CHAPTER 39 メビウスの余波
~九月~
【惑星Earth テラ第1自治区 テラ軍本部 マザーズ・エコー管理室】
「ルナは順調に成長してるわ」
台座に設置され、中心にほんのりピンク色の光が浮かぶ楕円球体。
キリュウはかがんでそれを覗き込んだ。
第81支部に転勤以来、一ヶ月ぶりに訪れたテラ軍本部。
体外受精で生まれたルークとリラの娘ルナは、リラの胎内と同期しているマザーズ・エコーの中で、かろうじて人のような姿とわかるまでに成長していた。
まだ指先ほどの手が、ゆっくりと動いている。
ピンク色の光の中で暖かそうには見えるが、順調に成長しているかどうかは、担当医師のジアン・パクの説明がなければ全くわからない。
「ちょうどこれからリラの妊婦検診なのよ。呼びだすわね」
ジアンはそう言い、テーブルに置いた軍の腕時計型通信機器、リンクコムでリラを呼びだす。
すぐに3Dホログラムのリラは姿を見せた。
グレーのシンプルな半袖のワンピースを着て、実家の台所の椅子に座っている。
その膝では、すっかりなついている様子のキジ猫のニャン太が、自分の体を舐めていた。
『カイ、なんでそこに?』
彼女はキリュウの姿を見るなり目を丸める。
その声にニャン太もグルーミングをぴたっと止めて、こちらに顔を向けた。
「テラ軍戦没者慰霊碑の設立記念式典で来た」
三年前のカルザ帝国軍との戦闘で、命を落とした九千万人の慰霊碑だ。
広場に築かれた巨大なアーチ型のモニュメントは、朝日に照らされ、荘厳な姿を見せていた。
そのなかには、リラの養父母もいる。
『もう、完成したのね……』
リラはふいに思い出したのか、寂しげな顔をした。
「ここは慰霊碑広場のすぐ下だ」
『そう、そうだったわね』
奇しくもその直下に、カルザ族の脅威からこのEarthを守る存在が眠っている。
「式典が終わったから、ルナの様子を見にきたんだ」
リラは養父母への想いを吹っ切るように、ルナのことを口にした。
『ルナはどう?』
それにはジアンが答えた。
「元気よ」
そしてリンクコムをマザーズ・エコーに近づけ、ルナの様子をリラに見せた。
『一週間前に見たときより、ひと回り大きくなってる』
愛おしそうにルナを見つめるリラは、すでに〝母親〟の表情をしている。
「目や鼻や口……手足の指もできてきたわ。ほら、動いてる」
『うふふ、ホントだ……かわいい』
その横顔は、神々しいまでに美しく、キリュウの心を揺さぶった。
リラはひとしきりルナを見つめた後、顔つきを引き締めてキリュウを見た。
『……あなたは、一週間前と変わらないわね』
「え?」
なんだか不服そうだ。
『……ねぇ先生、私は本物の夫にも偽装の夫にも放置されてるのよ。どう思う?』
ジアンはクスッと笑う。
「とりあえず偽装の夫はそっちに行かせるわ」
キリュウは短くため息をついた。
「この一週間は特に忙しかったんだ」
『わかってるけど、メッセージくらいくれてもいいのに』
口を尖らせるリラ。
『さっきもイオリさんが来て、カイちゃん今度いつ帰るの? って聞かれたんだから』
実家には、リラを預けて以来まだ一度も帰っていない。
連絡はまめに入れるよう心掛けてはいるが、気がつけばそれも一週間空いてしまっていた。
「こっちの仕事が終わったら一度帰る」
『ニャン太、聞いた? 大将が帰ってくるんだってよ』
『ニャァ……』
〝大将〟というニックネームで呼ぶところから、すでにキリュウの実家に染まっている様子がうかがえる。
「それじゃ、診察を始めるから、あなたは外して。終わったらAKFに報告する」
「あぁ、わかった。頼む」
キリュウはそこでマザーズ・エコー管理室を出た。
