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星脈のネクサス  作者: RIOKA
Season1〜The Awakening〜
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14/19

CHAPTER 13 カーディスの蚊

【テラ軍本部 AKF対策室】




「バイオドローン?」


 キリュウが低く聞き返した。


「おそらく、それを使ってテラ族に神経リンクを張るつもりだ」


 ルークの言葉に、室内の空気がわずかに張りつめる。


「リラ、聞いたことある?」


 メイヴに呼ばれ、リラはゆっくりと顔を上げた。


 バイオドローン。


 ──どこかで聞いた。


 記憶の奥に、引っかかる。


「……ゼノンの部下のカーディスという人物が中心になって開発していた、生物兵器かもしれない」


 口にした瞬間、嫌な感覚が背筋を走った。


 三年前の戦いで、カルザ族は学んだはずだ。正面戦闘では勝てない。


 ならば──別の手段で来る。


「その話、いつ聞いた?」


 キリュウの声に、リラは眉を寄せた。


「……思い出せない」


 けれど、確かに知っている。


「検索をかけるか」


「……〝カーディス〟でお願い。たぶん、その方が引っかかる」


「ホロONE、検索〝カーディス〟」


 ホロONEが起動する。


 だが表示されたログには、すべて同じ警告が並んだ。


 〝Warning: Sensitive(センシティブ) Content(コンテンツ)〟


 ──やっぱり。


 胸の奥が、わずかに冷える。


 見せたくない記憶。


 見せられない記憶。


 ……ゼノンと、いたときのものだ。


「ごめん……少し、一人で確認していい?」


 キリュウは何も言わずうなずいた。


 ルークの方を見ることができなかった。


 あの記憶を辿るとわかっていて、平然と顔を向けられるほど、強くはない。


「ホロONE、ミタライX737723、脳内再生」


 目を閉じる。

 意識の奥で、世界が切り替わる。

 記憶の持ち主の頭の中だけで、その場面は再生される。




 最初に現れたのは、広場だった。


 ああ、あのときか……


 ざわめく群衆。

 中央には処刑台。


 〈カーディス様が処刑を……〉


 誰かの声が耳に入る。


 人々が見守るなか、看守に引っぱられ、背後をチェーンでつながれた三人のスパイが姿を見せる。

 手枷《てかせ》と首輪で拘束されたまま、それぞれ処刑台の上に引き上げられた。


 カルザ帝国を統制するための〝見せしめ〟が始まる。


 〈あの……〉


 リラは隣の男性に話しかけた。


 〈あの、後ろにいる方がカーディス様ですか?〉


 黒い仮面。

 怪物のように大きな体。

 その姿は人に恐怖と威圧を感じさせる。


 〈ああそうだよ、その後ろに座られているのが、ゼノン様だ〉


 リラは、このとき初めてゼノンの姿を見た。


 カーディスの姿が強烈で、ゼノンにはソフトな印象すら抱いた。

 がしかし、よく見るとその目は鋭い。


 あの人になら、近づける気がする……


 リラはこのとき、ゼノンに近づくことを決めた。


 〈罪状〉


 カーディスが処刑台のそばに立つ。


 〈この者たちは、祖国の利益のために我々カルザ族にスパイ行為を働いた。ここに、量子分解刑に処する〉


 カーディスの合図の直後、処刑台の3人は突然悲鳴を上げ、苦悶《くもん》の表情で顔面を痙攣《けいれん》させた。


 その顔はしだいに崩れていき、人間の〝顔〟ではなくなり、〝声〟ですらなくなる。

 ドロドロと崩れ落ちる全身が処刑台の上を覆う。

 生臭く強烈な臭い。


 ……だめだ。


 吐き気がこみ上げた。




「リラ?」


 現実の声。


 肩に触れる手。


「ホロONE、停止……」


 かろうじて声を絞り出し、口元を押さえる。


 ここは、見るべきじゃなかった。


「大丈夫か」


 背中を撫でるルークの手が優しい。


「ごめんなさい……大丈夫」


 ベッドの中だと思っていたのに違った。


「カーディスが、公開処刑を行うところだった……」


「公開処刑?」


 聞き返すルークにうなずく。


