25条 試されるセドリック 後編
ヴィオレッタがわずかに目を伏せた。
この問いこそが本題だった。
綺麗事で王位は取れない。政治とは、正義だけで動かない。
「あります」
セドリックは答えた。
そして、さらに続ける。
「ただし、どのような手段でも取るというようなことをするつもりはありません」
「甘いな」
「理解しています」
「王位争いでその甘さは命取りになる」
「承知しています」
「ならばなぜ線を引く」
セドリックは一度だけヴィオレッタを見た。
そして公爵へ向き直る。
「線を失った者は、王ではなく暴君になるから」
部屋が静まり返る。
「私は兄上を止めたい。だが、そのために兄上と同じものになれば意味がありません」
公爵は無言だった。
ヴィオレッタも静かにセドリックを見る。
「私は綺麗な王になれるとは思っていません」
セドリックは続ける。
「必要なら嫌われる。必要なら恨まれる。だが、守るべき線だけは越えない」
「ならばその線とは?」
「民を私欲で犠牲にしないこと。臣下を恐怖だけで縛らないこと」
セドリックの声が少しだけ低くなる。
「ヴィオレッタ嬢を、勝つための駒として扱わないことです」
ヴィオレッタは何も言わなかった。
ただ、紅茶の水面だけを見つめる。
公爵は深く息を吐いた。
「口では何とでも言えます」
「はい」
「私は言葉ではなく、行動を見る」
「望むところです」
「では、こちらから条件を出しましょう」
セドリックの表情が引き締まる。
「第一に、婚約についてはヴィオレッタ本人の意思を最優先とする」
「当然です」
「第二に、我が家は可能な限りの協力を約束しましょう。ただし、道義に反するようなことに加担するつもりはありません」
「問題ないです」
「第三に、アシュレイ殿下を追い落とす過程で、無関係の者を犠牲にしない」
「約束します」
「第四に」
公爵の目が鋭くなる。
「娘を泣かせたら、王位争いどころでは済まない」
「お父様」
ヴィオレッタが小さく咎める。
だが公爵は止まらない。
「これは父としての条件です」
「重く受け止めます」
セドリックは真剣に頭を下げた。
その様子を見て、ヴィオレッタは小さくため息をつく。
「殿下」
「何だろう」
「先に言っておきますが、私は守られるだけのつもりはありません」
「ああ」
「王妃として隣で微笑むだけの女にもなりません」
「分かっている」
「意見は言います」
「助かる」
「反対もします」
「それは頼もしいね」
そこで初めて、公爵がわずかに笑った。
重苦しい会談の中で、ほんの少しだけ空気が緩む。
しかし、ヴィオレッタはすぐに表情を戻した。
「私からも条件があります」
「聞こう」
「お父様はなぜ、王になりたいのか聞きました。なので私はあなたが王になった時、この国をどうするのかを聞きたい」
セドリックの表情が変わる。
ヴィオレッタは続けた。
「兄を止めるためだけに王になる者は、兄を倒した後に空っぽになります」
静かな指摘だった。
「殿下は、何を守り、何を変え、何を捨てるのですか」
セドリックはすぐには答えなかった。
その問いが、想像以上に重かったからだ。
だが、やがて静かに口を開く。
「私は、恐怖で従わせる王にはならない。貴族の顔色だけを見る王にもならない。その上で、民の声が王城に届く仕組みを作る」
ヴィオレッタの目がわずかに細くなる。
「地方官の監査を強め、不正を減らす。税の負担を見直し、飢饉への備蓄制度を整える。教会と貴族の癒着にも手を入れる」
公爵の顔つきが変わった。
理想論に近いものではあるがセドリックにはやり遂げるという覚悟が見えた。
「敵が増えますよ」
ヴィオレッタが言う。
「分かっている」
「特に教会は黙っていません」
「だろうな」
「グランディール公爵家も敵に回ります」
「もう回っている」
「では、勝たなければなりませんね」
「ああ」
セドリックは頷いた。
「だから君の力が欲しい」
ヴィオレッタはしばらく黙る。
そして小さく笑った。
「今の答えは悪くありません」
「採点は?」
「七十八点です」
「上がった」
「ですが、まだ合格ではありません」
「厳しいな」
「王位を目指すのですから」
セドリックはその言葉に、むしろ安心したように笑った。
「分かった。満点を目指そう」
「満点はありません」
「ないのか」
「人間ですので」
「それもそうだ」
公爵は二人のやり取りを見つめていた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「セドリック殿下」
「はい」
「エーデルシュタイン公爵家は、今この場で全面協力を約束するわけではありません」
「承知しています」
「だが」
公爵は机の上に置かれた書状へ手を置いた。
「第二皇子派として話を進める準備はある」
セドリックの瞳がわずかに揺れた。
それは、事実上の前向きな返答だった。
「感謝します」
「礼はまだ早い」
公爵は厳しく言う。
「これから殿下は、我が家に何度も試される」
「望むところです」
「ヴィオレッタにも」
「それは少し怖いですね」
「自覚があって何よりです」
ヴィオレッタが涼しい顔で言った。
その時、外から低く鐘の音が響いた。
夕刻を告げる鐘。会談の終わりを告げる音でもあった。
公爵は立ち上がる。
「では、今日のところはここまでにしましょう」
「はい」
「殿下」
公爵は最後に言った。
「王冠は、望む者ではなく、背負える者の頭に乗るべきです」
「肝に銘じます」
「そして、背負えぬと判断すれば」
公爵の声が冷たくなる。
「私は容赦なく貴方を降ろします」
セドリックは静かに頭を下げた。
「その時は、私が王に相応しくなかったということです」
その答えに、公爵は初めてはっきりと笑った。
「よろしい」
エーデルシュタイン公爵は、第二皇子セドリックを「王位を争う者」として認めた。
そしてヴィオレッタもまた、初めて彼をただの第二皇子ではなく、未来の王候補として見始めていた。