厳重に警備された地下の一室からシンと静まり返った広い廊下を歩き、認証ゲートで虹彩認証を行い外へ出る。
今やルナの存在は、このEarthにとって最重要事項だ。
エレベーターで地上に出ると、歩き慣れた軍の敷地内をAKF対策室へと進む。
やはり本部は落ち着く。
「カイ!」
後ろから声をかけられた。
グオだ。
「一応、久しぶり!」
隣に並んで肩をポンと叩かれる。
「なんだ一応って」
歩きながら少し笑ってそう答える。
「ホロでは会ってるじゃん。でも生身は一ヶ月ぶりだからさ」
「生身、ね」
年下で階級も下なのに、このなれなれしい口調と態度を今では心地よく感じるのが不思議だ。
「リラのとこには帰ってるのかよ」
「いや、帰れてないから、今日、仕事が終わったら一度帰る」
「ふぅん……」
グオは何か意味ありげにそう言いキリュウを見る。
「なんだ」
「もうそのまま奪っちゃえば?」
「は?」
「リラのこと。その方がリラだって安心だよ」
何を言い出すのかと思えば……
「リラを実家に匿っているのは、最重要の任務だからだ。私情を挟める余地は一ミリもない」
グオに言っているようで、何より、自分にそう言い聞かせていた。
「それに彼女は、ルークを信じて愛してる」
その気持ちは揺るがないはずだ。
二人は、星脈につながれた運命のパートナーであり、そこに他人が入り込む隙などない。
「でも連絡取れないんじゃ意味ないじゃん。リラが言うように、ホントにルークが生きてるかどうかもわかんないしさ」
たしかにグオの言うことは一理ある。
しかし、だからと言って彼女を奪うなどできるはずはない。
「カイ、お疲れ様!」
AKF対策室のドアを開けると、すでに来ていたメイヴがこちらに片手を上げる。
そしてキリュウたちの後からすぐにニコライも入ってきた。
「お疲れ様、どうだ、81支部は」
「ああ、やっと慣れたかな」
第81自治区は故郷のはずだが、なんだかもう、ここがHOMEのような気がしている。
チームAKF(Anti-K Force)は一時解散になったものの、カルザ族の脅威が去った後、リラとその子どもたち、サンとルナを他種族から守るべく、ジアン・パクを加えて再結成された。
ジアンは実家のクリニックを継ぐために退職願を書いていたが、破格の報酬と引き換えに、軍に引き留められている。
彼女しかマザーズ・エコーを管理できる者がいないからだ。
「ジアンはリラの診察中だ。先に始めよう」
キリュウたちはそれぞれの席に着いた。
「ルークの宇宙船メビウスの自爆により影響を受けた惑星や種族は、今日までの調べで五惑星三種族」
グオがそう説明しながらホロPCの3D映像を立ち上げる。
「まず、惑星Zeroniaのカルザ族。神経リンク消滅。次に、惑星Dahliaのダリス族。Dahlia上空での爆発で、大気層にバリアのようなものが形成されている」
「バリア?」
キリュウはグオにそう聞き返した。
「メビウス爆発地点周辺から、継続的な位相波が観測されている。そのエネルギーがDahlia全体を覆う障壁を形成している可能性が高い。で、Dahlia外部からの通信、宇宙船の侵入ができない状態になっていて、ダリス族の宇宙外交に大きな影響が」
ピンク色の靄に包まれている惑星Dahlia。
3Dホログラムのその姿に変わりはないように見える。
「爆発の残留エネルギーか?」
キリュウは美しい惑星Dahliaに視線を向けたまま、誰にともなくそうつぶやく。
「そう、考えられてた」
グオは答えると、キリュウを見た。
「けど変なんだ」
「変とは?」
キリュウもグオに顔を向ける。
「通常なら衰退するはずだろ。それが二ヶ月経っても出力が落ちてないんだ」
眉をひそめるキリュウに、ニコライが口を開いた。
