CHAPTER 12 侵攻計画と感情のあいだ
【惑星Zeronia カルザ帝国軍基地 司令部】
テラ族の女医の姿が3Dホログラムで浮かんでいる。
『ゼノン様……』
黒縁メガネの奥の瞳孔は開ききっている。
神経リンクで完全につながっている証だ。
『アリア・カトウの生体データに一致する人間は、やはりテラ軍には存在しませんでした。可能な限り、民間のデータにもスキャンしております』
焦点の合わない目のまま、女医は報告を続ける。
「生体データはいくらでも偽装することができる」
ノヴァはテラ軍にいる。
「この一ヶ月で大きく生体データを変えた人物がテラ軍にいないか調査しろ」
『はい』
「それから、アストラ族の男はどうなっている」
『はい、着任して以降、神経リンク切断術を行ったとの話があります』
「なんだと?」
──それがノヴァだ。
「その患者を特定しろ」
『承知いたしました』
そこまでで女医とのNPリンクを終了した。
「カーディス」
『お呼びでしょうか、ゼノン様』
呼びかけに応じて、別のホログラムが立ち上がる。
「バイオドローンの状況は?」
『テラ軍に搬入された百機を起点に、各主要自治区へ展開済みです。現在もリンクは拡張中。このまま進めば、一ヶ月以内にEarthの基幹システムを掌握可能かと』
──順調だ。
Earthはもう侵されているはずだ。
神経の奥から、気づかぬままに。
「引き続き慎重に進めろ」
『はっ』
カーディスとのリンクを終了する直前、ゼノンはエリュシアのリンクの気配を一瞬感じた。
「……?」
──カーディスのところにいるのか?
完璧なはずのこの計画に、かすかな綻びを感じた。
……まぁ良い。あの女は司令官の座に着くための道具に過ぎない。
ゼノンの関心は、ただ一つ。
ノヴァの行方だった。
それは星脈の力を手に入れるためか。
それとも──
私的な感情なのか。
*
【惑星Dahlia 北東部】
ルークは、医療物資の取引で惑星Dahliaに来ていた。
なかなかフリーランスというのは忙しい。
宇宙船という〝城〟のローン完済まではまだ先が長い。
今日の取引は無事終了。
患者であるトニーの家で、夕食をごちそうになっているところだった。
「こんな美人な奥さんの手料理、いつも食べられて幸せだ」
ルークは隣に座る一家の主、クレアスにそう言った。
ひときわ濃く青く、ぶあつい肌。
その体の横幅は、ルークの倍はありそうだ。
「はっはっはぁ! 先生は口も上手い」
豪快に笑う声も大きい。
「なぁに言ってんだい、相変わらず調子のいい男だよ。ほら、もっと食べな」
妻のマリアは呆れたように言いながらも、皿に料理をどんどん盛ってくる。
ひとあし先に食事が終わった子どもたちは、騒ぎながらダイニングテーブルの周りを走り回っている。
「こら! 走り回るんじゃないよ、もうあっち行きな」
マリアは0歳児を片腕に抱いて席を立ち、騒ぐ子どもたちをリビングへ行かせる。
フリーランスも忙しいが、肝っ玉母ちゃんはもっと忙しそうだ。
「トニーがまた走れるようになったなんて、夢みたいだ……」
兄弟とはしゃぐトニーを見つめ、父親のクレアスは目を細めた。
「これも先生のおかげだ。さぁ、食べてくれ」
初めて出会ったとき、トニーは、カルザ族に神経リンクを張られたことによる後遺症で、脳神経に極小の腫瘍を発生させていた。
歩くことが困難で、言葉も出ず、ただ母親の服を握るだけだった。
クレアスはこの星の名物、巨大オタマジャクシの姿煮をほおばる。
「うまっ。今年のオタマジャクシは脂が乗ってる。ほら、先生も食べてくれ」
──仕方ない。
これが異文化交流というものだと心得ている。
ルークはすすめられるまま、巨大オタマジャクシの姿煮にかぶりつく。
「うん……確かに旨味が去年のより強いな、最高」
とは言ったものの、去年のオタマジャクシの味は知らない。
「ところで、アストラ族について妙な話を耳にしたんだが……」
「アストラ族?」
ルークは一応、グオが聞いてきた都市伝説の裏付けを取ることにした。