「民衆の前で、受刑者を量子に分解する刑なの……」


 それを聞いたグオが声を上げる。


「うえっ、グロい」


 リラは深呼吸した。


「スパイに対する刑で、見せしめだったのよ」


 リラは息を整えた。


 あのとき、思った。

 ──バレたら、死のう。


 だから、ゼノンを愛していると、そう思い込むしかなかった。

 恐怖も、嫌悪も、全部押し殺して。

 そうしなければ、自分を保てなかった。


「無理して見なくていい」


 静かに響くルークの声。


「きみが確認しなくても、バイオドローンのことは調べればいい」


 ──いや、でも、見なければ。


 リラには、他のメンバーのように、何か秀《ひい》でた能力があるわけではない。


 自分がいまチームの役に立てるとすれば、スパイとして潜入していたこと。

 そして、ゼノンの最も近くにいたこと。

 その経験だけだ。


「もう大丈夫よ、他の記憶を見るわ」


 リラはルークにそう言うと背筋を伸ばした。


「ホロONE、脳内再生再開」


 ふたたび目を閉じる。




 〈あぁ……ノヴァ……〉


 ──きた。


 ベッドの中でゼノンはノヴァの体に覆いかぶさる。


 ──見せられない。


 〈カーディスを……どう思う……〉


 〈大きくて怖いわ……〉


 ゼノンはかすかに笑みを浮かべた。

 だがその指先が、一瞬だけノヴァの肌を強く掴んだ。


 〈私は怖くないのか……〉


 〈あなたは……愛する人だもの……でも……〉


 〈でも……?〉


 ノヴァはゼノンの顔を包み、唇を重ねる。


 〈あなたと離れるのが……怖い……〉


 ゼノンはその言葉に、わずかに目を細めた。


 〈ずっと、こうしていて……〉


 〈ずっとこうしている……〉


 そう応えながら体を起こす。


 だがその視線が、一瞬だけ扉の方へ流れる。


 ──誰かを、気にしてる?


 腰の動きがわずかに荒くなる。


 〈侵攻は、あの大男に任せて……〉


 いつもの余裕が、陰をひそめる。


 ゼノンはノヴァの耳元に顔を寄せた。


 〈ノヴァ……おまえは、カーディスの蚊に刺されぬよう、気をつけろ……〉


 その囁きは甘いのに、どこか、警告のようでもあった。


 〈あの大男に……意のままに操られ、好きに弄《もてあそ》ばれてしまうぞ……〉


 冗談か、それとも──


 ほんの一瞬、ゼノンの瞳が揺れた気がした。


 ゼノンは、カーディスを優秀な右腕としながらも、たまにその存在に怯えているようなそぶりも見せた。




 リラは目を開けた。


「……蚊よ」


 つぶやくように言う。


 全員の視線が集まる。


「カーディスの〝蚊〟に刺されると、操られるって」


 キリュウが眉間にしわを寄せて聞き返す。


「蚊……?」


「バイオドローンの正体だな」


 ルークの声に、リラはうなずいた。


「媒介させて神経リンクを張る」


「じゃあ、刺されたらアウトか……」


 めずらしく張りのないグオの声。


 沈黙。


 それを破ったのは、キリュウだった。


「……クドウ」


 いつもと行動が違う人間だ。


「ああ、あの、二日間姿を消してたハンドラー?」


 ニコライがそう聞き返した。


「突然二日も休暇を取るようなヤツじゃない。しかも理由もあいまいだった」


「そのハンドラーは監視する必要があるな」


 ルークの言葉にキリュウはうなずいた。


「各部のトップに、いつもと様子が違う者がいないか確認するよう通達を出す」


「カルザ族に神経リンクで操られている最中は瞳孔が拡張するわ」


 リラはメンバーにそう言った。


「リンクが開通すれば瞳孔が拡張するということ?」


 メイヴの質問にリラは首を横に振る。


「開通しただけでは変化はない。精神を乗っ取られると瞳孔に表れるの」


「各自、自分の周囲の人間にも注意を払おう」


 キリュウの言葉に全員がうなずいた。


 カルザ族の動きはまだないと思っていた。


 ──でもそれは違う。


 水面下で侵攻は確実に進んでいる。





【装備開発訓練室】




 そのあとキリュウはロベールに報告へ行った。

 残るメンバーは、AI戦闘ロボットの訓練だ。


 金属と油の匂いが、わずかに鼻を刺す。


 壁際に並ぶロボットスーツを前に、リラは足を止めた。


 ──これを、着るの?