「むしろ微増している。どこかに継続的なエネルギー源が存在する可能性がある」
継続的なエネルギー源、か──。
やはりそれは、ルークなのか。
「ダリス族側も調査中だ」
「通信はできないんじゃないのか」
キリュウの問いにわずかにうなずくニコライ。
「外部からDahliaに通信はできない。けど、Dahliaからの通信はバリアを抜けて出てくるんだ。船や物資も同じ状況だけど、カルザ族からの報復を恐れてバリア外には出られない状況らしい」
あくまでも、外からの攻撃に対するバリアになっているわけか。
「グオ、あと一つの種族を」
ニコライの言葉に、グオはホロPCを操作し、緑色の惑星の3D映像を出した。
「Dylanか……」
キリュウがそうつぶやくと、グオはうなずいた。
「惑星Dylanのディラン族」
ディラン族は少数民族で、惑星Dylanの地底環境に適応した結果、紫外線や宇宙放射線に対する生体防御機能が極端に弱くなった。
他の種族なら耐えられる程度の放射線量でも深刻な細胞損傷を受けるため、彼らは地底で暮らしている。
そのため、地上や宇宙へはAIを使って外交を行う。
クローン技術で生まれたヒューマノイドに、AIの頭脳を搭載したハイブリッドだ。
独自のリンクでつながれ、正常に機能しているAIは原色に近い鮮やかな青い髪色をしている。
「大半のAIからリンクが消失。だからディラン族もDahlia周辺の観測データを欲しがってる。AIのリンク消滅と関連があると思ってるんだろうな」
ディラン族はカルザ族のように好戦的な種族ではないが、高度な知能を持つため、敵には回したくない。
「メビウスの爆発時、DylanにいなかったAIにはリンクが残っている個体もあって、そのAIを中心にリンクの再構築を試みているらしい」
「Earthにもいるのか」
「らしい。AI回収のために、近いうちにその位置情報が提供される」
「ま、ディラン族はカルザ族と違って、我々テラ族とは友好関係ではある」
グオの後にニコライが続ける。
「AIのリンク消滅は彼らにとって深刻だ。我々としても、可能な限りの協力は惜しまない方向だ」
ルークはアストラ族の末裔であると同時に、ここEarthに戸籍のあるテラ族だ。
メビウスの自爆の責任をテラ族が問われてもおかしくはない。
「大きな影響を受けているのは、その三つの種族だな。あと二つの惑星にヒューマノイドはいない」
グオがそうまとめた。
メビウスを自爆させ星脈エネルギーを拡散したのは、アストラ族最後の王だったアルセリオンの息子。
その事実は、この天の川銀河オリオン腕の種族に知れ渡っている。
そしてひそかに──
その血を継ぐ子どもを身ごもっているテラ族女性が、今、Earthにいる。
そのとき、リンクコムの通知音がした。
キリュウは視線を腕に下げた。
「パク・ジアンだ。リラの検診の報告だろう。つなぐ」
キリュウの言葉にAKFメンバーは無言で同意した。
『お疲れ様です』
3Dホログラムで白衣のジアンの姿が現れた。
『リラの体調はいいわ。お腹の中のサンも順調に育ってる』
その言葉に、会議室を安堵の空気が包む。
だがジアンは、少し首をかしげて先を続けた。
『むしろ──』
キリュウはすかさず聞き返した。
「むしろ?」
AKFメンバーはジアンに注目する。
『星脈波が強くなってる。マザーズ・エコーのルナとホログラム越しに対面しただけで、まるで共鳴するようにルナの心音が強くなるのよ。リラ自身も、自分に満ちるそのエネルギーを感じている、と──』
数秒の沈黙が会議室にたたずむ。
考えていることは、おそらくみんな同じだ。
強くなる、見えない力、星脈。
その発信源は、一人しかいない──