「先週、Earthの外来宇宙船ポートで、〝アストラ王族の僕〟を名乗る、ダリス族のじぃさんを見たってヤツがいて」
それを聞いたクレアスは、もぐもぐ動かしていた口を止める。
ルークはグオがやっていたように、両手を上にあげた。
「〝われらのアルセリオンさま、あなたが遺した偉大な民は、もうじき目醒めのときを迎えるのです〟」
固まるクレアス。
「……とかなんとか、言ったらしい」
ルークは腕を下ろした。
……グオのヤツ。
余計なことを吹き込みやがって。
言ったことを後悔した直後、マリアがリビングから声をあげた。
「あんた、やだよ」
そしてこちらへ戻って来た。
「ああ……」
クレアスは頭をかかえた。
「それ、ジィジだよ。そうだろ?」
トニーがルークの後ろからそう言った。
「え? ジィジ?」
ルークは振り返ってトニーを見た後、クレアスにどういうことかと目で訴える。
クレアスは大きなため息をついた。
「そりゃオレの親父だ」
「ちょっとその、認知症でさ……」
マリアはうなだれるクレアスを横目に事情を話し始めた。
「先週、施設から脱走しちゃって……Earthで保護されたんだ。たぶん、そのときの一部始終を見られたんだね」
認知症患者だったとなると、メイヴの言うとおり、都市伝説にもならない。
「ジィジはすごいんだよ」
ルークの隣に来たトニーは自慢げにそう言った。
「アルセリオンの家来だったんだから」
「アルセリオンの家来?」
クレアスとマリアは呆れたような顔をしている。
「そうだよ、〝王の短剣〟を持ってるんだ」
〝王の短剣〟
胸の奥がざわめく。
知らないはずの言葉なのに、妙に引っかかる。
──なぜだ。
「はいはいわかったよ、もういい、あっち行ってゲームでもしてな」
「ホントだってぇ」
「おいトニー、早く続きやろうぜ」
「うん」
トニーは兄に呼ばれてリビングへ行ってしまった。
クレアスは、ふたたびため息をつく。
「認知症もあるし……もう、あんまり長くないんだ」
「そうなのか……」
ルークは、あまり触れてほしくなさそうなクレアスの態度に、それ以上のことは訊かずに話題を変えた。
「ああ、そう言えば……」
ルークが違う話を始めると、クレアスはもう一匹、巨大オタマジャクシを口に入れる。
「ダリス軍はもうカルザ帝国軍に統合されたのか」
どちらかというと、そっちの方が探らなければならないことだ。
「ああ、なんか……」
クレアスはオタマジャクシを咀嚼してごっくんと飲み込んだ。
「黒い仮面かぶった大男が来たぜ」
そこまで言うと声をひそめる。
「……先生に言おうと思ってたんだけどさ」
そしてルークの耳元に口を寄せる。
「Earthに侵攻する計画があるらしい」
ルークは視線だけクレアスに向ける。
「Earthに?」
クレアスはうなずいた。
「悪いことは言わない。Earthには近づくな。先生はこっちでも生活できるだろ」
確実に計画は進んでいる。
ルークは確信した。
「仮面の大男が、バイオドローンってヤツを仕掛けるって上と話してるのを盗み聴きした」
「バイオドローン?」
初耳だった。
「くわしくは知らんが、ま、生物兵器みたいなもんだろ。そいつで神経リンクを広げるつもりだ」
「へぇ……そりゃ物騒だな」
ルークは、いつものように、あまりEarthには興味のないそぶりをした。
実際、今までは興味がなかった。
もう、たった一人の守るべき母親もいない。
でもなぜか、ルークの脳裏には、リラの笑顔がうかんだ。
いや……違う。
彼女は、敵司令官の愛人になりすますような女だ。
守るような相手じゃない。
「どうした?」
考えこむルークに、クレアスが声をかけた。
「ああ、いや……オレも一応テラ族だから、帰りは用心して船を遮蔽しなきゃなと思って」
「ま、民間の宇宙船に対してはまだゆるいはずだ。通行料金で儲かるからな」
ルークは食事を済ませると、トニーだけではなく、ほかの子どもたちの健康状態も見てやると、一家を後にした。
【宇宙船 メビウス号】
『おかえりなさいませ、ご主人さま』
船に戻ると、いつものようにL2-D2がルークを迎えた。
