきた」
〝この先、オレにもしものことがあったら、そのときは彼女を頼む〟
キリュウはあのときのルークの言葉を守っている。
「今は、カイに守ってもらうんだ」
彼女とサンを守るために、今は、それしかない。
〈ルーク……〉
温泉で温もり、ピンク色にほてった頬がかわいい。
自分の立場も、アストラ族のことも、本当は何もかも今すぐに投げだして、彼女を抱きしめに飛んで帰りたい。
そのとき、部屋のドアにノックの音がした。
「誰か来た」
ルークは後ろを振り返り、ふたたび彼女の方を向いた。
「愛してる。必ずきみと子どものところへ戻る」
それだけ言うと、星脈をシャットダウンして立ち上がった。
「入っていい」
ドアの外に向かって声をかけると、ドアを開けて姿を見せたのはアイラだった。
「ルークさま、元老院が集まっておりますので、お願いします」
元老院。
Eliosにおける重要事項を決定する、長老をはじめとする上層部の集まりだ。
そろそろ自分を解放する気になってくれたのか。
そうすれば、軍との対応も先に進められる。
ルークはアイラに促され、部屋を出た。
「スピカを頼む」
「かしこまりました」
元老院は、この家の離れに設けられた、簡易な造りの集会所に集まっていた。
「このところ、頻繁に他種族の航空機が近づいてくる」
長老の息子レグスが、さっそく一つの懸念を持ち出した。
「様々な技術を使い、この島をスキャンしている模様です」
捜索対象は、間違いなく自分だった。
「おそらく、オレを探している。このままでは、皆を危険に晒すかもしれない」
「ルーク様、あなた様は、我々の王だ」
長老がルークを見てそう話し始める。
「危険と言うのなら、我々もその運命を共にする」
長老は漂着したルークを発見し、〝王の帰還〟だと信じている。
事実、アルセリオンの息子だ。
だが自分にそんな器はない。
ここにきて、ますますそう思うようになった。
「しかし、我々には守るべき家族がいる」
レグスが長老に意見を述べる。
「ルーク様にも家族はおられる。このまま匿っていても、外部の干渉はますます強くなるばかり。互いにとって最善の選択をしなければ」
レグスのその言葉にほかの元老院もうなずく。
「父上、〝天路の旬〟を目前に、ルーク様が我々の前に姿を現されたことは、変革なのです。いつまでも外界と隔たりを持っていては、若者の可能性を潰していることにもなる」
「私がこのEliosの未来を潰していると言うのか」
長老はレグスの言葉に憮然としてそう答えた。
「父上、決してそのようなことは」
……この島は、この頑固じぃさんのおかげでこうなっているわけだ。
長老は、二十八年前の天路の旬とされる時期に惑星Eliosの消滅を予期し、ここに逃れたアストラ族の命を救った。
だからこそ崇められ、その意見は尊重されてきたのだろう。
だが、子を産み育てることが全てのように言うアイラのような若者を見ていると、このままではいけないと感じるのは、決してルークだけではないようだ。
「認めてくれるのならば、オレはいったん、ここから出たい。オレが起こした爆発は多くの種族に影響を与えているかもしれない。その打開策を講じなければ、アストラ族全体が悪者になってしまう」
それだけではない。
その責任をテラ族が問われる可能性も高い。
「それに……」
ルークはまだ話していなかった、ルナの〝居場所〟も明かすことにした。
いずれわかることだ。
隠していたと非難されるより、早い時期にここで言っておいた方がいい。
「オレの双子の子どもは、二人とも、妻のお腹の中にいるわけではない」
「と、言うと?」
長老がそう聞き返す。
「双子のうち一人は、カルザ族の神経リンク対策で、テラ軍主導のもと、妻との間に体外受精をした女の子だ」
元老院がざわめく。
そしてそのなかの一人が責めるように言った。
「神聖なアストラ族の命を、兵器代わりにするなど……」
非難されてもしかたがないかもしれない。
だが──
「決して兵器とは思っていない。妻が妊娠している子と同様の環境を、軍の医療施設で人工的に作りだし、厳重な管理の下、育てている」
会議室を、重苦しい沈黙が支配する。
窓の外から聞こえる波の音さえ、今は遠い世界の出来事のように感じられた。
「王妃だけならば、ここに呼べば良いと考えていたが……」
そうつぶやいた長老の深く刻まれた眉間の皺が、彼の苦悩の深さを物語っている。
「オレの子どものうち一人は、テラ軍で管理されている。どのみち、軍とは関わらなければならない」
「……わかった、最終決断をしよう」
長老は重い口調でそう締め括った。
【温泉旅館〝雅〟】
鳥のさえずりが聞こえる。
もう朝だ……
リラは、瞼を開けた。
カーテン越しの朝の光で、部屋の中は明るくなっている。
