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【連載版】悪役令嬢に転生したけど前世で弁護士だったので第一皇子を訴えます!  作者: 雪丸


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26/43

26条 束の間の休息

 第二皇子派への協力を正式に約束してから一か月ほどが過ぎていた。

 王都では貴族たちの思惑が複雑に絡み合い、水面下では王位継承を巡る駆け引きが激しさを増している。

 そんな中、ある朝。

 ヴィオレッタは執務室で書類に目を通していた。

 コンコンと、扉が叩かれる。


「お嬢様、王城より使者が」


「またですか」


 ヴィオレッタは小さくため息を吐いた。

 最近はセドリックからの呼び出しも増えている。

 第二皇子派の方針確認、協力貴族との調整、情報共有。

 どれも重要な案件だ。


「今回は何の件でしょう」


「それが……」


 侍女が困った顔をする。


「殿下より『明日は予定を空けてほしい』とのことです」


「……それだけ?」


「はい」


 ヴィオレッタは眉をひそめた。

 内容が曖昧すぎる。

 むしろ嫌な予感しかしない。




 翌日。

 ヴィオレッタは指定された場所へ向かった。

 王都の南門。

 そこには平服姿のセドリックが立っていた。

 いつもの王族用の正装ではなく、濃紺の外套に白いシャツという比較的ラフな格好だ。

 周囲には数名の護衛がいるだけ。


「お待たせしました」


「いや、私も今来たところだ」


 そう言うセドリックの表情はどこか楽しそうだった。

 ヴィオレッタは嫌な予感を強める。


「殿下」


「何だ」


「今日は何のご用件でしょう」


「王都の視察だ」


「本当ですか?」


「本当だ」


「絶対に何か隠していますよね」


「失礼だな」


 セドリックの否定は弱かった。




 二人は王都の中央市場へ向かった。

 普段は護衛や側近に囲まれているセドリックだが、今日は比較的人目を避けている。

 そのため周囲の人々も彼が第二皇子だとは気付いていない。


「こうして歩くのは久しぶりだな」


 セドリックが呟く。


「王族ですから?」


「ああ。気軽に街を歩くことはあまりない」


 ヴィオレッタは少し意外に思った。

 セドリックは常に余裕があり、何でもこなせる人物に見える。

 だが当然ながら王族として多くの制約を抱えているのだ。


「では今日は貴重な休日ですね」


「休日か」


 セドリックは少し考える。


「そう呼ぶのも悪くない」


 市場では様々な商品が並んでいた。

 果物、香辛料、衣服、工芸品。

 王都でも有数の賑わいを見せる場所だ。


「ヴィオレッタ嬢」


「はい」


「これをどう思う」


 セドリックが手に取ったのは猫の木彫りだった。


「可愛らしいですね」


「そうか」


 セドリックは真剣に観察する。


「……殿下」


「何だ」


「それも視察ですか?」


「もちろんだ」


「何のです?」


「猫の人気調査」


「初めて聞きました」


 思わず吹き出してしまう。

 セドリックも珍しく笑った。




 昼過ぎになり、二人は人気のカフェに立ち寄った。

 テラス席からは王都の街並みが見える。


「こうしていると」


 ヴィオレッタが紅茶を口にする。


「普通の貴族令嬢と貴族の青年のようですね」


「そうだな」


「たまには、悪くありませんね」


 ヴィオレッタは窓の外を見る

 静かな声だった。


「……そうだな。自分の立場を忘れられる時間というのは貴重だな」


 ここ最近ずっと張り詰めていたせいだろう。

 その横顔はどこか柔らかかった。




 夕方。

 二人は王都の外れにある丘へ向かう。

 そこは街全体を見渡せる場所だった。

 空は夕焼けに染まり始めている。


「綺麗ですね」


「ああ」


 風が吹き、ヴィオレッタの金髪が揺れた。

 しばらく二人は何も話さない。

 ただ景色を眺める。

 やがてセドリックが口を開いた。


「ヴィオレッタ嬢」


「はい」


「今日は楽しかったか?」


 その問いにヴィオレッタは少しだけ目を丸くする。

 まるで少年のような質問だった。


「そうですね」


 少し考えてから答える。


「楽しかったです」


 セドリックは小さく笑った。

 心から安心したような笑みだった。


「それは良かった」


「殿下は?」


「私か」


 彼は夕焼けに染まる王都を見つめる。


「久しぶりに、王位争いのことを忘れられた」


 セドリックは常に戦っている。

 兄アシュレイとの争い、貴族たちとの駆け引き、そして、未来への責任。

 だが今日は違った。

 ただ一人の女性と街を歩き、笑い、景色を見た。

 それだけだった。

 しばらく沈黙が流れる。

 そしてセドリックは意を決したように口を開いた。


「ヴィオレッタ嬢」


「何でしょう」


「今日のこれは」


 珍しく少し言葉に詰まる。

 冷静沈着な第二皇子がだ。


「視察という名目だったが」


「はい」


「……私としては、デートのつもりだった」


 ヴィオレッタの思考が一瞬止まった。

 夕焼けが頬を赤く染めているのか、それとも別の理由なのか、自分でも分からない。


「殿下」


「何だ」


「それは先に言うべきでは?」


「断られたら困ると思った」


 ヴィオレッタは思わず笑ってしまう。

 こんなセドリックは初めてだった。

 王族でもなく、政治家でもなく、ただ一人の男性だった。


「でしたら」


 ヴィオレッタは少しだけ微笑む。


「次は最初からデートだと仰ってください」


 セドリックは目を見開いた。


「つまり……?」


「セドリック様からのお誘いならお断りはしません」


 普段どんな交渉にも動じない第二皇子が、ほんの少しだけ表情を崩した。

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