「変わったことはないか」
敵に動きをマークされないよう遮蔽して来てはいるものの、ゆだんは禁物だ。
『特段ございません。早速離陸いたしましょう。シートにご着席を』
「わかった」
惑星Dahlia第六宇宙船ゲートが開き始める。
離陸許可の合図だ。
『本日は有料航路にいたしましょう、安全です』
「そうだな、任務中だ」
虹色パンチに領収書をもらうのを忘れないようにしないといけない。
そう思ったところでヤツのパトロール船が見え、ホログラムでその派手な姿を現した。
『よっ、ルークのあんちゃん。あんたの船は今日も異彩を放ってるねぇ』
「そりゃどうも」
そこから突然、虹色パンチは上品ぶった声色を使い、アナウンスを始めた。
『本日も、我がカルザ帝国領域の有料航路をご利用いただきまして、誠にありがとうございます』
「なんだそのクソ丁寧な挨拶……」
ルークは思わず顔をしかめた。
『オレだってやりたかねぇよ、こんな挨拶』
すぐにいつものダミ声に戻る。
『態度が良くねぇってクレーム入れたヤツがいてよぉ。ったくヒマ人が多くて困るぜぇ』
それは、わからなくもない。
ルークはいつもどおり支払いを済ませると、忘れてはならないことを口にした。
「領収書、頼む」
『おぉ、宛名はどうする?』
〝テラ軍様〟
とは口が裂けても言えない。
「空白でいい」
『あぁん? なんかマズイところに出すんじゃねぇだろうなぁ』
ルークはニヤッと笑った。
「女だ」
すると虹色パンチもニヤッと笑い返す。
『なるほどねぇ、色男は羨ましいねぇ』
「端数はチップだ、とっとけ」
『毎度あり、色男』
ここはチップでも渡しておく。
余計な詮索はされたくない。
『虹色パンチさま、領収書は確かに受信いたしました』
『おぅ、ドラム缶、おまえも忙しいな』
『いえいえ、虹色パンチさまほどではございません』
『あ、そうだ』
虹色パンチは何かを思い出したようにそう言った。
『この先に超新星残骸の渦ができてるエリアがあってよ。最近人気の映えスポットだ。時間があれば寄ってみりゃいい。その女に見せてやりな』
虹色パンチはニヤニヤしながら通信を切った。
『虹色パンチさまより、超新星残骸の座標が送られてきております。いかがいたしますか?』
「あいつの言うとおり、領収書を出す女に見せる」
『なるほど、かしこまりました。ではこの座標に到着次第、リラさまにホロセルを発信いたしましょう』
相手がリラなのを瞬時に理解するところが、さすが専属AIコンシェルジュだ。
虹色パンチが指定した座標には十分ほどで到着した。
人気の映えスポットと言うだけあり、何隻かの小型宇宙船が見える。
「リラ」
ルークはホロセルに向かって呼びかけた。
ピンク色の光がふわっと波打つように広がる。
『ルーク』
すぐに応答する、ここちよい声。
その姿が3Dホログラムで現れた。
『もう仕事終わったの?』
ピンクのモコモコした部屋着でベッドに座っている。
連絡を待っていた顔だった。
ルークは一瞬だけ視線をそらし、軽く咳払いをする。
「終わって宇宙域に出たところだ。通行料金徴収をしてるヤツに、最近人気の映えスポットを教えてもらったから、きみにも見せようと思って」
『映えスポット?』
ルークは船内の電気を消した。
コックピットの窓部が広がって、天窓とひとつにつながる。
するとそこには、一面に美しい色を織り成す星雲が見えた。
『すごい……』
リラは背筋を伸ばして目を見開く。
ピンクや濃紺、黒、青、紫……
さまざまな濃淡の光が溶け込むように渦を巻いている。
中心部は周囲よりもはるかに強い重力で歪められているはずだ。
時間の流れさえ均一ではない。
「きれいだな……」
『うん、すごくきれい』
彼女は、うっとり星雲を見つめた。
『私もそこで一緒に見たい』
そしてルークに満面の笑みを見せる。
それって、もう……
「じゃ、今度一緒に来よう」
ルークは目を細めた。
『うん』
そういうことだろ。
ルークは少しの間そこでリラと星雲を眺めた。
今日もまた、踏み越えるべきではない一線が、わずかに曖昧になった。