ゴソゴソと布団から抜け出し、パーテーションの向こう側をそっと覗いて見た。
キリュウはこちらに背を向け、まだ寝ているようだった。
良かった、先に目が覚めて。
温泉に入ろう。また、ルークが気づいてくれるかもしれない。
リラはキリュウを起こさないよう、静かに露天風呂のデッキに出た。
朝はだいぶ涼しくなり、空気は澄んでいて心地良い。
部屋着を脱いで、足の先から静かに温泉に身を沈める。
「はぁ……」
気持ちよさに思わず声がもれる。
と同時に、ふたたびリラの体から星脈が現れた。
リラは目を閉じて、ルークを呼んだ。
ルーク……気がついて……
しばらくそうしていたが、ルークからは何も返ってこなかった。
ただ、自分の指先がふやけていくのを見つめるだけの時間。
昨日のあの出来事は、夢だったのではないか──
そんな不安が、朝の涼しい空気と共にじわじわと胸に広がっていく。
「リラ?」
部屋のドアが開く音がして、キリュウの声が聞こえた。
「入ってるのか?」
「あ、うん、でももう上がる」
また湯あたりしてはいけない。
リラは脱衣スペースに移動し、体を拭きながら考えた。
温泉に触れて星脈が現れるのなら、他にも何かないだろうか。
そうそういつも温泉にばかりは入っていられない。
Earthのエネルギー……他に何があるか。
バスローブに身を包み、部屋に戻ると、フワッとコーヒーの香りがした。
部屋着のままソファに座り、コーヒーを片手にテーブルの上で開いたPCを睨んでいるキリュウ。
朝からよくあんな顔でPCに向かえるものだ。
「ねぇ、あなたも入ったら? お風呂」
せっかくなのに、仕事ばかりしていてはもったいない。
キリュウはリラの勧めには答えず、代わりに軍からの情報を告げた。
「ディラン族のAIが、地方部にも潜伏しているらしい」
「ディラン族のAIが?」
リラはキリュウの横にすわってPCを覗き込んだ。
「3Dで表示する」
キリュウはそう言い、ホログラムでテラ第81自治区の3Dマップを表示させた。
自治区内に、何か所か赤と青のピンが表示されている。
「このピンの位置がAIの位置?」
「ああ。グオによると、青はリンクがつながっているAIで、赤はリンクが切れているAIらしい」
リラは、今いる南部に注目した。
「このあたりに赤いピンが立ってる……」
「そうなんだ」
もしかしたら……
「昨日ルークが、〝温泉のオーラに紛れて、神経リンクを持つ他種族が隠れている〟って言ってたのは、この、リンクが切れたAIなんじゃないかしら」
キリュウは腕を組んで地図に立っている赤いピンを見つめた。
「可能性はあるな……ディラン族はこのマップのAIに、独自の信号で回収の通知を出しているらしいが、何らかのエラーで応答しないAIは直接回収に乗りだすそうだ」
ディラン族はテラ族に対して敵意はない。
ただ、リンク再構築のために、AIを回収するだけだろう。
だが、リラがAIのリンクを消滅させたルークの妻であることは、隠さなければならない。
「旅館の宿泊客にそれらしい人物がいないか、叔父に聞いてみよう」
「あ……」
リラはそこで、少し前に聞いたキリュウの祖母の話を思い出した。
「そういえば、おばあちゃんが、長期滞在のお客さんに、〝赤い髪のガイジンさん〟がいるって言ってたのよ」
「いつそんなことを?」
「えっと……」
あれは確か、トランスレクサーを祖母に見つけられたときだ……
「二、三週間前かしら」
ディラン族のAIは通常なら青い髪色をしている。
けれど何らかの異常がある個体は、それを示すために赤い髪色に変色するのだ。
「長期滞在ならずっといる可能性はあるな。レジデンス棟のほうを見てくるか……赤い髪なら目立つからわかるかも」
リラはキリュウと顔を見合わせてうなずいた。
それから、朝食を部屋ではなくレストランでとりたいと希望して、二人で部屋を出た。
ついでの散歩を装い、レジデンス棟の庭を歩く。
長期滞在用に使いやすいアパートスタイルになったレジデンス棟の庭には、利用客の姿がちらほら見えた。
ディラン族のAIがいるのなら、一目でわかるはず。
「ねぇ、もっとゆっくり歩いて」
リラは、早足で先を歩くキリュウのシャツを、後ろからつまんで引っ張った。
まるで任務で軍の中を歩いているようだ。
「……一応、新婚夫婦っていうテイなんだから」
キリュウは短く息をつき、リラの手を取り、ゆっくり歩き始めた。
迷惑かもしれないけど──
「もっと楽しそうな顔しないと、セイヤ叔父さんに見つかったら心配され……あ!」
リラはそこまで言って立ち止まる。
「なん……」
なんだ、と言いかけて止まるキリュウ。
赤い髪が、目の前を横切った。
背が高く痩せ型、白い肌に、テラ族のアジア人のような顔立ちの男性。
その髪は、わずかにピンクがかった赤い色をしていた。




