24条 試されるセドリック 前編
エーデルシュタイン公爵邸の奥にある小応接室には、余計な装飾はなかった。
豪奢な大広間ではなく、客人をもてなすための部屋でもない。
密談をするための部屋だった。
そこに集められたのは三人。
エーデルシュタイン公爵、ヴィオレッタ、そして第二皇子セドリック。
表向きは公爵家主催の小さな茶会。
だが、そこに甘い空気など一切ない。
「よくお越しくださいました、セドリック殿下」
公爵が静かに告げる。
「招きに感謝する、エーデルシュタイン公爵」
セドリックは深く頭を下げた。
王族としてではなく、一人の交渉相手としての礼だった。
その姿を見て、公爵の目がわずかに細くなる。
「まず確認しておきたい」
「はい」
「今日の席は婚約の話だけではありません」
「承知しています」
「王位継承争いの話でもあります」
「そのつもりで参りました」
セドリックの声に迷いはなかった。
公爵は席を勧める。
三人が腰を下ろすと、執事が紅茶を置き、すぐに退出した。
扉が閉じられる。
その瞬間、部屋の空気が一段重くなった。
「では、単刀直入に聞きましょう」
公爵が口を開く。
「殿下は本気で王位を望んでおられるのですか」
「はい」
即答だった。
「私利私欲のためですか」
「違います」
「ではなぜ?」
「兄上が王になれば、この国は壊れるからです」
公爵は黙ってセドリックを見た。
ヴィオレッタも口を挟まない。
「私はこれまで、王位争いから距離を置いていました」
セドリックは静かに続ける。
「兄上が王となり、私はその補佐に回る。それが最も国を荒らさない道だと思っていた」
「今は違うと?」
「ああ」
セドリックの瞳が鋭くなる。
「兄上は、自分に従わない者を敵と見る」
その言葉に、公爵の目がわずかに動いた。
「王に必要なのは、臣下を従わせる力だけではありません。異なる意見を聞き、時に自分を抑える力です」
「殿下にはそれがあると?」
「ある、と断言するほど傲慢ではありません」
セドリックは少しだけ苦笑した。
「だからこそ、私を止められる人間が必要です」
公爵の視線がヴィオレッタへ向かう。
「それが娘だと?」
「はい」
セドリックは逃げずに答えた。
「ヴィオレッタ嬢は、私を飾る存在ではありません」
ヴィオレッタの指がぴくりと動く。
「彼女は、私が誤れば止める。甘えれば斬る。間違えれば論で殴る」
「殴るのは言葉だけです」
ヴィオレッタが淡々と訂正した。
「必要なら物理的にも止めそうだが」
「状況によります」
「否定しないのか」
「できません」
セドリックは思わず笑いそうになった。
だが、公爵は笑わない。
「殿下」
「はい」
「娘を政治の道具にするつもりはない、と使者は言いました」
「その通りです」
「しかし、婚約には明らかに政治的意味がある」
「否定はしません」
セドリックは真っ直ぐ答える。
「お伝えしている通り、王位継承争いのためにエーデルシュタイン公爵家の力は必要です。公爵家の名も、影響力も、財も、軍も、全てお借りしたい」
公爵はしばらく黙った。
その沈黙は試すためのものだった。
セドリックが焦るか、言葉を飾るか、あるいは逃げるか。
だが、セドリックも沈黙に臆することなく公爵をまっすぐと見つめる。
「では聞こう」
公爵の声が低くなる。
「王位を得るためなら、汚れた手段も取る覚悟がありますか」
さらに続ける。
「陛下はお二人にできるだけ穏便に決めてほしいと思い、勝負を提案されたのでしょう。だが、現実はそう甘くない。間違いなく血が流れます」
公爵の瞳が一段と鋭くなりセドリックを捉える。
「セドリック殿下にアシュレイ殿下を殺す覚悟はありますか?」