 人の形をなぞる細いフレームに、透明の幕が張られているだけのように見える。

 とても安全そうには見えない。


「基本は簡単だ」


 グオが気安く言う。


「着て、同期して、動く。それだけ」


「それだけって……」


 思わず声が漏れる。


「やってみるから見てて」


 グオはフレームの背部ユニットを操作する。

 カチ、と小さな音を立てて、装置がわずかに開いた。


「後ろから入る。足、腕の順で合わせる」


 メンバーが見守るなか、グオはフレームの中に足を踏み入れ、続けて腕を通す。

 背部のフレームが閉じて、グオの身体とロボットスーツが一体化した。


「おぉ、かっこいいじゃん、私たちもやりましょ」


 メイヴは楽しそうにグオの隣のロボットスーツに近づき、ニコライもそれに続いた。


 ……ああ、絶対、苦手なやつだわ。


 躊躇《ちゅうちょ》するリラにルークが声をかける。


「おいで、一緒にやろう」


「……うん」


「服を着ると思えばいいんだ」


 ルークはライフルの訓練でもそんなふうに簡単に言った。


「ほら、ここに足入れて」


 片足を上げようとするとルークが腕を差し伸べた。

 リラは彼の腕につかまってフレームの中に右足を踏み入れる。


 ひやりとした金属の感触が、ブーツ越しに伝わった。


「左足と同時に両腕を通せばいい」


「う、うん……」


 言われるままに左足を入れながら両腕を通す。

 すると背部のフレームが閉じて身体が包み込まれた。

 固定具が静かに締まり、逃げ場を失うような感覚だ。


「ルークが入ったら同時にリンクを開始する」


 グオの言葉にルークも手際よくロボットスーツに身を収めた。


「よし、リンクを開始する」


 次の瞬間。


 視界の奥が、ぱちっと白く弾けた。


「……っ」


 遅れて、体の内側に何かが流れ込んでくる。

 電流のような、しかし痛みはない。

 神経の一本一本に触れられるような、奇妙な感覚。


 指先が、勝手にわずかに動いた。

 自分で動かしたのか、それすらあいまいだった。


「わぁ、すごい。自分の体が自分の体じゃないみたい」


「おもしろいな、これ」


 メイヴとニコライは話しながら体を動かす。


 グオは左腕のパネルを確認した。


「同期率、問題なし」


 リラはゆっくりと手を握った。

 ぎし、と小さな駆動音が鳴る。


 それだけの動作なのに、普段とは違う。

 軽くて、強い。


「……なにこれ」


 思わず、笑みがもれた。


「おわっ、持ち上げるな!」


 グオの声に顔を上げると、ルークがグオの体をバーベルのように頭上に担ぎ上げていた。


「投げてみていい?」


「ダメ!」


 ルークはそのまま思いきりグオの体を遠くに投げた。


 グオの体は吹っ飛んで訓練室の壁に激突するも、見事なフォームを描いて床に着地。

 そのままの勢いでルークに突っ込んで体当たりし、今度はルークの体が飛ばされ、反対側の壁に激突する。


 息を吞む三人の前で、ルークは落下するとそのまま床をくるくるっと二回転して、すっと立ち上がった。


「これ……おもしろいな」


 そう言って自分の体を見下ろす。


 その時だった。


 全員の腕のリンクコムから一斉に緊急通知音がした。


「なに?」


 同時にリンクコムに注目する。


[【緊急】戦闘宇宙艦タナー、東部砂漠地帯に墜落。全員、直ちに緊急配備に就け]


「タナーが?」


 ルークが声を上げ、メンバーは顔を見合わせる。

 さっきまでのお遊びムードは瞬時に消えた。

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